彼女との出会い


 その少女と出会ったのは真夜中で、ひどく無防備な子だと呆れた。

 彼女――ルチアーナは、宿屋街を抜けてすぐの開けた場所でベンチに座って空を見上げていた。何かイベントを行うというより休憩に使うような小さな空間だが、辺りには建物が少ないので、星を見るには絶好の場所である。

 大方、目が覚めて眠れないとかそんな理由で家を抜け出してきたのだろうと油断しきった姿を見て思った。

 月明かりが彼女を頼りなさげに照らし、薄い素材のワンピースが華奢な輪郭を拾っている。


「わぁ……」


 まるで小説のワンシーンみたいに感嘆の声を漏らすルチアーナに、思わず僕は声をかけてしまっていた。


「凄いでしょう、この景色」


 僕が話しかけると、大袈裟に肩をびっくりさせて彼女は振り返る。……人がいることに気づいていなかったらしい。

 すぐに目を細めて表情を和らげた彼女は、ポソポソと話し出した。警戒心の無さから、大事に育てられてきたことが想像に容易い。


 ベンチの背もたれに腕をついて話しかける。

 聞くところによると、彼女は田舎の出身で、ラウレラには観光に来たらしい。

 彼女との会話は存外楽しく、気づけばずいぶんと話し込んでしまっていた。「危ないから送る」といえば予想通り遠慮をしたので半ば強引に彼女を宿まで送って、自身も帰路につく。

 あの子、大丈夫だろうか。

 ぽやぽやして、スリとか合わないだろうか。簡単に騙されてしまいそう――と、小動物みたいに駆けるルチアーナの後ろ姿を思い出しながら考えていた。


 次の日、当初の目的を果たしにフィブラ繊維街向かった僕はあまりの品数に目を回した。

 ラウレラに足を運ぶのは片手で数えられるぐらいしかないし――しかもどれも子供の頃で記憶が薄れているから、今日が初めてのようなものである。

 目に付いた店に片っ端から入ったのだが、結局なにも買えずじまいだった。

 このままではわざわざラウレラに来た意味がなくなってしまう。とりあえずそこのカフェで気分を変えようと、最後に入った布屋に併設されたカフェへ向かった。


 外観のイメージから店内は女性が多いかと思っていたが、意外とそんなことはなく男性も少なくはない。

 一人でこういったオシャレなところに行くのは少し気が引けていただけに、男性の存在は心強かった。ウェイトレスに案内されて席につく。

 僕はアイスコーヒーを頼んだ。

 気分をサッパリさせるには、昔からコーヒーと決まっている。


 コーヒーはすぐに届けられた。

 背の高いグラスに大きめの氷がゴロンと入って、髪の色と同じ色の液体が並々と注がれている。

 ミルクとシロップが一緒にきたけれど、僕はそれに手をつけずそのままを飲んだ。酸味と苦味がガツンと鼻腔を刺激して、それからすぐに香ばしさが口の中を支配する。

 なんとなしに店内を見渡すと――隣に昨日の少女がいた。


「あっ」


 相手も気づいたらしい。

 バチッと視線がかち合って、彼女は花が咲いたように顔をほころばせる。


「昨日の女の子!」

「その節は、ありがとうございました」


 まさかまた会えるなんて。

 驚き半分、嬉しさ半分といった心持ちである。


 明るい場所で見る彼女はいっそう可愛らしい少女だった。

 鎖骨あたりで揃えられた栗色の髪は彼女が話すのに合わせてふわふわ揺れて、アンバーの丸い瞳は照明の光を集めてきらめいている。

 首の詰まったシャツは彼女の純粋さを良く表しているようだ。


「あの……お名前、聞いてもいいですか?」

「そっか、名乗ってなかったね。僕はエイナル。さんとかいらないからさ、気軽に呼んで」


 堅苦しいのは好きじゃない。

 なるべく気負わないよう務めて明るく話しながら手を差し出す。彼女は躊躇いなく握り返した。


 それから、少し話をして、もう帰ろうと彼女は足元のトランクからハンカチを出した。

 どこにでもあるような生成のハンカチだったけれど、四つ角の一辺に施された刺繍に目を惹かれた。

 聞けば自分で縫ったのだと言う。

 無理を言って彼女から見せてもらうと、その繊細な仕上がりに心を奪われた。


 刺繍されていたのは、ミモザだ。

 黄色一色ではなく、やわらかな黄色やオレンジに近い色、パッと目を引くような明るい色を使って濃淡が表現されている。

 基礎的なステッチしか使われていないからこそ、技術の高さがより引き立つ。


「すごいな……」


 ルチアーナと出会ったときのように僕は感嘆の声を上げていた。他にもないかと聞くとボンネットと小さな巾着(お守りだろうか)を取り出しておずおずと差し出してくる。

 それらも素晴らしい出来だった。

 もっと自信を持ってもいいのに――彼女は恥ずかしそうにしている。


 ルチアーナはビネーチという町の雑貨屋でこれらを売っているらしい。


(勿体ない)


 彼女の腕なら、それこそ、この王都でも充分に売り上げを出せるはずではないか?

 男の自分から見てもこんなに素敵だと思うのだ。女性は喉から手が出るほど欲しいと考えるだろう。もし僕が女性で、これをプレゼントされたらなんてセンスの良い男だ――と恋に落ちてしまうかもしれない。

 そんなことを考えてしまうほどにルチアーナの刺繍は素晴らしかった。


 列車の本数が少ないという彼女をこれ以上引き止めるのは忍びなかったので、泣く泣く別れを告げた。

 絶対にビネーチへ行って、あわよくば彼女のアトリエを見せてもらおうと心に決めて――。

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