マラカイトの証


「うん。こっちの子なんだけど」

「申請書お預かりしますね。はい――ありがとうございます。少々お待ちください」


 受付の人に渡すと、上から下までじっくり見て席を外した。


「あの、登録料って……」


 ギルドに登録するにはお金がかかる。

 そこまで高くはないと聞くが、私はいくらかすら知らない。持ってきている分で足りるだろうか……。

 ポシェットの中を見ながら不安気にする私の頭を強く撫で回して「僕が払うよ」となんでもないように言った。


「未来の大作家への投資。受け取らないとは言わせないから」


 エイナルの声音には問答無用と言わんばかりの意志を感じる。否定の言葉を飲み込んで、代わりにお礼を伝えた。……あとでなんとしてでも受け取ってもらわなきゃ。


 それから少しして、小走りで受付の人が戻ってきた。手にはいくつかの書類を持っている。

 それらを机に並べて順に説明をする。

 商業ギルドについてと今後の活動について――だ。


「……というわけで、今後何かを販売する際にはこのように必ずどこかにギルドのマークを入れてください。商品自体に入れて頂いても包装でも構いません」


 机の下から資料とは別に本と紙袋を取り出した。本の背表紙と紙袋には、とぐろを巻いた蛇のマークが記されている。


「お店を出す場合もです。必ず看板などにマークを入れるか、こちらで配布している旗を出してください。必要な場合は各商業ギルドでお申し付けください」


 資料を追いながら丁寧な説明を受ける。

 色々と決まりがあるんだな……。あとでしっかり読み返さないと。

 つらつらと説明を受けている私の横で、エイナルは眠そうにあくびをかみ殺していた。


「――以上で説明は終わりになります。何か分からないことはありますか?」

「いえ……」

「でしたら、最後にこちらを」


 そう言って差し出されたのは、くすんだ緑色の石だ。

 ――鉱石?

 ニセンチ程の正方形の石。厚みはそこそこで、透明感がある。

 私はそれを受け取ると、ブン、と鈍い音が鳴って輪郭が四角く光った。私は驚いて落としそうになってしまう。


「これは……?」

「そちらはギルドメンバー証になっております」

「なくすと高いから、気をつけてね」


 エイナルの言葉に私はその石をギュウッと強く握る。私には鉱石や宝石の類はわからないけれど、綺麗だもん。きっとお高いんだろうな……。

 サッと青ざめる私に受付の人は「大丈夫です。そんなに高くないですよ」とクスッと笑った。


 エイナル、からかいましたね。

 下から睨みつければ、誤魔化すようにそっぽを向く。


「手続きは以上になります。登録料は――」

「ルチアーナ、先に下で待ってて。色々見てまわりたいでしょう。終わったらすぐ向かうから」

「あ、はい。わかりました」


 エイナルに言われて私は席を立った。


「それ、なくさないように」


 部屋を出る直前、握りしめたままの手を指さして、意地悪そうに口端をあげる彼に「なくさないです」と言葉には出さずに舌を出した。


(ちゃんと鞄にしまっておこう)


 いつも持ち歩いているお守りの中に入れて、トランクの一番奥へしまい込む。これで大丈夫。


 私は階段を降りて一階へ向かった。

 二階は職員用のフロアになっているらしい。立ち入りができないようにされている。

 通り過ぎて一階に降りると、ついたばかりのときより人が減って、見渡しやすくなっていた。


 受付では案内をしてくれた女性や、キッチリと髪をまとめた男性らが仕事に専念している。

 受付の向かい側の壁にはズラリと掲示物が貼られていて、人だかりができていた。

 私は人だかりをかき分けて壁の前に立つ。掲示物は店の宣伝や委託先の募集、反対に委託物を探している張り紙が所狭しと並んでいる。


「あっ、ミラさんのお店だ」


 魔法雑貨ルーチェ――魔力を込めた良品を取り揃えております。生活に彩りを加えてみませんか?奥様やご友人のプレゼントにもオススメです。店主 ミラ――と丁寧に書かれた文字は間違いなくミラさんの筆跡だ。

 思いもよらない場所で知り合いの名前を見つけて少し嬉しくなる。

 そういえば、看板にギルドのマークがあったような……。店を経営しているのだから当然だけれど。

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