魔法学校?
私はいくつかの、中でも上出来だと自負できるものをサイドテーブルに並べる。
エイナルの前に五枚のハンカチが整列した。
青い薔薇に青い鳥、ラベンダー、それからこの国の伝統的な模様……青系統の色が多いのは私の好きな色で、王都で仕入れた糸の大半がそういった色合いばかりだったからである。
エイナルはそれらをじっと見つめて、それからこちらに視線を向けた。「触ってもいいか」と聞かれているのは言葉に出さずともわかる。
私は手を前に出して、どうぞ――と促してきちんと座り直した。
出会ったときから思っていたけれど、彼は細い。
東の国の特徴なのだろうか。
筋肉質な人が多いこちらの国とは違ってずいぶん痩せ型に見えた。関節は服の上からでもわかるぐらい骨張っている。
それに――ハッキリした目鼻立ちがとてもかっこいい。
「魔力も込めてあるんだな」
彼の言葉にハッとして首を振った。
見惚れるなんて……。
顔に熱が帯びるのが自分でもわかってしまって、恥ずかしくて隠すように頬を覆って首を振る。
「え?ただの刺繍なのか?でも魔力の反応が出てるけど……」
「あっ、いや、そうじゃなくて!魔力を込めてあります!」
「だよな」
男性……といったら、お父さんやお店のおじさん、近所の子供たちばかりな私にはエイナルみたいなかっこいい人はいささか刺激が強い。
エイナルは見られていたことに気づいていないようだった。
誤魔化す私に不思議そうに首を傾げる。
「刺繍もすごいけど魔力の質もいいね」
そういえば
エイナルは木箱から筒状の袋を取り出した。
それは杖を収納するためのものらしい。
紐を弛めてスッと杖を取り出して、それを片手で持って軽く振る。
そうすると、杖の先に光の粒が集まって円を描いた。――魔法だ。
一連の動作を私は黙って見ていた。
魔法を見るのはこれで三回目(一回目は妖精たちの、二回目は王都でのリボン)である。
「ほら、僕の魔力は紫がかっているでしょう。光も強くてまばら。でもルチアーナのは」
空いた左手で私のハンカチを掴むと、比べるようにその円の横に並べた。
「光は弱いけど一定で、色も一色ではなくて沢山ある。決まった色はないみたいだけど。それって珍しいんだ」
視線を残りの刺繍にずらして言う。
言われて、私は自分が作ってきた作品と雑貨屋ルーチェを思い出していた。
確かにあそこに置いてある商品は様々な魔力を放っていたけれど、作り手によって決まった色だった。
対して、私の刺繍は、そのとき選んだ刺繍糸の色や込める『想い』で色が違っていたと改めて思う。気にしたことはなかったけれど、魔力の質が関係しているなんて思いもしなかった。
「ルチアーナは魔力について、どれだけ知ってる?」
左手のハンカチと袋に戻した杖をサイドテーブルへ置いて、エイナルは私に質問を投げかける。
「魔力、ですか」
「そう」
「えぇっと、専門的な勉強をしていないので詳しくはないんですけど……多かれ少なかれ皆が持っている力だと母から教わりました。この光が魔力そのもので、それをどう使うかは人それぞれだと」
私の知っている魔力はそういうものだ。
魔法学校に通っておらず、将来魔法使いになりたいと考えているわけでもなかったから――一般的な知識しか身につけていない。
話し終えた私はおずおずとエイナルに視線を移す。彼は私の言葉に頷いて、何か考えているようだった。
「失礼なことを言うかもしれないけど」
それから、何度か口をもごつかせて、控えめに言葉を出した。
「君は学校には通っていないんだよね」
「はい」
「魔力の込め方は誰から?」
「お母さんが教えてくれました。洋裁や刺繍のやり方も」
「魔法学校に通う気はない?しっかり知識を見につけたら、ルチアーナなら絶対優秀な魔法使いになれるし、もっと良い生活も送れる」
私を見るエイナルの目は真剣で、決してからかっているわけではないのが見て取れる。
魔法学校に通うにはお金がかかる。
両親がいたときならいざ知れず、身寄りのない今の私にはそんな費用は捻出の仕様がない。それに、学校に通わずとも刺繍さえできれば、今の生活に不満はない。
それを聞いて、エイナルは残念そうに息を吐く。
「お金……そりゃそうか。学校自体も大きい街にしかないし。商業ギルド、はまだ年齢が……」
「商業ギルド?」
「ああ。ギルドに登録すれば今みたいに委託だけでなく自分の名前で店を持てるんだ。でも登録するには成人していなければいけないから……ルチアーナはまだ十五かそこらでしょう」
この国の成人は十八からである。
成人を迎えると、彼の言ったように様々なギルドへの登録が可能になったり結婚ができるようになったりするのだが……どうやら、私は子供だと思われていたらしい。
こう見えても私は今年で成人した。
確かに背は低いし大人っぽくはないけど!少し悔しいぞ。
「あの、私十八です」
「え?」
エイナルは二度見した。
いささか失礼ではないだろーか。
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