12:腐乱屍臭1

―――――――  6  ―――――――




 き火。

 笹搔ささがじょうこそいだ大鋸屑おがくずと薄皮、針葉樹と広葉樹のそれぞれ大小のまきを徐々にべて火を育て、熾火おきびを作る。手近に石が見当たらないのでかまどは作らない。

 家や宿の竈の火起こしはしょっちゅうやってたけど、直火じかびの焚き火はした事がない。手順はほぼ同じだけど、気の使い方が違う。あらかじめ用意できるものではなく、その場にあるものや近場から拾い集めたものを使うので臨機応変さが必要。

 これからの旅路は野営やえいが基本。

 俺にできる事は限られている。だから、できる事は率先してやり、覚えて行かなきゃならない。

 それが、拾ってくれたマリアへのわずかばかりの恩返し。


 ――焼けたかな?


 マリアが獲ってきてくれた野ウサギを直火で焼き上げる。

 調味料の類は一切ないので、手近なところんだ香草をさばいた腹の中に詰める。

 しっかりと中まで火を通す。焼き過ぎるとウサギは臭みが出て固くなるので、火元から出来る限り遠ざけ、じっくりと焼き上げる。

 切断面の骨周りを覗く。これがほんのりとピンク色になれば頃合ころあい

 丸々と太ったウサギは、多分二人で食べるには大き過ぎる。余った分は干し肉にする為、火から遠ざける。


「美味そうに焼けたよ、マリア」


 マリアから渡された匕首ナイフで切り取る。

 この匕首あいくち手渡されたものと同じ。陰鐵いんてつって云う、貴重な金属で出来てて、鬼衆きすにとっては猛毒になるらしい。

 そんな大事なものでウサギ肉を切り分けるっていうのも、何かおかしいけど鬼衆以外には無毒なんでこれを使う。勿論、ディーサイドにも無害、大丈夫。


「はい、マリア。味付けできないから味は分からないけど、火加減は丁度いいはずだよ」

「――うむ」

「よし、いただきます!」


 美味い!

 勿論、家や宿で調味料を使って丁寧に作った食事には遠く及ばない。それでも、自然な旨味がよく出てるし、何より空腹が最高のスパイス。それに最近、保存の利くものばかり食べていたから、火の入った食事はもうそれだけで贅沢。

 弾力のある赤身肉は触感がある分、食べごたえもあり、何より芳醇ほうじゅんな肉汁が口いっぱいに広がる。

 これで明日も頑張れる!


 あれ?

 マリア、食が進んでない。

 ほんの少しだけかじっただけ。再会してから同じ時間、何も口にしてなかったのに、どうしたんだろ?


「美味しくなかった? 少し臭みはあるけど、食べておいたほうが……」

「いや、わたし達は食が細くてな。ほんの少し、3日に一度、口にすれば十分」

「そ、そーなの?」

「一週間なら飲まず食わず、水さえあれば一ヶ月程度、十分つ」

「えっ、ええ!?」

「それにもし、――……いや、なんでもない」

「?」


 知らなかった。

 そんなに食事を必要としないなんて。

 いや、それだけじゃない。

 俺はマリアを、ディーサイドの事を、なにも知らない!


「わたしの代わりにお前が喰え。人間には食事が必要だ」

「――うん」


 聞いてもいいんだろうか。

 ディーサイドの事。結社の事。鬼衆の事。そして、マリアの事。

 これから一緒に旅をする上で多分、必要になる事。知っておくべき事、知らなきゃいけない事――

 ――いや、違う……

 俺が、聞きたいんだ。

 好奇心――ただの好奇心。

 恐らくは、俺の興味本位。自分勝手な我がまま

 それでも知りたい。聞きたいんだ!


「ねぇ、マリア、たずねてもいい?」

「――なんだ?」

「その~……俺、マリア達の事、全然知らないんだ。この前みたいに、マリア達と似た恰好をした奴と出会でくわした時、どうやって見分ければいいのか、教えて欲しいんだ」

「――そんな事か。いいだろう」

「あ、ありがとう!」

「――まず、装束しょうぞく。これはわたし達の結社で用意されたもので、どこかの民族衣装や制服を採用したものではない。一見して、普通じゃない、と分かるこの装束は、わたし達とそれ以外を見分けるヒントになる」

「うん」

「とは云え、結社も金品調達の為、この意匠デザインに近しい装束を売りに出す事もある。その払い下げ品の装束をまとった者達とわたし達を見分けるには、この紋標スートを見ればいい」

「!? ああっ!」


 首元にい付けられた刻印、文様もんよう

 云われてみれば、ラタトの森で出会した鬼衆の装束には、この印章はなかった。


「あれ? でも、隣りにある数字は?」

「わたし達を個別に識別する為。例えばわたしの場合、<白詰草クラブデュース>となる」

「へぇ~!」


 全然、気付かなかった。

 マリアの装束が、抑々そもそも奇抜で浮世離うきよばなれした意匠なので、そこ迄目が行かなかった。


「仮に、考えにくい事ではあるが、わたし達の仲間を倒し、その装束を奪ったとしよう。その場合、紋標スートの有無ではわたし達であるか否か分からない、となる筈だ」

「え? あ~、うん、そーだよね」

「一番分かり易いのは、、だ」


 月明かりの下、マリアは首をかしげてみせた。

 短めなその銀髪を垂絹たれぎぬようにさらさらとなびかせると、まるで蒼玉サファイアの様な青白い色合いを発し、きらきらと輝く。


「えっ!? 色が一瞬、変わった!」

「わたし達はよく銀髪白眼びゃくがんと云われるが、それは十分な光がある処で、、だけ。本来は無色透明に近く、分光波長スペクトルによって見掛けの色合いが変わったように映る。今は月明かりを受け、光覚プルキニエ効果の都合、青っぽく見えた、と云うだけ」

「……」

「陽光の下、髪を激しく振れば、恐らく、虹色、あるいは虹色のどれかに見えるだろう。簡単に見分けがつく筈だ」

「……な、なんか、凄い!」


 これも気付かなかった。

 ほんのちょっと聞いただけで、俺の知らない事がどんどん出てくる。

 俺はディーサイドについて、何もかも分からない。


「どちらにせよ、わたし達には近付かない方がいい」

「ええっ! どうして?」

「わたし達のフリをした者には悪意がある。わたし達自身に悪意はないが、存在自体が害になる。近付かない方が無難ぶなんと云う事だ」

「……」


 マリアは、自分達の事、ディーサイドの事を避けるよう示唆しさしている。

 確かに、鬼衆を倒す為だけに存在する組織ってのは、何とも云えず怖ろしい。けど、だからと云って、そんなに距離を置くべき存在なのだろうか?


「前、マリアは結社に名前はない、って云ってたけど、それはどーして?」

「不要だから。極北の地にある結社、と云えば、それだけでわたし達だと通じる」

「ああ、……うん」

「――……一応、対外的にわたし達戦士を指して語る自称も、あるにはある」

「え! 本当? なんて云ってるの?」

「――姉妹達シスターズ

「へぇ~、そう云う呼び名があったんだ!」

「あくまでも必要が生じた時にのみ、第三者にそう伝えるだけの事。わたし達が自らそう呼び合っている訳ではない」

「そうなんだ! やっぱアレなのかな? 本当の姉妹みたいに強いきずなで結ばれている、みたいな意味なの?」

「――違う」

「え?」

「わたし達は皆、銀髪白眼故、よく知らない者からすれば印象が似たり寄ったり。故に、姉妹、と称しているだけ」

「……」


 なんだろう。

 仲間達とは、あまり仲良くないのかな?


「ところで、マリアはいつ結社に入ったの? 切っ掛けは?」

「――……」


 ――あっ!

 こ、これは聞いてはいけなかったのかも知れない。

 表情こそ変わりはしないけど、瞳を閉じ、明らかに空気が張り詰める。

 静まり返った夜の森、ぱちぱちと燃える焚き火の音だけが響く。

 話題を、話題を変えないと。


「え、えーと――マリアは、結社の中で仲の良い友達とか……」

「……――」


 うつむき、神妙な面持ちのマリア。

 その無表情ポーカーフェイスから、心情は読み取れない。

 ――!?

 不意に目を開け、立ち上がるマリア。

 振り返り、暗闇を見詰める。

 そして、間もなく森の奥に歩を進める。

 一体、どこへ?


「ど、どこに……」

「そこで待っていろ」

「!」


 こんな夜更け、一人で一体どこに……

 ま、まさか――

 ――お花摘み、かな?

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