9:追憶を越えて1

―――――――  5  ―――――――




「パパ……」


「ママ……」


「……お兄ちゃん」


「お兄ちゃん……」


「――お兄ちゃん!」



―――――



 ザハシュツルカの町を出て程なく、別の集落に辿たどり着く。

 ここ迄、一番大きな街道を通っての一本道。山野に入りでもしなければ、この宿場町を通るのは自明の理。旅人の往来が多い宿場だからこそ、情報は手に入れ易い。

 だから、たずねる。

 俺の探し人を!


「ディーサイドを見ませんでしたか?」

「ディーサイド!? ディーサイドって、あの白眼びゃくがんの魔女の事か?」

「うん」

「いやいや、見ないよ、そんな奴。鬼衆きすでも出なきゃ、奴等やつらなんかやしないさ」


 何度目だろう。

 大抵、こんな感じの返しだ。

 ザハシュツルカの町でも、この宿場でも、決まってこう答えるんだ。

 鬼衆が居なけりゃ、白眼の魔女も居ないって。


 確かに、確かにその通りなんだ。

 鬼衆による被害があって始めて、ディーサイドを呼ぶかどうかが検討される。

 でも、彼女達は旅をしている。

 鬼衆が現れた町や村に向かう為、必ず旅を。

 だから、見掛けない訳がないんだ、彼女達を。街道や宿場を通っている筈なんだ。


 ――あっ!


 俺が彼女に、マリアに助けて貰ったのはトゥーシャントァの沙漠さばくだった。

 豊かな北の都市群へ向かう為、街道をれ、近道ショートカットする目的で沙漠の縦断を決意したんだ。

 ショートカット――

 そうだ、彼女達も同じなんだ。

 目的地へ、被害の出ている集落へ、出来るだけ早く速やかに到着する為、彼女達は常に近道を選んでいるんだ!

 彼女達は俺達よりはるかにタフ。荒野だろうと山野だろうと沙漠であろうと関係ない。彼女達の旅を邪魔立てする環境なんて、どこにもないんだ!


 ――迂闊うかつ。迂闊だった。

 これ迄の聞き込みは、全部意味がなかったんだ……

 どうすればディーサイドの、彼女達の、いや、彼女マリアの情報をつかめるんだ?

 歩みが早く、タフで疲れ知らず、その上、ショートカットをいとわず、危険を苦も無く乗り越える彼女を追うなんて、抑々そもそも出来やしないんだ!

 どうすれば――どうすればいいんだ……


 ……――鬼衆!

 そうだ、鬼衆だ。鬼衆の被害が出ている集落を、その情報を探すんだ!

 被害や事件そのものの情報じゃなくてもいい。鬼衆にまつわる、ほんの些細ささいな噂でもいい。

 鬼衆による被害がなければ呼ばれないんだったら、鬼衆そのものを追えばいい。

 そうすれば必ず、必ず先回りできる!

 追っても追いつけないんなら、先回りして待てばいいんだ。

 よ~し――


「この近くで鬼衆が出たって話、聞きませんでしたか?」

「鬼衆? いや、聞かないな~」

「どんな些細な情報でもいいんですけど」

「う~ん、それなら行商人ぎょうしょうにん達の組合ギルドに行って聞きゃ~いい」

「行商人のギルド?」

「ああ、そうだ。あいつらは各地に足を運んで商売するからな~。鬼衆なんか出ちまった地域じゃ商売にならんし、抑々行きたきゃないだろ? あいつらに聞くのが一番手っ取り早い」

「! ありがとう、にいちゃん!」


 いい事を聞いた!

 行商人達のギルド、そこに行けば鬼衆達の情報が手に入りそうだ。

 そうだよな、冷静に考えればそれが一番分かり易い。

 色んなところあきないをしに向かうんだ、鬼衆のいる処なんか商売にならないもんな。

 それに仕事で旅をするって云ったら行商人だ。ディーサイドとは経路ルートが違うにしたって、その情報と接する機会は多そうだ。

 よし、早速ギルドに行って聞いてみよう!


「行商人の組合ギルドってどこにあるかご存知ですか?」

「ギルド? そりゃギルドの1つや2つはあるが、行商人のギルドなんか、この宿場にはねぇーぞ?」

「えっ!?」

「ここは宿場町だからな~。行商人どもやするが、奴等の拠点って訳じゃ~ねーわな」

「ど、どこに行けば、どこに行商人の組合はありますか?」

「ん~、一番近くで云や、ザハシュツルカだろーな~」

「……ありがとうございます」


 また、また、戻らなきゃならない、ザハシュツルカの町に。

 ――ああ、

 一体、俺はなにをやってんだ!

 ディーサイド、鬼衆、ギルド……訊ね回って探し回って結局、亦、ザハシュツルカに戻らなきゃならない。

 くそっ!

 お姉ちゃんが、彼女が、マリアが、どんどん遠ざかってしまう……

 でも、こんな事でへこたれてる場合じゃない!

 進まなきゃ! 歩かなきゃ! 立ち止まってちゃ、何も変わらない。

 取りえず、ザハシュツルカの宿屋の親仁おやじさんの処へ戻ろう。

 仕切り直さなきゃ。



―――――



 三日りのザハシュツルカ。

 勿論、何も変わってない。

 変わったとすれば、ぱんぱんに詰め込んだ保存食と水嚢すいのうの中身が残り少なくなった事くらい。

 一度倒れたのも影響しているのか、疲労が蓄積されていたせいか、食事のペースが早い。

 こんな事じゃ、長旅なんて出来やしない。

 かく、一度、宿に戻る。


 宿の玄関先、掃除をしている親仁さんの姿を見つけた。

 たった三日だというのに、もう懐かしい。多分、良くしてもらったから、その顔を見て、ちょっと安心したのかも知れない。

 駆け寄って挨拶をしようと近付いた時、親仁さんも気付き、先に声を掛けられた。


「おう、坊主! さがしたぞ!」

「えっ?」

「お前さんが出ていった日の晩、ディーサイドがうちに来たんだよ、お前さんを捜しに」

「ええっ!? 本当! マリア、マリアだったの?」

「んん? マリアってのは確か、沙漠で倒れたお前さんをうちに運んできた白眼びゃくがんの魔女の名前だったよな?」

「うん! そーだよ!」

「いや、その女じゃないな。似たような恰好かっこうをしてて、ディーサイドの仲間だと云ってたぞ」

「え?」

「彼女に、最初にお前を連れてきた彼女に、お前さんを連れてきて欲しいと頼まれたんだと」

「そうなんだ!」

「ああ。町のすぐ南にあるラタトの森で野宿をしてると云っとった。まだ、居るのかどうか迄は分からんが、何かの手掛かりになるかも知れんぞ」

「うん、そーだよね!」

「ん? お前さん、もう食料も水も少ないじゃないか。しょうがね~、足しといてやるから袋渡しな」

「ありがとう、親仁さん!」


 本当に親仁さんは優しい。

 いずれ、この親仁さんにも恩を返さないと。

 それにしても、マリアの仲間か~……どんな人だろう?

 同じディーサイドって事は、やっぱマリアみたいに仏頂面ぶっちょうづらで口数少ないのかな。

 怖くはないけど、気難しい人だったら、ちょっと困るかな。

 でも、マリア以外のディーサイドに会うのは初めてだし、ちょっと楽しみだ。


「そら、坊主! 飯と水、詰め直しといたぞ」

「ほんと、ありがとう、親仁さん」

「もう少し飲み喰いのペース配分考えないと長旅できんぞ? まぁ、俺は旅なんかした事ねぇーからよく分からんけどな、わっはっはっ」

「うん、そーだよね、気を付けるよ!」


 そうだ、聞いておこう、マリアのお仲間さんについて。


「親仁さん! 俺を捜しに来たディーサイドのお姉ちゃんの特徴を教えて」

「ん? 特徴ってお前さん、ディーサイドだぞ? すぐ分かる……あ、そっか!」

「?」

「そうだそうだ、最初に来た、マリアだっけか? その彼女とはちょっと違って、髪は胸元辺りより少し長いくらいで色素の薄い金髪、目も薄い琥珀こはく色って感じだったかな? まぁ、ランプの灯りのせいかもな。

 マリアってのが真っ白だったもんで少しばかり印象違ったが、あの風変わりなテカテカした革製の装束しょうぞくは同じような感じだったぞ。抜き身の段平だんびらも背負ってたしな」


 薄い金髪に薄い琥珀色?

 そっか、親仁さん、その人に夜出会ったって云ってたもんな。あの銀髪と白い目はよく反射するからあかりのせいってのはうなずける。

 マリアが白過ぎるんだよな、きっと。

 もう少し、を浴びた方がいいのに。

 それにしても――俺達が知らないだけで、もしかしたら、白眼の魔女なんて呼んでるだけで、実際には黒や緑、青い瞳のディーサイドもいるのかも?


「よし! それじゃ~、親仁さん。俺、行ってみるよ、ラタトの森に」

「ああ、気を付けて行けよ……って、おっと! 忘れるトコだった。そら、コイツも持って行け」


 行燈カンテラを手渡される。


「え? 親仁さん、これは?」

「ラタトは小さい森なんだが、木々が密集してしげってるんで日中でもが届かないから薄っ暗い。おかげでよくきのこが育つんで、りに行くんだけどな」

「あ~、なるほど! ありがとう!」


 準備は整った。

 やっとつかんだ手掛かり。三日も経ってるっていうのが少し気懸きがかりではあるけど、絶対に探し出してやるぞ!

 待っててね、マリア!


 ――よし、出発だ!

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