6:無限思考の彼方へ<前編>
――――――― 3 ―――――――
――
片膝を地につき、頭を振る。意識を
あんな詰まらない打撃を、
立ち上がろうにも、膝が笑う。
連戦による疲労が、まさか、こんなにも
思い入れがない? だから動きが鈍る?
いいや、それは
依頼元が人であろうとなかろうと、相手にするのは
――ない
とも云い切れない、か――
「ふっはっはっはっはーッ! どうした、ディーサイド! さっき迄の威勢はドコに行った?」
大太刀を杖代わりに立ち上がり、両足を踏ん張る。
奥歯を噛み締める。グッと噛み締め、食い縛り、踏ん張るんだ。
弱みを見せたら、隙を見せたら、泣き言を漏らせば、
「ラッキーヒット如きで図に乗るな、デカブツ! どちらにせよ結果は変わらない」
「ふふふっ、
分かってる――分かっているさ、化物!
だが、今はこれしかない。
調子に乗って吠えるがいい。
吠えた分だけ、
時間。
慣れる時間が必要だ。
いつもとは違う戦い方に、いつもとは違う戦い方を。
――考えるな!
――感じろ!
―――――
「――少し」
「!?」
「少し疲れてるんじゃあないか、マリア」
「……」
「そんな
「――そうは見えんがな」
わたし宛に伝令を流すだけの詰まらない男。
――それだけの男。
「――で、何の用だ、ハキム?」
「何の用、とはつれないなあ? 用がなけれりゃ会いに来ては
「……次の依頼元への移動中だ。手短に頼む」
「そうだったな。実はその次の依頼元の前に、もう一つ、頼まれ事をお願いしたい」
下を向き、
「――こっちの疲労を気にしておいてダブルブッキングとは一体、どんなスケジューリングを組んでいるんだ、お前達は」
「そう云ってくれるな、マリア。私も上の指示で動いているんだ。心苦しくは思っているが、こればかりは致し方ない」
「ならばそのイレギュラーは“パス”する。こちらは大幅にスケジュールを圧縮しているんだ。パスできる権利がある。先に入っている依頼を優先し、そちらはパスだ」
「ふむ、分かった――とは云かんのだよ、今回のコレは」
「……なに?」
「<オーダー666>と云えば、お前にも分かるだろ?」
――オーダー666……
そういう事か。
「どこへ向かえばいい?」
「
「――
「いや、至って真面目さ」
「そんな
「そうか? お前は十分、
「……で、具体的にはどうすればいい?」
「これを使え」
小さな
中には見覚えのある錠剤が。
「
「やはり、巫山戯ているな!」
「まあ、待て。話を聞け。そいつが“ヤバイ”奴に使う薬ってのは
だが、今回の件に限っては、その使用目的が違う」
「なんだと?」
「こいつは限りなく精神を抑える――
「!? 興奮を、感情を抑えるのではないのか?」
「いや、結果的にその効果を
「結果的? どういう事だ?」
「
「?」
「理解力や推察力等、論理的な思考分野を抑える事で感情や本能の起伏をフラットに維持し、平静たり得る
「……
黒尽くめの男はステッキの
大きく十文字を描き、四方に知性・理性・悟性・感性と文字を刻む。
「知っての通り、微睡みは“症状”が現れた時のみ服用する対症療法以外の何物でもない。
だが、無症状、つまり、平穏なる戦士が使えば、別の効能を齎す」
「なに?」
地面に描いた理性・悟性の両者にバツ印を書き込み、知性・感性の両者を大きな楕円で囲み、ステッキで突く。
「知覚! 視覚、触覚、味覚、嗅覚、聴覚。更には体性感覚、平衡感覚、運動感覚他、
「――……」
「幽世と云う見えざる世界を識別するには、それを認識し得る知覚が必須。
「ゲイズ!?」
「霊感って言葉あるよなあ? ありゃ、嘘っぱちだ。そんなもんはない!」
「……」
「知らんモンは知らんし、当然、知らんモンは見る事も感じる事も出来ん。
理屈や推論、その他ロジック分野に含まれる、
ステッキをこちらに差し、
「飲んでみろ、そいつを。飲めば分かる」
ピルケースから一錠取り出し、
「
さあ、飲んでみろ? そして、辺りを見回してみろ」
その錠剤を、本来、今のわたしが必要としていないその薬を一粒、
「安心しろ。見えるのは、向こう側に行っているのは薬が効いている時間だけ。薬が切れれば、自然とこっち側に戻ってくる」
「……」
「やがて、私は消える。幽世にあって、私はそこに存在しないのでな。そして、薬が切れた時、やはり私はいない。既に立ち去っているから、な」
「……――待てっ!」
「……なんだ?」
意識が
いや、朦朧とは少し違う。
感覚は、感覚は研ぎ澄まされている。
そう、頭の中はクリアだ!
だが、考えが、考えが追いつかない。
「……――なぜ、だ」
「……なぜ、とは?」
「……――なぜ、わたしなんだ?」
「……なんの話だ?」
「……――なぜ、幽世……なぜ、オーダー666を……」
「…………マリア、それはお前が“
「……――ば、馬鹿なことを……わ、わたしは……」
「………………」
「……――お、おい……」
「……………………」
「……――ま、待てっ……ハキム!」
「…………………………」
微睡む――
肌に感じる感覚は鋭利であるにも関わらず、
何を云うべきか、訊ねるべきか、聞きたかったのか、それもはっきりしているのに、
――だと云うのに……
まとまらない。
思考が、論理が、筋道が、
混迷、混沌、
考えが、考える事が、埋没して行く、暗闇の中に、深く、深く。
無限思考の
――わたしの
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