突然の来訪


 その日、珍しく私は朝食を食べていた。

 普段は紅茶やコーヒー(ミルクをたっぷり入れた)で朝を済ませて作業に取りかかるのだが、先日大量に仕事を終わらせたので、時間に余裕があったのだ。

 捌けなくなるほど仕事は取らない――というのは父の教えである。

 それに則ってはいたが、趣味が高じて仕事になったような私は、結局あれもこれもと手を出し、必要以上に働いてしまうことが多かった。

 苦ではないが疲れは溜まる。

 アイレとフエゴにそれを見透かされ、心配をかけることもしばしばあった。


『今日はもう終わりーっ』

『目の下、クマやばいぞ』


 頬を風船みたいにして私の手から木枠を奪おうと必死になる姿を思い出す。

 最近ではどちらが折れるか耐久勝負になっている。昨日は私が折れて、いつもより早く眠りについた。


 おかげでこんなに優雅な朝を迎えているわけだけれど――膨れたお腹をさすって、食べのこしを片付ける。食パン二切れは食べきれなかったのだ。

 昼にまわせばいいよね、切っただけだし。

 思ったところで、扉が強くノックされる音が聞こえた。

 こんな早くから(といっても、もう皆活動している時間だけど)来客の予定なんてあったっけ。反応できずにいると、もう一度、今度は控えめに扉が叩かれる。「今出ます!」と投げかけ、急いで身なりを整えて玄関へ向かう。


「こんにちは」


 ……見間違いだろうか?

 そこには王都で出会った異国の青年――エイナルが立っていた。

 先日より少し重装備な格好と、背丈の半分ほどの木箱を背負った出で立ちだが、人懐っこい笑顔が彼本人であると証明している。

 思わず扉を閉めた私に、聞いてもいないのに彼は訳を話し出した。


「ほら、ビネーチに君の刺繍出してるって言ってただろ?行ってきたんだよ!そしたらオーナーがこの町にいるって教えてくれたから……!」


 あのあと、いてもたってもいられなくなった彼はすぐにビネーチへ向かったらしい。

 毎日のように通っては私の商品ばかりを買っていくエイナルにミラさんが話を振って、そこで王都での事を知り、ここを教えてもらった……らしい。


「そ、そうだったんですね」

「いきなり押しかけて悪いとは思ったんだけど……驚かせたよね」


 しゅん、と項垂れる姿はまるで子犬のようである。背はずっと高いし、年上の男性に失礼かもしれないけれど――かわいい。

 見えない尻尾が垂れている。


「とても驚きました……けど、そんなに気に入って頂けて嬉しいです」


 私の言葉に安心したようで、ズルズルとその場に座り込む。よく表情の変わる人だなぁ。


「来といてなんだけど、たった一日二日会っただけの人の家に押しかけるって危ない人じゃないかって思ったから」


 しかも本人から場所を聞いたわけじゃないのに。付け加えて呟く。

 確かにそれは否定できない、かも。

 私は思わず笑ってしまって、エイナルも誤魔化すように苦笑した。


 早速アトリエを見たいというので、離れへと案内する。アトリエ……というほど立派なものではないけれど、仕事場はここなので、アトリエになるのだろう。


「ちょっと待っててください。今片付けるので」

「いや、そのままで大丈夫だよ。というか全然散らかっていないじゃないか」


 エイナルは言って、物珍しそうに部屋の中を見回す。昨日早めに終わらせてよかった――と思いながら、椅子の周辺を軽くはたく。

 この離れには、作業机と椅子が二脚、古ぼけた時計にサイドテーブル、それから仕事道具があるだけで、人を招く用意は全くできていない。

 せめてもと比較的綺麗な(もとい、なにも乗っていない)サイドテーブルへ椅子をずらして案内した。

 彼が椅子に座ると、ギシギシと木が軋む。

 作業机から数点、自分が作った物を持って私も向かいへ椅子を移動させた。


「これが最近刺した刺繍です」

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