真夜中の客人
「ぅん……」
二時間は眠っていたのだろうか。
予想以上に疲れていたらしい。
壁にかけられた時計は十二時を指していて、もう夜中になってしまったことを表していた。
十五分ぐらいで起きるつもりだったのに……私はベッドから起き上がって部屋の中を見回す。照明を消さないままだったから、寝起きの目に光が眩しい。
枕元のスイッチを捻って明かりを調節する。
窓の外はぽつんぽつんといくつかの部屋の明かりが漏れているだけで、あとは真っ暗だ。
扉を開けて部屋の外へ出る。
廊下は時間帯もあってか、非常用の明かりがいくつかついているだけで薄暗い。
私は突き当たりに備え付けられた洗面台へ向かった。ギシギシと床が軋んで、私の足を押し出す。
「うん、目、覚めた」
顔を洗った私は部屋に戻る気になれず外に行くことにした。すっかり目が覚めてしまったのだ。
階段を降りるとカーリンさんが私に手を振った。まだ仕事中のようだ。
「眠れない?」
「はい。せっかくなのでちょっと散歩にでも出ようと思って」
「そりゃあ良いね。この辺りなら治安も悪くないし憲兵さんもいるけど、気をつけて行っておいで」
帳簿だろうか、カーリンさんは何かを書き留めながら私を見送ってくれた。
外は空気が気持ち良い。
ひんやりと冷えた空気が頬を撫でてスカートをひるがえす。静かな雰囲気が、まるで違う街へ来てしまったような印象だ。
夜だというのに、外には人がいる。
閉店した酒場から出てくる人、家へ帰る人や宿へ向かう人……。暗さを除けばあまり昼間とは変わらないようにも思えた。
さて、どこへ行こう。
いざ散歩だと意気込んだはいいが、王都のことは詳しくない。観光スポットとか絶景が見える場所とか、全くと言っていいほど知らないのだ。
そういえばミラさんから地図を貰っていたんだった。確か宿屋以外にも色々書いてもらっていたはず。
「繊維街と美味しいカフェと……夜空が綺麗に見える広場?」
簡易的な地図ではあるが、ミラさんのおすすめがびっしり書かれている。
私は広場へ行くことにした。
宿からも近いらしい。
◆
しばらく道なりに進むとその広場へたどり着いた。
広場というほど広くない、開けた空間にいくつかのベンチと街灯が設置してあるだけの休憩所のような場所。
メインの通りから離れているからか、人気はない。夜中に出歩くにはちょうど良い場所だ。
「わぁ……」
ベンチに座って空を見上げた私は思わず感嘆の声を上げた。
花束を解きほぐしたように大きな星々が一面に広がって澄んだ夜空で光っている。私を見て、と言うように主張していた。
「凄いでしょう、この景色」
ぼうっと見蕩れている私の後ろから、男の声がかかる。びっくりして振り返ればそこには異国情緒な趣がある青年が立っていた。
服装こそラウレラらしい麻の涼し気な格好ではあるが、この国では珍しい夜みたいな黒髪と褐色の肌が彼は異国人であると主張している。東の国……だろうか。
「驚かせてしまったかな、すまない」
「あ、いえ――私以外に誰かいることに気づかなかったので」
「僕も寝てたら小さな女の子が来たものだから驚いた。ここの人?」
背もたれに寄りかかって親しげに話す青年は、見た目の割に育ちが良いように見える。
飾り気のない簡素な服はぴっしりアイロンがかけられて、クリンと跳ねた髪は艶があって豊かだ。ゴツゴツした指先もささくれ一つない。
「いいえ、ここより南の方の小さな町から……観光で」
「僕も観光で来たんだ。大きくてびっくりした」
「あの、東の国の方ですか?」
「そう!やっぱりわかる?」
そういってひょうきんに笑う彼に、私もつられて笑う。
私を知っている人はどうしても同情的な、必要以上に子供扱いをした対応を取られてしまう。それが嫌だとは言わないけれど、たまにひどく惨めになる。だから、アイレやフエゴや、この青年のように対等に接してもらえることが安心する。
それから、私たちは東の国のことやこの国のことをたっぷり話し合った。
「……ずいぶん話し込んでしまったね。危ないから送ろう」
「へ、大丈夫です」
「遠慮しないで。これで明日の号外で女の子が殺された、なんて載ったら罪悪感がすごいから」
「それじゃあ……お願いします」
「任せて」と手を差し伸べて自信たっぷりに彼は言う。私はその手を取って大人しく宿までの道を歩いた。
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