2:白眼の処刑人2

 アルビノ、と云うのだろうか?

 肌も髪も眉毛も睫毛まつげさえも白い。

 雪の色、とでも云うのだろうか。でも、雪ってのを見たことがない。恐らく、彼女がやって来た“極北の地”が、正にそんな色なんだろう。

 端正クールな顔立ちは彫刻さながら。無表情故、冷たい印象ではあるものの、一見して美形。王都の演劇場で主演を演じる舞台女優のような容姿端麗。


 瞳は、白眼びゃくがんと呼ばれるその瞳は、確かに白い。

 でも、硝子がらす質のような、水晶のような、陽光を取り入れキラキラと輝いて、それが瞳であろうとはっきり分かる。

 イメージしていた白目のような、凶暴さや恐ろしさとは無縁。

 妖精のような、天使のような、まるで女神のような神々こうごうしさ、それでいてはかなさがある。

 は確かにある。でも、華奢きゃしゃ端的たんてきに云って細い。人形のよう。とても戦士には見えない。


「は、初めて見た……」

「こ、怖ぇー」

「なんて、不気味な」


 居並ぶ村人達は、そう口にする。

 そうなのかも知れない。不自然な程、不健康な程の白亜はくあの肌に、見た事もない異国の装束しょうぞく。華奢なからだ琺瑯革エナメルと呼ばれる金属のような光沢を放つ衣装に不釣り合いな抜き身の大太刀おおだちいたその姿は、底知れぬ威圧感をはらんでいると云える。

 それでも、俺は見蕩みとれていた。

 何かこう、神聖なものでも見たかのような、心かれる雰囲気。

 射貫いぬくようなその白眼の眼差しの強さが、一層いっそう神秘的。


「だ、大丈夫かよ、アレ? 俺達を襲うことはねぇーよな?」

「こ、怖ぇー」

「半分混じってるんだろ鬼衆きすが。暴れたりしないよな?」


 揶揄やゆ

 見知らぬが故の恐怖心が招く悪態あくたい

 触発されてか、彼女が動く。

 大きな歩幅ストライドにはよどみがない。

 鼻白たじろ野次馬やじうま達を余所よそに涼しい表情で通り過ぎる彼女。

 凜々しく颯爽さっそうと歩み去るその姿にも関わらず、何故かその背中は寂しげに思えた。



―――――



 村長の家を出た彼女は、街並みを彷徨うろつく。

 物陰から遠巻きに見守る村人達の視線は冷たい。

 彼女はただ、正面を見据え、堂々と闊歩かっぽする。きょろきょろする訳でも、何かを探す素振りも見せず、唯一定の速度を保ち、街中を練り歩く。

 路地に入り、広場に出て、小径こみちを歩み、再び裏路地へ。目的もなく散策するような、そんな自然体で街中を進む。

 何度目かの裏路地に入った時、急に彼女は立ち止まり、その背に佩いた大太刀を抜き、ぐようにして背後に振り向く。


「うわぁっ!?」


 目の前で寸止めされた刃に思わず、上擦うわずった声を上げた。

 驚きより先に声に出てた。

 でも、突然いきなり目の前に現れた刃に驚いたんじゃない。彼女の白眼が、その視線がてつく程冷たかった事にこそ驚いたんだ。


「な、なにか悪さをしようとしてけてきた訳じゃないよ!」

「……」


 きびすを返して無視するように立ち去ろうとする彼女。


「あっ! ちょ、ちょっと待ってよ、お姉ちゃん!」


 相変わらずの大きな歩幅。彼女は歩くのが速い。

 でも、決して俺をこうとはしていない。はなからそのつもりがない。


「お姉ちゃん、ディーサイドなんでしょ?」


 唐突とうとつな質問。なんでそんな、つまらない質問を口走ってしまったのか、自分でも分からない。彼女をディーサイドだと確信しているから着いて来たと云うのに。

 なんとか注意をきたい、その一心で口を突いて出たのが、偶々たまたま迂闊うかつにもだった。


「――違う」

「えっ? 違うの!?」

「お前達がわたし達を呼んでいるのは知っている。だが、わたし達の結社に名などない」

「そ、そうなんだ……」


 慳貪けんどんな云いよう。それでもちゃんと答えてはくれている。

 多分、避けられてきたんだ。鬼衆きすを狩るものとして恐れられ、半死半生はんしはんしょうの魔女とみ嫌われ、遠ざけられてきた。それ故の距離感。だから自ら語ろうとはしない。

 それでも問い掛けには答えてくれる。コミュニケーションそのものを、彼女は否定していない。

 そう、彼女もまた、一人の人間なんだ!


「それにしても驚いたよ! もっとゴツゴツしておっかない大女みたいなのを想像してたからびっくりしたよ!」


 立ち止まり、ちらり、と横目で俺を見ながら、

「――怖くないのか、お前は?」

「え? 怖いって?」

「わたしが怖くないのか?」

「全然怖くないよ! それどころか、スラッとしてかっこいいな~って。それにすっげ~綺麗だし!えへへ」


 一切表情を浮かべないその美しい顔と白眼からは感情をうかがえ知れない。

 再び彼女は歩き始める。しばし、沈黙。足早ではあるものの、俺を引き離そうとはしていない。


「待ってよ!」

「――……」

「どこに向かってるの? このまま進むと街道に出ちゃうよ」


 振り返り、

「街はここ迄か?」

「うん、そーだよ。畑や牧場は近辺に沢山あるけど、村の街はここ迄だよ」

「――そうか」


 街道への出口。石畳が切れ、轍跡わだちあとが続く。

 ゲートと呼ぶには見窄みすぼらしい石造りのアーチの外に出て、外壁に背をもたれ腰を下ろす彼女。

 程近い隣りに俺も座り、空を見上げる。

 高い空を雲が覆い、低い位置の雲は北に流れる。今日は風が強かったんだ。そんな事にさえ気付かなかった。雲間なら差す日差しは既に夕陽。茜色あかねいろに染め上げられた空が幻想的な風景を作り上げる。

 腰掛けたたずむ彼女も夕陽を浴び、微明ほんのりと緋色に染まり、まるで紅潮しているかのよう。無論、気の所為せいなのだけれど。


「何故?」

「……え?」

「何でわたしに関心を抱く?」


 ――初めて。

 初めて、彼女の方から話し掛けてくれた。


「だってさ、ディーサイドでしょ、お姉ちゃん」

「――それはお前達がそう呼んでいるだけだ、と」

「あっ、あ~、うん! でも、鬼衆を倒してくれるんでしょ!」

「――うむ」

「うん、それだったら俺にとっては天使様、神様みたいなもんだよ」

「!?」


 俺はそん時、どんな表情を浮かべてたんだろう。

 変わらない彼女の表情に、何を思ったんだろう。


「この村で二番目に出た鬼衆の犠牲者って……俺の親父なんだ」

「……」

「最初の犠牲者になった旅人が泊まっていた宿を営んでいたのが親父なんだ。だから、親父が犠牲になった時、怨恨えんこんか何かと疑われ、村の人達は俺達家族の話を聞いてくれなかったんだよ」

「……――」

「三人目の犠牲者が出て初めて鬼衆の仕業だって事になって、やっとみんな話を聞いてくれるようになったんだ」

「――そうか」

「戦う力さえあればかたきを取ってやれるのに、俺にはそんな力なくて……

 だから、お姉ちゃんは希望なんだ、俺達の!」

「わたし達は、――依頼があるから鬼衆を狩る……それだけ。仇討あだうちの為じゃない」

「知ってるよ。でも、いいんだ、それでも」

「……」


 ――ゴーン、ゴーーン……

 街中から夜のとばりを知らせる鐘が鳴る。


「あっ! まずい!」

「どうした?」

「そろそろ宿に戻ってあんちゃんの手伝いしないと。泊まりのお客さん達とは別に村人相手の酒場もあるから夜は結構忙しいんだ! もし良かったらお姉ちゃんも来なよ」

「――ああ、考えておく」


 来てはくれない、直感的にそう分かった。

 だから、俺は――続けた。


「俺、ヨータっていうんだ。なぁ、お姉ちゃんの名前、教えてくれよ。みんなに紹介するからさっ」

「――わたしに名など不要。どうせ、誰もその名でなんか呼ばないのだから」

「!?……」


 その断定のさまは、彼女と俺の間に横たわる、深い深い溝を感じさせた。



―――――



 ――走った。

 街外れから俺ん家迄、結構ある。

 もう、宿の一階に併設する酒場にがともっている。

 兄ちゃん、怒ってるかな?

 親父が犠牲になって以来、宿の事も酒場の事も、全部一人で回している。俺が手伝える事なんて、精々せいぜい掃除と食事や酒を運ぶだけ。

 出来る事が限られてるんだ、せめてそれくらいはやらないと!


「帰ったよ、兄ちゃん! 遅くなってごめ……」


 酒場の勝手口から入る。

 いつもならこの時刻、そこには兄ちゃんがいるはずなのに見当たらない。

 キッチンから店内を覗く。お客さんはまだ、誰もいない。いつもであれば少なくとも一人、二人のお客さんがカウンターに着いている頃合い。

 5人目の犠牲者に加え、ディーサイドの来訪。村人達も夜間の外出を控えているかも知れない。


 そっか――

 お客さんがいないから裏の家に何か取りにでも戻っているのかも知れない。

 小さな中庭を挟んで立てられた小さな家屋。家族五人で暮らすには十分な建物。

 今では四人になってしまったけれど、そこにはまだ、ぬくもりがある。

 兎に角、兄ちゃんに伝えよう。


 ディーサイドは――

 ――怖くないって。


 ――あれ?

 自宅のほうあかりがついてない。

 母さんと妹がこの時間、外出する事なんてない。

 灯を落とすには早過ぎるし、灯をつけないにしては遅過ぎる。


 唐突な胸騒ぎ。

 何かイヤな感じがする!


「母さん! 兄ちゃん! サーヤ!」


 思わず叫びながら自宅の木扉を開けた刹那せつな

 勝手知ったる我が家は、

 血の雨に濡れていた。

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