甘い迷いと宿


 エイナルと合流した私はカフェにいた。


 先日とは別の、王都のメインストリートと呼ばれる大通りの一角にあるカフェ。

 昼時をちょうど過ぎた頃だからか、立地のわりに客は少なかった。暖かみのある木目調の机にはチェックのクロスがかけられ、背の高い窓は日差しを取りこぼさまいと店内にさしこむ。オルゴールの音が耳に心地よい。

 ゆるりとした時間が流れる中、私はメニューとにらめっこを続けていた。


「むう……」


 王都に向かう列車の中でサンドイッチを食べたのでお腹は空いていない。

 だから、なにか軽いデザートを、と思ったのだが、つらつらと書かれた名前は私を存分に悩ませた。ブルーベリータルト、チーズケーキ、チョコレートムース……。プリン・ア・ラ・モードも捨てがたい。

 味を想像してゴクリと喉を鳴らす。


「悩むねぇ。僕はゼリーにしよう」

「ちょっと待ってください。うぅん……決めた、決めました!」

「そんなに悩むならまた明日も来ればいいじゃない。……すみません」


 エイナルはクツクツと喉奥で笑った。

 やってきたウェイトレスにオーダーを通す。エイナルはゼリーを、私はブルーベリータルトを頼んだ。

 このままでは埒が明かないと思ったので最初に目についたものにすることにしたのである。


「そうだ。ギルド証、貸してごらん」


 差し出された手に緑色の石――ギルド証を乗せる。

 彼は木箱から革ひもを取り出して、ヒョイヒョイ手を動かした。いくつか結び目を作って器用にギルド証を包む。最後に根元に巻き付けて……あっという間にネックレスを仕上げてしまった。

 エイナルって、手先も器用なんだ。

 「このほうが必要なとき取り出しやすいでしょ」と渡されたそれをそのまま首にかける。落ち着いたブラウンの色が石の緑によく合う。


「お待たせいたしました」


 そうこうしているうちに料理が運ばれてきた。

 ババロア型で作られたゼリーは生クリームが絞られ、てっぺんにはサクランボが可愛らしく鎮座している。エイナルの前に置かれるとプルプル震えた。

 そっちも美味しそう……と考える私の前にブルーベリータルトがコトン、と置かれる。

 三角形に切り出されたタルトは、ぎっしりブルーベリーが敷き詰められ、切り口からカスタードクリームも塗られていることがわかる。


「さ、食べよ」

「いただきます」


 そうしてたっぷりとデザートを堪能した私たちは、少しはやいけれど宿をとることにした。

 とはいっても、私は手馴れた様子でチェックインを済ませるエイナルの後ろをついていくだけである。


 エイナルが選んだ宿は、『迷えるかすみ草』があった宿屋街とは別の通りの宿だった。さすがは王都とあって、宿もいくらでもあるようだ。

 無愛想な店主の受付を済ませて鍵を受け取る。

 受付の横を通って、奥に伸びた廊下に進んだ部屋は突き当たりにあるらしい。

 まだ夕方にもなっていないからだろう。

 宿は静かで人気が感じられなかった。


「二部屋取れたらよかったんだけど……」

「いえ、ありがとうございます」


 バツが悪そうにエイナルは謝った。

 部屋に入った私たちは荷物をおろしてソファに座る。質素だが、手入れの行き届いた清潔な部屋。ベッドが二つに洗面台も備え付けられている。

 ……これはなかなかお高いのではないか?


「あの、エイナル。宿代は――」

「それじゃあ、早速ルチアーナの店について考えようか」

「え? じゃなくて話をそらさないでください!」

「まあまあ――そんなことより、仕事の話がしたい」


 あっけらかんと笑うエイナルに空いた口が塞がらなかった。

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