008 味方っぽい奴が仕事しない
ラズベリー伯爵館は、他の館に比べ大きい。宝具収集家。宝具を保管する部屋が、必要である。宝具がないといえば、ゲスト用の応接間と。玄関くらいか。
応接間のソファには。俺と。屋敷の使用人である、テール。副団長のベロニカ卿が、向かい合い座っていた。
「?? なにッ!? まだ、修復できていない?」
家主は、未だ屋敷を不在にしている。あまりに幸運だ。しかし、それで運を、使い果たしてしまったらしい。
出発する直前だ。突然、テールにここに呼び出された。完全に、出鼻を挫かれることになる。
「直しに行こうとは、したんです。でも。魔獣の数が多くて。」
「……山間までの護衛は。副団長が務めると聞いたが?」
橋を復元することは、決定していた。橋の崩落は。第五騎士団が、
早朝までに橋を直すことは、俺らの間で決定していた。問題は。テールは、戦闘技術を持たない、ただの宝具職人だということ。道中危険であるのだ。誰かが護衛するしかない。
ベロニカ卿が、昨夜。山間までの護衛は、自分がすると名乗り出た。
すっかり信じ切っていた。だから、うちの戦力も貸したし。俺が、わざわざ出向く必要もなかった。
だが……、なんだ。この体たらくは。
「騎士団には、今すぐに直す。メリットがない。」
ベロニカ卿は、椅子にふんぞりかえりながら言う。蔑んだような目で、俺を睨みつけた。目が合うと、鼻を鳴らし、嘲笑の笑みを浮かべる。
この視線は、何度か浴びたことがある。人を舐めた奴の目だ。ベロニカは……、完全に俺のことを舐めている。
「ベロニカ卿。貴方が自分から名乗り出たんだ。この責任、一体どう取るつもりか」
「言葉の綾だ。俺は護衛につくと言ったが、今日行くとは、言ってない。」
「貴方がわざわざ出しゃ張らなかったら。こちらから、人員を出した。そうしなかったのは、貴方の所為だ。ベロニカ卿。」
一体どういうつもりだ。俺が行ってもよかったし、シオンに行かせてもよかった。これは、どうとでもなった問題だ。
「今、橋を直すと。この
なんだか、こちらが何も考えてないかのように、見下した言い方。わざとらしく、ため息もついている。
ベロニカは、自分の保身を測っている。賊の大半を皇国へと逃してしまった責任は重い。せめて少しでも結果を残さなければならないと思っているのだ。橋を修復して、残党にまで逃げられたとなると………、もはや、責任逃れはできない。
神出鬼没の
「あまりに。騎士団の都合を優先しすぎだ。」
「ならば、そちらも。貴様たちの都合では、ないのか?」
「これは。俺達の都合ではない。人類の都合だ。こちらは。一刻も早く、魔王を討伐しないとならない」
俺は、魔王をこのパーティで、討伐する気はない。けれど、嘘は言っていない。急ぎ皇国へ渡り、聖勇者を殺す。
それが、俺の前線への、早期復帰へとつながる。きっと、今よりかは、マシな戦況になるだろう。魔王討伐を早めることにつながる。
「とにかく。騎士団の副団長ともあろう奴が。約束を放ったらかすなど。とんだ、責任問題だぞ」
「……私は。今日、護衛は必要ないと思ったのだ。昨日、そちらに魔獣討伐を命令したではないか。まだ大量に魔獣が残っていた方が問題だ。これは、そもそも。そちらが原因ではないか? 」
「話を変えるな。あれは命令ではない。ただの……、お願いだッ! そこに責任は生じないし。そもそも。魔獣を全滅させることなど–––––、不可能ッ!」
「まったく。話に、ならないッ! 今すぐ、俺達はテールと出発し、橋を直す。」
テールは、声を聞き。気絶したみたいだ。馬車に、無理やり放り込むか? ダメだ。必要な宝具が何かわからない以上、テールの協力は必要。
ベロニカは。呆れたように、また、ため息をつく。
「……魔獣を討伐するフリをして放置し、騎士団の動きを妨害。
さらに、橋を修復して、仲間の残党を皇国へと逃がそうとしているか。
とんでもないッ! 奴らだッ!!
なるほど、貴様らは––––––、
高らかに告げる。ベロニカは、作戦を完遂する為に、俺達に邪魔をされたくないらしい。
「……血迷ったか。そんな言いがかり、誰が信じるっていうんだ?」
「これは、騎士団の総意だ。命令すれば。従うしかないのだよ」
「己の保身のために、ここまでするか……。後悔することになるぞ、ベロニカ」
「……ハッ。お前に、何ができる。何もできない無能の––––––、ゼロ」
指を鳴らす。すると扉から、ベロニカの部下と思しき奴等が現れる。
「こいつを……、捕らえろ。部屋から、出れないようにしろ。外にいる聖勇者も同じだ。御者だった雑魚は……、放置してていい」
部下に命令する。上司も上司なら、部下も部下か。何も疑うことなく、ただ返事をする。
……クソッ! どうして俺の周りは、邪魔してくる奴らばっかなんだッ!
両腕を拘束される。舐められたものだ。俺なら簡単に振り解ける。だが、立場上できないのが歯痒い。
第五騎士団副団長。グランヴァルク・ベロニカ。とんでもない男だ。皇子である俺と、聖勇者を理不尽に捕らえて、お咎めなしな訳が無い。
保身を考えるのなら尚更! 本当に、目先の利益しか見えていないのかッ。こういう非合理な奴が……、一番ッ、嫌いだ!
「ふざ……けるなッ! こんなことして、タダで済むと思ってるのかッ!」
ベロニカのことを、睨み付ける。それを、挑戦ととったのか。ベロニカは、一層、ニンマリと笑う。愉快に笑った。
「馬鹿で無能とばかり聞いていたが。どうやら。口だけは、達者のようだ。まぁ。せいぜい、騎士団の素晴らしい活躍を。そこで指を加えて見ているがいい–––––、
すれ違い様。捨て台詞のように。言い放たれた。
目眩。頭はショートし、血管が切れそうになる。手が出そうになるが、なんとか耐える。常に平静である必要がある俺にとって、怒りは敵。俺は……、冷静な判断をしなければならない。
……大丈夫だ。まだ––––––、耐えられる。俺は冷静だ。
俺は騎士たちに引っ張られながら、客室へと閉じこめられる。
先に、シオンが捕まっていたみたいだ。シオンの丸い目が俺に向けられる。
第五騎士団。仕事が早くて結構である。だがッ! もっと。違うとこにッ、力を注いでほしいッ!
※
曇天の空が、館周辺を覆う。風は強く吹き荒れ。嵐がきそうな天候だ。小動物たちが危機を察し、棲家へと逃げ帰る。
雲が渦巻く渦中にあるのは。五つの小塔である。火水土風、
神聖ローレライ教団の、敬虔なプリースト。ラズ・ラズベリーにとって。この館は信仰の具現化である。
「……クソ。修復と防御の結界。こうなると。魔法陣が起動しないから、脱出は不可能か……。」
俺は、館主に会うつもりはない。けど。いつかは、
その為に、昨夜。魔法陣を、領地内にいくつか設置したが。館中では、繋がらない。
「やっぱり……、開かないみたい。びくともしないよ。分厚くてッ、硬い……。」
客室の扉は銀でできている。その扉を、シオンが揺らして、叩く。微動だにしない。聖勇者の力を持ってしても、壊せないようだ。
立場上、俺が叩くわけにもいかない。ゼロとして動くには、認識阻害の。仮面が必要だ。残念ながら。
なす術なし。完全に、閉じ込められた。
諦めて、設置してあった椅子に座る。閉じ込めた割には、随分と、良心的な部屋。ベロニカの、小心者の性格が表れている。待遇だけよくして、予防線を張ってるのだ。まったく、救えない。
固定窓を調べる、シオンに目を向ける。
男とは思えない綺麗な顔。長い睫毛。きめ細かい肌。特徴の黒目黒髪は、この世界では珍しい。そこにいるだけで目を引く。
体つきは決してゴツくない。強く握ったら折れてしまいそうな体だ。戦闘職に向いてるかどうか聞かれたら、間違いなく向いてないと答えるだろう。脆すぎる。
「………なにさ」
目が合うと。何が恥ずかしいのか、照れるようにサッと目を逸らした。顔が赤く染まり、もじもじと。俺の視線から逃げるように、体を捻る。
「あの……、そんなに。ジロジロ見ないでもらえるかな? 死にそう。」
「お前は……、俺に見られると死ぬ呪いでもかかってるのか?」
シオンは、居心地悪そうに俯く。ため息をつくと、部屋の隅で三角座りした。昨夜、風呂に入ってから、ずっとこの調子だ。シオンの様子が、おかしい。
「もしかして……。昨日の、ことか? 冗談よせ。シオン。裸を見られたくらいで、何を恥ずかしがってる」
「……ロゼのメンタルが、羨ましいよ」
シオンの気持ちが、まったく理解できない。
異世界。シオンがいた世界。そこでは、裸の付き合いがあると、聞いていたが。何かが、彼のしゃくに触ったみたいだ。俺の知っている情報と、違う。背中でも流せばよかったのか。それ以外考えられない。今度入るときは、ぜひ背中を流すようにしよう。
「シオンは逆に……、メンタルを鍛えた方がいい。同じ男なんだ。少しくらい見られても平気だろう。」
「……うんうん。あくまで、男にこだわるのか。確かに。障子に目ありって、いうし。油断してたら……、いつバレるかわからない。」
会話が通じてないように思えたが、気にしない。俺の周りには、会話が通じない奴らばっかりだ。いちいち突っ込んでいたら、俺のメンタルがもたない。
「そもそも。風呂に入るのに鎧を着る奴がどこにいる。」
シオンは、鎧のまま、入ろうとしていた。少し、頭が弱いのかもしれない。幸先、不安だ。
鎧は、引っ剥がしたが。それからは。タオルで体を隠し。端っこで縮こまっていた。その様子は、今のシオンの様子に重なった。完全に、壁紙と同化している。
「……ソラ。今頃、どうしてるかな」
「?? ソラ……? あぁ。マルタの執事のことか」
ソラ。やはり。聞いたことのある名前だ。見たことある顔とも、思っていた。きっと、どこかで、会ったことがある。どう頑張っても、思い出すことはできないが。
場が静寂に包まれる。
椅子に座ったまま、腕を組み。頭を悩ますが、記憶にない。俺は諦めることにした。
考えることをやめると。完全に、手持ち無沙汰である。何気なく、机の引き出しを開ける。置いてあるものを見ると。俺は、驚きで、目を見開いた。
「これは……ッ。」
それは。一つの宝具。俺が今一番、必要なもの。それほど、重要なものが。こんな机の中に。無造作に放り込まれていたのだった。急いで、ポケットに詰め込む。何事もなかったかのように、また腕を組み直した。
「あの……、ロゼ殿下。いらっしゃいますか?」
そんな時だ。ドアの外側から。女の声が、かけられたのは。
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