5:人喰いの村<後編>
勘の良い人間、そして、臆病な人間であれば、聞き逃す
――足音。
一つや二つじゃない。複数。かなりの数。数えるのが
忍ばせている、息を
無駄――
静寂な
――それに、
この鼻の奥を刺激する特有の
「行くぞ!」
何者かの号令に、
よく見えるぞ、お前達の姿が。
「い、いない!?」
「どこだ! どこに消えた?」
「建物から出た姿を見た者はいない。必ずどこかに隠れている
「探せ、探せ! クスリは効いている筈だ」
襲撃者の
屋根裏を
襲撃者の到来方向から死角となる裏手側から近くの
――
残り香ではない、自らその臭いを発する
こんな大掛かりな真似をする奴が、襲撃者に
襲撃そのものは村人達を仕向け、自らは動かず安全な場所から様子を
自らの手は決して汚さない。その手が血に染まる時、それは
つまり、新たな被害者が現れる時のみ。
「――?」
「どうした? なにか見つけたか?」
「あの
「なんだ、そんな事か。んなもん、この村に来た当初に気付いておったろ、お主」
「――ああ。だが、あの印、見た事もない……なんの
「こんな片田舎の山村にある土着礼拝なんぞ、知らなくて当然だ」
「――……聖職者」
「ン?
「聖職者がいる筈だ!」
確信――
身を隠していた大木から飛び出し、襲撃者がやって来た方向、村側の
元より夜更け。影
見えた!
――
聖職者と
間違いない、こいつだ!
「むっ!」
こちらに気付き、値踏みでもするかのような視線を送ってくる。
はぁ~……
そいつは一息、
「まったく、役に立たん連中だ、人間という
「はいっ! クスリはいつもの5倍、いえ、10倍は容れています! 幾らディーサイドが
一歩踏み出し、
「人を何だと思っているんだ? あんな気色の悪い
「なッ!? しょ、食事は? 喰ったんだろ? どうしたんだ!?」
「――それならほら、この通り」
だらりと下げた左手から、ぞろりと
付き添う村人の反応を
「奇っ怪な真似を。鬼衆である俺がヒク程の
「元より好かれようとは思っていない。それよりお前はどうなんだ?
宗教と痲薬、そして、恐怖で縛った
「……ほほ~う、察しがいいな、ディーサイド。いつ調べたんだ? この村に入る前に
「お前
「臭い?」
鬼衆の周りに居並ぶ村人の首元を指差し、
「村人が皆着けている
村人達から
「……勘が鋭いな。だが、何故クスリの事迄分かったんだ?」
「それは
「たなごころ?」
手の平の中いっぱいに広がった醜悪な肉腫、腫れ物、いや、それは正しく
苦虫を噛み潰した様な表情に見えるそいつは不意に両眼を見開き、鮮やかな黄色の瞳で鬼衆と村人達を
「やあ、諸君! 今晩は! 元気かい? 人面疽のおじさん、だよ」
「!? なッ!!」
「こいつはわたしに取り
「……な、なにを云っている??」
「隙あらばわたしを乗っ取ろうと欲しているこいつは、肝心な事は決して云わない。
当然、出された食事への混ぜ物に、気付いてはいても云いやしない。何故なら、その混ぜ物で、わたしが死なない事が分かっていたから。
死なない事は分かっていたが、わたしの意識が混濁するであろう事も知っていた。だから、こいつは決して云わない。そういう奴なんだ」
「…………それとクスリの話、なんの関係が??」
背の大太刀を抜き、
「混ぜ合わされた痲薬、それはお前の体組織だろ?」
「!? な、なぜそれを……」
「答えはさっき云ったろ、臭い、だと」
「!」
「わたしの左手は、村に着いた時点でお前の臭いに勘付いていた。わたしもだが。
その左手が、食事に
「……」
「一部の鬼衆には、人を
知性を失い、日光に弱い
そして、――」
鬼衆は一歩
「……そして?」
「――そして、お前は村人達に
村人を支配下に置き、その人力を活かした儘、労せず糧を得るお前自身の狩り場、いや、食事処か。自身の血肉を分け与え、代わりに旅人の命を供物とさせる巨大な
「……くっ、くく、クククッ。いやぁ~、凄いね、凄いよ、ディーサイド!
唯、デカい
抜き身の太刀を手前に引き、握った右手の
「一つ。一つだけ分からない事がある」
「……なんだ?」
「わたしが来なければ未来永劫、食餌に困らなかったであろうこの人喰いの村。
だと云うのに何故、結社に依頼を出した? 鬼衆を倒してくれ、と」
「……ああ、それか。分からない? 知りたい? いいだろう。教えてやるよっ!
ただっ、こいつらに
村人達が歩み出る。
やはりこいつら、意識そのものは失っていない。
礼拝と痲薬、そして恐怖で縛られて抵抗出来ない、そんな感じか。
いや、違う――
彼等が呼ぶディーサイドという存在への
生き残る為に選ばざるを得ない消去法。選択肢の存在しない難問に対する回答を生存本能が遠ざけ、狂気に触れた有り
――だが……
「知っているぞ、ディーサイド! お前らには、“
鬼衆である俺を斬る事はできようが、こいつらを斬り伏せる事はできまい!」
こいつ――
なぜ、それを知っている?
こんな人里離れ
――なにか、
なにかがおかしい!
「知らないのかお前ッ! 身に危険が押し迫った時、これを排除する目的であれば、不殺の掟には値しない事を!」
「なっ、なにィー!?」
捕らえようと襲い掛かってくる村人達を、
わたしの動きを、常人が捉えられよう筈もない。
躱し
気絶させるだけで十分。
人の壊し方を知っている。
壊し方を知っているからこそ、壊さない方法も心得ている。
至極、当然。
「終わりにしよう!」
姿勢を低くし、太刀を担ぎ、
跳ねる!
いまだ襲い掛かってくる村人を、その配置を、位置を
「ギャッ!」
膝上二寸の処を両断、
地べたに転げたそいつは、両腕上腕に力を籠める。
バキバキと軋ませながら、筋肉と腱、骨が異常な発達を始める。
――させはしない!
「グァッ!」
変貌しつつあった両腕を斬り落とし、力無く
両手足を奪われ
「遅い、遅過ぎるぞ、鬼衆。どうせ變容するのであれば、もっと早くに正体を現しておけ」
「……グッ、グムゥ~」
太刀を返し、刃を下に向け、鬼衆の頭上に掲げる。
「……つもりがなかった」
「――なに?」
「
「――……なにを、――なにが云いたい?」
「知りたいのだろ……なぜ、俺のこの箱庭に、危険な存在たるディーサイドを自ら呼んだのか、を」
「……」
「教えてやる……教えてやるから……」
「――見逃せ、と?」
「…………そ、そうだ。悪い条件じゃないだろ」
「そうだな――悪い条件では、ない」
「それならっ!!」
――ゾンッ!
這い
なんの力も込めない。唯、太刀の重量そのものを落としただけ。
「――鬼衆の条件等、飲まない。飲もう筈もない。
鬼衆を狩る依頼は絶対!
うわぁーっ!
蜘蛛の子を散らすように逃げ
闇夜の空に、人々の悲鳴が
――脅威は過ぎ去ったと云うのに。
そんなに怖れる必要は、もうない。鬼衆を倒したのだから。お前達を縛っていた
だから――
怖れる必要は、なにもないんだ!
不殺の掟は事実。
お前達を、村人を、人間を、わたしが人を殺す訳がない、筈もない――
――わたしがわたしでいられる限り……
山から吹き下ろす夜更け過ぎの風は、いつになく冷たい。
―――――
「まったく、頭の堅い奴だな、お
「……」
「あんな奴の条件なんざ飲むだけ飲んで話を聞いた後、ブスリといきゃ~イイんだよ」
「……――」
「そう云う処がお主の甘いトコだ。愚直と云えば聞こえばいいが、馬鹿正直じゃ命が幾らあっても足らんぞ、お主!」
「――」
「こっちはお主に死んで貰っちゃ~困る! もう少し、賢く立ち回らにゃ~よぉ?」
「――よく回る口だな、ダミアン。今度、鬼衆の尻にでも
「なんだ、元気じゃねーか! 分かった分かった、鬼衆のケツなんざ願い下げなんで暫くは黙っておくさ、暫くは」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます