儀式の間


 私はアイレとフエゴが選んだ本を借りて、急いでテオドールさんのもとへ向かう。

 待たせるのもなんだから、と先に外で待っててもらっていたのである。扉を開けて、石畳の階段を降りた先にテオドールさんは立っていた。


「すみません! お待たせしました」


 私に気づいたテオドールさんは片手をあげる。そして「ついてきて」と先導を歩いた。


 魔法省は王都の中心にあるらしい。

 街のいたるところで魔法が使われていることから、王都はずいぶん魔法に力を入れているのがわかる。


「そんなに離れていないからすぐにつく」


 テオドールさんの言葉通り、さほど歩くことなく到着した。

 どっしりとした門がまえの魔法省は「あれ?」と思うほど想像よりも小さい。先ほどまでいた公立図書館のほうが大きく見える。パッと見は、少し豪華なお屋敷……といった外観だ。

 思っていたよりこざっぱりしているというか、『魔法省』なんていうから、勝手にお城のような場所を想像してしまっていた。


「期待はずれという顔だな」


 内心を見透かしたようなテオドールさんの言葉に、私は思い切り首を振る。が、追い討ちをかけるように『ルチアーナはすぐ顔に出るよな』『わかりやすいよね』という二人の妖精の言葉が突き刺さった。そ、そんなに表情に出てた?


「気にすることはない。初めて来た者はだいたい、同じ反応をする」

「す、すみません……」


 体を縮こませる私に、テオドールさんが笑う。

 それから、飾り掘りの施された扉に胸元から取り出した杖をかざす。魔法の杖だ。エイナルが持っていたのは一見、ただの木の棒だったが、テオドールさんのそれは、先端に装飾がされたシンプルで洗練とした印象のものだ。

 杖がフッと光って手元を明るくする。

 その光に答えるように、両開きの扉がゆっくりと開いた。私は感心してその様子をぼうっと見てしまう。


 テオドールさんに続いて、私も魔法省へ入る。

 決して華美ではない室内は、まるで教会のような印象を受けた。

 正面と左右に伸びた廊下に渋い赤の絨毯が先まで敷かれている。天井は、外観からは想像ができないほど高く、いくつもの肖像画や絵画が飾ってあった。


「こっちだ」


 テオドールさんは正面の廊下をぐんぐん進んでいく。そのあとをついていきながら私はふ、と違和感を感じた。

 ――こんなに広かっただろうか?

 気づけば図書館よりも長い距離を歩いている気がする。見慣れない場所で混乱しているのだろうか……。

 前を歩くテオドールさんは何も言わない。

 どこへ向かっているのか、この廊下がどこまで続くのか。わからないことばかりで少し不安になる。


「あの……どこに向かっているのでしょうか」

「もうつく」


 短く答えて、すぐに廊下の奥に突き当たった。

 そこには私の倍はあるだろう扉があって、それをテオドールさんはためらいなく開く。扉の中はだだっ広い、真っ白な空間だった。

 中央には、天井に届いてしまうのではないかと見紛うほどの六角柱の何かがある。先端が尖ったそれはまるで水晶のよう(こんな大きいものは見たことがないけど)だった。

 後ろで扉が閉まる音がすると、その六角柱が白っぽく光る。真っ白な、なにもない空間だからこそ、美しさが際立っているのだと感じた。


「ここは……?」

「ここは儀式の間」


 テオドールさんはツカツカと六角柱に近づいていく。


「魔法使いを目指すものが最初に受ける儀式……それは魔力測定であることは知っているか?」

「いいえ……」

「魔法使いになるには、兎にも角にも魔力が必要だ。皆、持ち合わせているとはいえ、自身の属性など正しく把握をしていない者が大半」

『フゥン』


 興味のなさそうなアイレが退屈そうにする。


「ときに、魔法使いの一歩は自分を知ることからと言われている。――これが、そのための水晶だ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

針子の私に精霊の加護が付与されることになりました もずく @ayy0i14

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ