突撃


 その瞬間、強い風が吹きすさぶ。

 それは、テオドールさんを目掛けて一直線に走って――後頭部に追突した。

 突風に図書館内は騒然となったが、すぐに静かになった。扉を開けて、すきま風が入ってきたのだろうと納得したらしい。


『ルチアーナに触るなーっ!』


 飛んできたのはアイレだった。

 突然後頭部を叩かれて、テオドールさんは前のめりになる。アイレはそんなことお構いなしに彼の周りを飛びまわり騒ぎ立てる。

 遅れて、フエゴがジトっとした目でテオドールさんを見ていた(というより睨んでいる)。


『コイツ昨日もルチアーナのこと、ずっと見てた』


 怒りおさまらず、といった様子のアイレにフエゴが油を注ぐ。フエゴの言葉にアイレはいっそう勢いを増した。

 まさか自分たちが見えているとは露とも知らず、執拗にテオドールさんをポカポカ叩いている。

 しばらく呆気にとられていたが、ハッとして私はアイレを引き剥がした。私の手の中でなおも暴れる彼をなんとかなだめて――フエゴはずっと睨んでいた――、再度私はテオドールさんに頭を下げる。今度は謝罪で。


「本当にごめんなさい!」

「いや、大丈夫だよ。確かに、初対面の女の子の手をいきなり握るのはよくなかった。……その妖精はずいぶん君に懐いているようだ」


 私の肩に視線を移す。

 探し物を見つけてくれた人で、少しお話してただけ――と説明をしたら、しぶしぶではあったが二人とも落ち着いてくれた。


「私の魔力が好きみたいで」

「なるほど……」


 あごに手を当て、また考える素振りを見せるそれから、親指で唇を押し上げて「ふむ」と呟いた。


「君たち、これから魔法省に来れないか」

「魔法省?」


 魔法省。多くの魔法使いが属する、魔法使いによる魔法使いのための機関。魔法の研究や魔力や魔法が原因で起きた事故など、魔法に関するあらゆる事柄に対応している――と、頭に疑問を浮かべる私に、テオドールさんが教えてくれる。

 魔法に興味がない私には知らないことばかりである。


「行くのは大丈夫なんですけど……」

「帰りの心配かな。よければこちらに泊まっていくといい。先ほどの詫びもかねて」


 いい部屋を手配させよう――と茶目っ気たっぷりにテオドールさんは口端をあげた。


『ミルクとビスケットもちゃんと、出して』


 先ほどから黙っていた二人は口を揃えてそんなことを言い出した。

 私がたしなめると、テオドールさんは口を開けて「もちろん、とびっきり上等なミルクとビスケットを用意するよ」目じりをこれでもかと下げて口を開けて笑った。


「それではさっそく行きたいのだが、図書館での用はお済みかな」

「あ、はい。探し物に来ただけなので――」


 クン、と袖が引っ張られる。

 アイレとフエゴが名残惜しそうに、私を見つめていた。


「……少しだけ待ってもらえますか? 借りたい本があるみたいで」

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