ルチアーナの刺繍


「エイナルは仕立て屋ですか」

「どうして?」

「手が……」


 私の言葉の意図が伝わったようで、エイナルは「ああ」と納得したように自分の手をさすった。

 布をよく扱う人は、布に水分を取られて乾燥していることが多い。

 実際、私も油断するとすぐに乾燥して繊維をひっかけてしまう。だから彼もそういった仕事をしているのだと考えたのだ。


「仕立て屋ではないけど、行商……みたいなことをしてる。布も取り扱っているんだ」

「じゃあフィブラには仕入れに?」

「そんな感じ。それにしても品物が多すぎてなかなか決められなくて――このままじゃあただの観光になっちまう」


 そう言って大袈裟に肩を竦めてエイナルは苦笑する。言われてみれば彼はずいぶん身軽だった。


「ルチアーナはもう買った?」


 先ほど、と答えて紅茶を注ぎ入れる。

 ティーコージーのおかげでさほど冷めていない紅茶がカップをじんわり温めた。口につけると少し濃くなった風味が、ショートケーキで甘くなった口の中をスッキリさせる。

 話すのも楽しいけれど、そろそろ帰ろうかな……。

 長い列車旅を思い浮かべてちょっぴり憂鬱な気分になる。旅行って、行きは楽しいけど、帰りは寂しいような勿体ないような微妙な気分になってしまう。

 ハンカチで口を軽く拭って私は席を立とうとした。


「エイナルさん、昨日からありがとうございました」

「もう行くの?」


 口を尖らせてつまらなそうに言う。「列車の本数が少ないんです」と告げれば残念そうに「なら仕方ないな」と息を吐いた。

 気だるそうにテーブルに項垂れたエイナルが、じっと私の手元を見る。

 視線の先はハンカチのようだ。

 なにかおかしいだろうか。


「なんでしょうか」

「それ、その刺繍のハンカチ。どこで買ったの?」

「ああこれは町で買いました。寂しかったので自分で刺繍をしたんですけど……」


 「見せて」と私の手からハンカチを奪って、刺繍をじっくり見つめている。

 正面、横、後ろに、店内の照明で透かしてみたりして――そんなに見られると恥ずかしい。ずいぶん昔に自分用に施したものだから、魔力も上手く込められておらず、それが余計に羞恥を煽る。


 しばらくハンカチを見ていたエイナルは感嘆の声を漏らして私に戻した。「他にもあるか?」と言うのでトランクの中からいくつか取り出す。

 日除けのボンネットといつも持ち歩いているお守りだ。

 ボンネットは王都についたときは夕方だったし、今日も太陽に雲がかかって帽子を被るほど日差しは強くないので出番がなかった。

 お守りは小さな巾着状で、中になにか詰めておける簡易的なものである。

 どちらにもお得意の花柄で刺繍してあった。

 刺繍自体は生地と同じ色で刺してあるから目立たないけれど、込めた魔力のおかげで光の粒が上品に飾っている。自信作だった。


「とても丁寧で綺麗だ。どれも同じテンションでまるで手でやったとは思えないぐらい……」


 あまりにも真剣に呟くので思わず照れてしまう。そういえば、町の人やミラさん以外の反応を見るのはアイレとフエゴ以外で初めてかもしれない……雑貨屋では委託しているだけで実際に売るのはミラさんだけだし。

 なんだか気恥しい。

 エイナルはそれらを返す素振りがなかったので私は席に座り直した。


「僕の周りでも刺繍はあるけどこんなに精巧なものはなかなかないよ。すごいな……」

「は、恥ずかしいです……。でも、ありがとう。そんなに褒めてもらえるなんて思わなかったです」

「お世辞とかじゃないからね。他にはないの?もっと見たいんだけど」

「今日はそれしか……家に帰るかビネーチに行けばありますが」


 ようやく満足したらしい。それらを受け取ってトランクへ片付けた。


「ビネーチ?」

「はい。その町にある雑貨屋に委託しているんです。私の町でもいくつか置かせてもらってはいますけど、一番多いのはそこですね」

「なるほどね……ありがとう、いつか行ってみるよ。そうだ、帰るところだったよね?引き止めてすまなかった」


 そうしてエイナルと別れた私は、少しだけフィブラをまわってから列車へ乗り込んだ。

 思いがけない出会いもあったし欲しかったものはたくさん買えたし、王都に来てよかった。次来る機会があればもっとゆっくりしたい。

 ミラさんにもお礼を言わないと。

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