11:追憶を越えて3

 鬼衆きすを背にしてヨータをかかえるマリア。

 その背後より右肩甲骨けんこうこつて右胸から鬼衆の右貫手ぬきてが突き抜ける。

 その血塗ちまみれの凶爪きょうそうはヨータをもかすめる。


「クッヒャッヒャッヒャッヒャッキィーッ! ヤッた! ブチ抜いてヤッたぜェ、ディーサィドッ! 肩とあばら、肺を貫通。幾らてめェ~らでもお終いだァ!」


 ――あっ!


 抱えていたヨータを放り出したマリアは、右胸から突き出した鬼衆の右手を握り締める。

 そのまま、勢いよく右後ろ回し蹴りを高々と蹴り上げる。蹴り足は鬼衆の顔面をれ、その右腕を跨ぐような軌道を取りつつ、上体を引く。

 ギャッ――

 後ろ回しの回転力にマリアの体重が合わさってし掛かられた鬼衆の右腕は、肩口からは後ろ側上方に、肘は逆関節下方に、手首は内側外方向に、一瞬で同時に負荷が掛かり、関節と筋肉、けん、更には骨まで破壊する。

 ――みしっ!

 変形の腕挫十字固うでひしぎじゅうじがために鬼衆もたまらず前転して逃れようとはしたものの、胸を貫いた右腕がクラッチした状態で外れず、その腕は肩ごと砕け、使い物にならなくなった。


「グァギャァァァアアーッ!」


 いつの間にかマリアの瞳は血の色ブラッダロッソ赫眼かくがんに染まっている。

 仰向けに倒れた状態の儘、マリアは更に鬼衆の砕けた右腕に力を込める。

 苦悶の表情を浮かべる鬼衆は絶叫!

 ぶちぶちと不快な音を立て、その醜く長い右腕が捩切よじきれる。

 ギャァァァアアアッ――

 薄黄色の鮮血を撒き散らし、鬼衆はもだえる。

 強引にじ切った腕を背にぶら下げた儘、マリアは鬼衆にまたがり、騎乗位マウントポジションの状態から両の拳を顔面に叩き付ける。

 両肩のラインを鬼衆の顔面の上空に固定し、左右の縦拳たてけんで殴りつける、いや、打ち下ろす。

 ――ガフッ、ゴフッ、ゴププッ!

 左右の連打は短いストロークで打ち下ろされ、顔面を、頭蓋ずがいを砕き、こそぐ。

 彼女の凍てつく怒りがほとばしり、空気をふるわす。


ら鬼衆はッ」


 ――右拳を落とす!


「陽光を致命、陰鐵いんてつを毒、死の刻印と渇きを怖れッ」


 左拳を落とす――


「他種への依存と共存にすがるが故に人目を怖れッ」


 ――両手を組むんで打ち下ろすダブルスレッジハンマー


「そして、頭を、脳を破壊すれば永遠とわに沈黙する」


 白眼びゃくがんの瞳になった彼女は落ち着きを取り戻す。

 凄惨せいさん――

 鬼衆に断末魔さえ上げさせず

 まさか大太刀を使わず、素手で鬼衆を粉砕するなんて、一体誰が予想し得ただろうか。

 鬼衆の薄黄色の血とマリア自身の赤い血が辺りを濡らす。

 頭部が砕かれた人型の残骸にまたがる彼女から立ち上る蒸気は、静かなる闘争心をいろど木漏こもに照らされ、いっそ幻想的に映える。


 彼女は――正しく、戦士、だった……



―――――



 背後から貫かれ、突き刺さった儘の鬼衆の腕を無理矢理に引っこ抜く彼女。

 ひゅーひゅーと苦しそうな息をするマリアの瞳が再び赤く染まる。

 右胸に開いた大きな傷穴がみるみるふさがる、驚異的な再生力。

 しかし、額に汗するその姿は、明らかに無理をしている事が見て取れる。げん口許くちもとから流れ出る血は収まっていない。如何いかに驚異的な再生力を有していようと、大きく穿うがたれた右肺の修復迄には時間がかかる。

 苦しそうにき込む度、血を吐き出す。


「マリアッ! マリアーッ!」


 駆け寄った俺に彼女は声を掛ける。


「……大丈夫か?」

「マ、マリアのほうこそっ!」

「……無論だ」


 ひゅーひゅーと嫌な音の混じる荒い呼吸。明らかに苦しそう。


「お、俺のせいでごめんよ、マリア! こんな酷い目にわせちゃって……」

「……お前のせい? なんの事だ?」

「――えっ?」


 いつの間にか白眼に戻っている。

 呼吸を整えるよう吟味ぎんみしながら息を吐く彼女は続ける。


「……太刀を捨てたのは戦術だ、お前のせいでもお前のためでもない」

「――……」

「奴はすばしこい。お前ごと斬りせようと踏み込んでも奴は逃げおおせただろう……故に奴の攻撃を受け、わたしの体に釘付けにさせただけ。自分のせいなどと思い上がるな」

「で、でも……」

「太刀は武器の一つに過ぎない。鬼衆を倒す方法は幾らでもある。木漏れ日による陽のケージは、わたしに一直線に向かってこさせる為。背から右胸を貫かせたのも急所を外す為にえて。全て戦術、狙い通りだ」

「……」


 ――違う。

 そうじゃ、そうじゃないんだ――

 俺がいなければ、マリアは傷を負う事なく、あいつを易々やすやすと倒していたはずなんだ。

 それくらい、圧倒的な力量差があった。

 奴のひそんでいる場所さえ分かれば、マリアはいつでも倒せたんだ。俺がいなくても、遅かれ早かれ潜伏先であるこの森に気付き、無傷で倒せた筈なんだ。

 俺がいたから――俺が邪魔をしたから、あんなリスクを背負った戦いかたをせざるを得なかったんだ。


「――なぜだ?」

「え?」

「なぜ、あの沙漠さばくを越えようとした? お前の故郷ラゴンからここ迄、かなりの距離だ。旅をするにも沙漠を渡るのは無謀だし、われもないだろう」

「……――」


 ――頭が真っ白になった。

 なんて答えたらいいのか、分からない。

 うつむいた。

 自分がどんな顔をしているのか分からず、見られたくもなかった。


「――捨てられたのか?」

「!?」


 ……。

 ち、ちがう……お、俺は――。

 ――俺は……鬼衆なんかじゃ、――ないんだ!



―――――



 ――なんて顔。


 そんな顔、そんな表情を浮かべてたら、そうです、と云っているようなもの。

 感情なんてもの、持っていてもなんの意味もない。

 心曇らせ、思考を鈍らせ、表情にした処で何も解決しない。

 そうだろ?

 そうなんだ!

 だから――

 だから、表情なんてもの、心なんてもの、捨て去ったほうがいい。

 何もかも、全て捨て去った方がいい。


 ――わたしのように……



(……おにいちゃん)


(お兄ちゃん……)


(パパが……ママが……)


(お兄ちゃん……)


(――お兄ちゃん!)


(……お兄ちゃん――)


(なんで――こんなことするの……)


(――お……にぃ……ちゃ――)


 ――ザシューッ!

 一閃いっせん――

 きっさきが、暗闇に走る。

 目の前を。

 桜色の血が、闇に舞う……

 ――なに……これ…………



「マリア……」

「――可哀想に」

「親父さんもお袋さんも殺害された上、目の前でむさぼり喰われちまうなんて――」

「それが兄の仕業だったなんて……なんと声を掛けてやれば良いのやら」

「お兄さんが鬼衆だったとは……」

「――それにしても」

「うむ、誰が面倒を見るか、って話だが……」

「……――」

「――……」

「あ、あの子が、その……」

「――ああ、」

「……鬼衆じゃないとは、限らない――」

「――証拠がない」

「鬼衆の犯行現場におって、それでも生き残った者、それが一番危ない」

「――マリア、お前は……」

「お前は一体、――何者なんだ?」


 わたしは彷徨さまよい続けるだけの何者でもない。

 わたしはすれ違うだけ、誰の記憶にも残らない、思い出にもならない。

 わたしは顔のない化物、心のない化物、名前のない化物。

 わたしは永遠に追い続けるだけ、決して届かぬその先へ。

 わたしは戦い続けるだけの旅人、戦いてるその時迄。

 わたしは――

 それでも、わたしは――

 ――捨てられたんじゃない……

 捨て去ったんだ、わたしが――



―――――



「ち、ちがう……俺は、俺は――鬼衆なんかじゃない……俺は――」


 ――……。


「――旅は……」

「!」

「――旅は好きか?」

「?」

「――お前は旅が好きか?」

「うん!」

「そうか――」


 ――いい顔、だ。


「なら、……少しの間、旅するか――」

「うん!」

「お前が飽きる迄……旅に疲れるその時迄、わたしと共に来るか?」

「どこ迄も行くよ、一緒にッ!」


 ……なんて、いい顔を浮かべるんだ。

 わたしが忘れた、捨て去ったその表情。

 まるで、お前の表情は、太陽のように暖かだ。


 凍えるわたしの心を――

 ――溶かすかのような、

 太陽のように明るくまぶしい――

 ――ああ、

 よし、――


「――行くぞ、ヨータ」

「行こう、マリア!」


 どこまでも行ける、……そんな気さえ――

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