フィブラ
次の日、喧騒の音に私は起こされた。
いつもは鳥の声とか自然の音で目が覚めるからなんだか不思議な気分だと覚醒しきっていない頭で考える。
トランクから着替えを出して服を整えながら、昨日出会った青年のことを思い出していた。
東の国の、どこか不思議な雰囲気のある青年。
私より年上であることは明らかではあるが、覚えたての敬語を頑張って使っているような――少し幼い喋り口調がちぐはぐな印象だった。
「名前、聞きそびれちゃったな……」
私を宿へ送り届けたあと、青年はそそくさと帰っていってしまった。
せめて泊まっている宿と名前が分かればお礼を伝えられるのに……それともこれが旅行の醍醐味でもあるだろうか。
支度を終えて早速私は繊維街へ向かう。
フィブラ繊維街――各国の珍しい布や副資材が多く集まったそこは、平民、貴族関係なく様々な人が集まっていた。
辺りには布が巻で売られていたりハギレが叩き売りされていたり、とにかくすごい量だ。目に付いた店に入れば、天井まで高く積み上げられた棚に目眩がしてしまう。
壁一面にはズラリとリボンが並べられていて脇にハサミが置かれていた。どうやらこの店では自分で切ってカウンターへ持っていくらしい。
私もいくつか細いリボンを買うことにした。
周りの人に倣って、備え付けられた定規に合わせて必要なメーターでハサミをいれる。
「えっ、えっ?」
その瞬間、私の手からリボンが浮いてシュルル……と勝手に巻かれていく。巻き終わると中心に三と数字が浮かび上がる。
これも魔法の一種だろうか、すごい。
その様子が楽しくて私は予算以上に買い物をしてしまう。まだ一軒目なのに……フィブラ、恐るべし。
(あとは刺繍糸を見て、カフェで休憩しよう)
一日ではまわりきれないと判断した私は、目的の物を買ってそれから布屋に併設されたカフェで一休みすることにした。
紅茶とケーキのセットを頼む。
店内は私と同じように買い物に疲れて休憩に来た人や、次はどこの店を見に行こうかと計画を立てる人、読書に勤しむ人など大賑わいである。
たくさん買ったけど、副資材ばかりだからかさばらなくてすみそうだな――周りの人の荷物を見てそう思った。
私が頼んだものはすぐにきた。
シンプルないちごのショートとアッサム。
紅茶はカップではなく、自分でティーポットからいれるタイプのお店のようで、ティーセットとティーコージーがテーブルに置かれる。
深いブルーの花柄が揃いのカップに紅茶を注ぐ。それから、テーブルに備え付けのシュガーポットからスプーンで砂糖をすくってミルクをたっぷりいれる。
やっぱり私はミルクティーが好きなのだ。
残りの紅茶が冷めてしまわないようにティーコージーをポットに忘れずに被せた――次はティーコージーを作るのもいいかもしれない。
ケーキもしっとりと焼き上げられたスポンジに口当たりのなめらかなホイップクリームと真っ赤に熟れたいちごの甘酸っぱさがよろしい。
「幸せ……」
なんて素晴らしいティータイムだろう……思わず惚けてしまう。
至福のひとときに浸っていると新たな客が来たようで私の隣の席に案内される。何度か来たことがあるらしく、慣れた様子でオーダーをしていた。
ふ、と横を見るとそれは黒髪褐色の――昨日の青年だった。
「あっ」
バチッと視線がかち合う。
それから口角が上がる。……反応を見る限り間違いなく昨日の人らしい。
「昨日の女の子!」
「その節はありがとうございました」
ペコッと頭を下げる。
まさか、こんなところで再会できるなんて。
「昨日の今日で会えるとは思わなかった」
「私も……あの、お名前聞いてもいいですか」
「そっか。名乗ってなかったね。僕はエイナル。さんとかいらないからさ、気軽に呼んで」
「私はルチアーナです」
差し出された手を握って改めて挨拶を交わす。
エイナルの手はゴツゴツしていて、見た目と反して少しだけ乾燥してかさついていた。
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