8:彼女の名は?
――――――― 4 ―――――――
はぁ……
――はぁ、はぁ。
――……はぁ、はぁ、はぁ。
……はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、
く、くぅ……
うっ、ううっ、うぅぅ……
「み……み、水ぅぅ……」
――どさりっ。
照りつける強烈な太陽の
旅をするには
そして、何より貧弱な体。
自殺行為――
炎に飛び込む虫ケラの
――愚か。
人は、人間は、
どうせ、生き
できないのであれば、いっそ……
―――――
(怖くないのか、お前は?)
(わたしに名など不要)
(誰もその名でなんか呼ばないのだから)
(お前がお前自身で決めろ)
(それがお前の“答え”か)
――ハッ!!
こ、ここは……
目が覚めた時、俺は見知らぬ部屋の中、
比較的手入れが行き届いた調度品の少ない殺風景な部屋。家業で見慣れた、似た雰囲気。それが
ギギーッ――
木扉から食事を手にした男性が入ってくる。
「気付いたか、坊主。それにしても、よくあんな軽装でトゥーシャントァ
「……あ、えーと……――ここは?」
「ザハシュツルカの宿屋さ」
ザハシュツルカ――確か、ラダドゥーラ山地の
だとしたら、
北に、
働かないと。働き口を探さないと。
……目的地にさえ
旅が、旅する事がこんなにも、こんなにも大変だったなんて。
俺はなんて無知で無力なんだ……
「どうした、坊主? 飯、喰わんのか? ずっと眠りっぱなしだったんだ、腹減ってんだろ? 遠慮しねーで喰え」
「あっ……でも、俺、
「ん? なんだ、そんな事を心配してたのか坊主!
「えっ!?」
一体、誰が?
――そうだっ!
そうだった!
俺、沙漠で倒れたんだ。意識が
そっか……本当だったら、俺、
働き口だの路銀が尽きるだの旅が困難だの、そんな話以前の問題。
俺は、俺はもう、
今、こうして生きていられるのは、助けてくれた人のおかげ。
礼を、一言、お礼を云わなければ!
今は何も出来ない俺だけど、必ず返さなきゃ、この恩を。
「
「――ああ、……」
「……」
「
「!?」
白眼の魔女!
なぜ!?
なんで、
彼女は、――彼女達は、人助けの為に鬼衆を退治しに
――だと云うのに……
「親仁さん! その人……いや、白眼の魔女の名前は?」
「ん? いや、分からんよ。名乗りもしなかったし、こっちから
「――……」
「まったく、驚いたぞ! あのおっかね~白眼の魔女が、だ。脱水症状起こした少年を
「……」
ディーサイド――
そう、俺達人間は彼女を、彼女達をそう呼ぶ。
どこにでもいる訳じゃない。況して、出会した者もそんなに多い訳じゃない。
だから、彼女らの個体を、いや、個人を、個性を、個々の人格への認識が、識別が、
だから――
――名乗らない、自身の名を。
(――誰もその名でなんか呼ばないのだから)
鬼衆を狩る白眼の処刑人。
その印象が、心象が、噂が、役割が、目的が、事実が、彼女を、彼女達を孤独にする。
その力を、鬼衆を狩り、倒す、その力だけを人は頼り、欲す。どれだけ
そして、
――頼った後、頼り切った後、
さも、力以外はいらない、とばかりに。
なんてこと――
鬼衆にも見劣りしない、その非道、冷酷さ、冷淡さ、軽薄さ、狡猾さ。
俺達人間は、心の中に鬼衆を宿している!
「宿帳! 親仁さん、宿帳あるだろ、旅籠なんだから。宿帳にはなんて書いてあったの?」
「おっ! さすが宿屋の息子だな、坊主!」
「……え? なんで、俺が宿屋の息子だって……」
「宿帳にはこう書いてあった。名をヨータ、住所はラゴン、職業は宿屋手伝い、と」
「――……ありがとう、親仁さん。分かったよ……」
彼女も亦――
――俺を覚えてくれていたなんて。
――ああ、分かったよ。
俺を助けてくれたのが、
俺をここ迄運んできてくれた者が、
その白眼の魔女が、誰、なのかって。
「親仁さん、その人! 彼女は今どこに!」
「ん~? さぁ~、分からんな~。お前さんを運んできた後、すぐに
――こうしちゃいられない!
「……ありがとう! 俺、追い掛けなきゃ! 世話してくれてありがとう、親仁さん! これで失礼します!」
「おっ!? おいおい、飯は! 追い掛けるにしたって、腹になんかいれとかなきゃ、亦、へばっちまうぞ!」
「! ……いただきますっ!」
がっついた。
腹が減っていたのは間違いない。
でも、それ以上に、がっついた。
空腹を満たす為だけじゃない。
旅を乗り切る力を得る為に、彼女を追う力を得る為に、俺はがっついた。
「へへっ、美味そうに喰いやがる。よしっ、保存の
「!?」
「追うんだろ、魔女を?」
「――うん!」
大丈夫だ。
これで、大丈夫。
もう倒れやしない。挫けやしない。
だって――
――目標が、
彼女を追うって目標が出来たんだから!
「ありがとう、親仁さん」
「ああ、いいってことよ」
「俺、行くよ」
「ああ、達者でな、坊主。会えたらいいな、彼女に」
宿の外迄見送りに出て来てくれた主人に、こう告げた。
「親仁さん!」
「ん? なんだ?」
「覚えておいてくれ! 俺をここ迄運んでくれた白眼の魔女。彼女の名を」
「んん? 魔女の? 彼女の名?」
「そう、――その名は、“マリア”!!
俺の
――彼女の名はッ!!!
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