魔法使いと妖精と


 フエゴが選んだのは、童話や植物図鑑、レシピ集などといったなんとも可愛らしいラインナップだった。

 私はその中から植物図鑑を選んでページをめくる。自然と親しい妖精たちと読むならきっと楽しいと思ったからだ。

 それに、新しい図案の参考になるかもしれないし。「とびきりの期待してるから」エイナルの言葉が頭をかすめる。

 東の国の染物と一緒に売っても違和感のないもの……私の作品は、どちらかといえばナチュラルな自然志向のものが多い。鮮やかで大柄の、どちらかといえば派手なあの布の中では埋もれてしまうだろう。

 それに、新しい図案にもチャレンジしたかった、というのもある。


『図鑑はね、ぼくも好きだよぉ』

『絵があるからだろ』

「アイレは絵本とか好きかもね」


 図鑑には、スミレやパンジーといった花から、サクラという一定の国でしか見かけないものまで書かれている。

 読み進めていくと、ショコラーデやレッドベリーなど、食べ物にもなるものも記されていた。

 普通に読むのも、楽しいかも……。


『ショコラーデって?』

「光の差さない森の奥にあって、赤い実をつける木だって。その実と樹液がチョコレートの味がするから、ショコラーデ」

『こっちは?』

「ミツリンゴだね。普通のリンゴと違って皮の内側が甘い蜜でたっぷりなの。煮詰めてシロップにするとグンと甘さが増すんだよ」


 あれは? これは? と興味津々な二人に、自分の知識と図鑑に書かれていることを交えて説明する。あの小さな森にはないものが多いから、より楽しいのだろう。

 私も見たことない植物ばかりでページをめくる手が止まらない。

 そうして盛り上がっていたから(もちろん、小声で。それでもはたから見たらひとりごとだけど)、横に人が来ていたことに全く気がつかなかった。


「なんと……」


 ポソッと呟く声が耳に入る。

 思わず聞こえてきた方向に顔をやると、ローブを羽織った男性がこちらを目を丸くして見ていた。ローブの胸元には魔法使いの印である、本をモチーフにデザインされたピンバッチがついている。

 その男性は私を見ているのではなく、なにやらアイレとフエゴを見ているように見えた。

 ……もしかして、妖精が見えてる?

 当の二人は図鑑に夢中で、見られていることに気づいていないようだ。


『これ、これ美味しそう〜』

『パンの実なんてのもあるんだな……』


 二人が私の手をつついてページをめくるよう催促する。

 ……気のせい、だよね。

 私がひとりごとをブツブツ言ってたから気になったんだよ。うん、多分そう。


 しばらくして我に返ったように男性は顔を背けて椅子に座った。私も、いよいよ催促が激しくなってきた二人をなだめて本に集中することにする。

 読む、というよりは気になったページをペラペラとめくっていたせいか、図鑑は思ったよりもはやく読み終わった。

 積まれた本の中から次はどれを読もうか、と手を伸ばす。


『ぼく次はこれがいい!』

『こっちも見たい!』

「順番ね……」


 それから、はしゃぐ二人に構いながら本を読み進める。フエゴは真剣に、アイレは表情をくるくる変えながら本の世界に没頭している。

 私も、こんな数の本を一日に読むことはなかなかないのでなんだか新鮮だ。たまにはこんな時間も悪くない。


『なァ、ルチアーナ』

「ん?」

『さっきから隣の人、ちらちらこっちを見てるけど知り合いか?』


 フエゴの言葉にそっと隣へ目線を移す。

 隣はローブの魔法使いさんで、もちろん私の知り合いなどではない。


「ううん。知らない人」

『ふぅん』

「その……」


 恐る恐るといった様子で、その男性は話しかけてきた。

 まさか話しかけられると思っていなかったからびっくりして声を上げてしまいそうになる。男性は慌てた様子で「いや、すまない。私は怪しいものではないのだが……」と訂正をした。

 それから、私は耳を疑った。


「その、君は妖精が見えているのか?」


 やっぱり、妖精が見えていたのだ。

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