商業ギルド
微妙な沈黙が流れる。
たとえば、本当に私が十五だったとして、未成年の子供(しかも女の子)の家に男が一人で押しかけてくるのはなかなか問題があるのではないか。
私の不満が伝わったのだろう、エイナルは慌てて謝る。
もう少し身なりを気にした方が良いかもしれない。確かに化粧とかしたことがなかったから。
「エイナルは商業ギルドに登録をしているのですか?」
「うん。あとは冒険者ギルドにもね――一人だとどうしても危ないから」
コホンと咳払いをしてエイナルは答えた。
冒険者ギルド――冒険者や用心棒が登録する大規模なギルド。
ギルドといったらそれ、といってもいいぐらい有名なものだろう。騎士団など、王に直属している者以外は大体が登録しているはずだ。
父も登録していた。
冒険者ギルドのメンバーになっていれば様々な恩恵がある。
例えば、危険な場所への採取や探索。手練の冒険者なら少人数でも大丈夫だろうが、皆がみんなそうとは限らない。そういったときに申請を出せば手隙の人員の援助が無償で受けられる。
「ルチアーナは商業ギルドに登録しないの?」
「全く興味がないわけではないですけど……」
「けど?」
「今のままでも不自由はないので」
そう。不自由はない。
家族の残した財産は少なくはないし、ハンナさんやミラさんの店での売り上げもあって、私一人ぐらいなら数年は容易に暮らしていける。
それに、商業ギルドへ登録をしたとして、自分の店を構えてやりくりできる自信がなかった……というのが大半を占めていた。
と、素直に言えば「絶対登録したほうがいい」 と肩を掴まれた。そ、そんなに?
「今日は予定ある?」
「なにもないです……」
「今から登録に行こう」
「えっ」
空いた口が塞がらない。
登録に行くということは、商業ギルドの本部に向かうということで。
呆けている私をよそに「今から行ったら」「登録するだけならすぐ」などブツブツ呟いている。
本気なのだろう。
エイナルの表情は真剣そのもので、冗談なんて言葉は一文字も浮かんでいない。
「善は急げだよ。宿は僕が取ってあげる」
「ちょ、ちょっと待ってください!エイナル、あなた何を言っているのですか」
「君の技術をこんな片田舎で終わらせるなんてもったいないと言っているんだ!」
何を言っても無駄だと判断した私は大人しくエイナルにつれられて商業ギルドへ向かうことにした。
彼は見た目以上に情熱家らしい。
そして、感情が高まると口調が少し荒々しくなることを知った。
◆
「本当に来ちゃった……」
私の前にはいかめしい門がまえの建物があった。重厚な扉をくぐると、外装からは想像できないほど賑やかな歓声で中は溢れていた。
ここが商業ギルドである。
まるで貴族のお屋敷のよう。広い室内はきらびやかな装飾で、富の象徴だといわれる動物を象った銅像が飾られていた。
商業ギルドの本部は王都にある。
まさか、こんなにすぐまた王都へ訪れることになるとは思わなかった。各支部でも登録はできるらしいのだが、本部で行った方が簡単で手続きも早いのだとか。
「手続きはこっちだから」
驚きやら感動やらで動けずにいる私の腕をエイナルは引っ張って人の波をかき分けていく。
五つある内の一番端の受付に通された。
登録や登録内容の変更専用の受付らしい。
新規登録をお願いします――とエイナルが言うと、感じの良い女性が「こちらに必要事項を記入して三階へお進み下さい」と一枚の紙を差し出した。
紙には名前や住所を記入する欄とギルドに登録するにあたっての注意事項が細かく記されていた。
「僕があとで詳しく説明してあげる。とりあえず書いて」
「はぁ……」
受付の横に備え付けられたペンでサラサラと名前を書く。
それに満足した様子のエイナルは、急かすように三階へ向かった。私も遅れずについていく。
三階は打って変わって静かだった。
階段を中心に左右に廊下が伸びて、いくつかの部屋がある。
迷うことなく手前の扉をノックして、返事を待たずに彼は入っていった。それに続いて部屋に入ると、一階で見たような受付が両脇にずらりと並んでいる。
一階と違うのは、その受付にそれぞれ椅子が用意されていることだ。
私の他にも何人かいて、空いている受付の女性が手をあげる。私たちはその女性の元へ進んで椅子をひいた。
「ようこそいらっしゃいませ。本日は商業ギルドへの新規登録でお間違いないですか?」
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