宿屋迷えるかすみ草


 王都につく頃には辺りはすっかり日が暮れていた。駅内は明るかったから忘れていたけれど、もう夕方だ。

 それでも、ラウレラはさすが王都といわんばかりの賑わいである。

 舗装された道はずっと先まで続き、レンガ造りの建物が建ち並ぶ。ずらっと並んだ酒場から、楽しそうな笑い声が聞こえてきた。

 鼻をくすぐる美味しそうな匂いは、私の空腹を誘うには充分である。ミラさんに紹介された宿にも飯屋はあるみたいだけど……せっかくだしどこかで食べたいよね。


「煮込み料理の専門店、田舎料理のお店、お魚料理……たくさんあるなぁ。マンドラゴラのサラダなんてのもあるんだ」


 歩きながら私は看板を見る。

 どれも美味しそうで迷っちゃうな……。どうしよう。

 頭を抱えた私は、あるお店に入ることにした。


「いらっしゃいませぇ、お好きな席へどうぞぉ」


 開放された入口から入ると、忙しそうに料理を運ぶウェイトレスが顔だけ向けて席へ促す。

 ちょうど夕飯時なので店内は混雑していた。

 私はキョロキョロと中を見渡して、窓際の二人席につく。布張りのされた木製の椅子は私が座るとキィと軋んだ音を出した。


 サミルの食事亭――ごく一般的な西洋料理を扱うレストラン。

 気になるお店はたくさんあったけれど、食べ慣れない物に挑戦するのは少し気が引けたので口に合いそうなものが多い場所にしたのだ。


(お腹壊したら嫌だもん)


 メニューは恐らくこの店の看板料理の写真がいくつかと、名前と簡単な説明が書かれた簡素なものだ。

 ベーコンとキノコのキッシュ、気まぐれオムライス……へぇ、中のライスとソースは日替わりなんだ。


「ご注文はお決まりですか?」


 先程案内してくれたウェイトレスとは別の女性が水の入ったグラスを運ぶ。肩で切りそろえられた髪を耳にかけて注文を聞く。


「えーと、この気まぐれオムライスを」

「かしこまりました」


 メニューをウェイトレスに預けて窓へ視線を移した。水を一口飲んで喉を潤す。グラスを机に戻すとカランと氷がぶつかった。

 窓の外はもう日が暮れているのが嘘みたいに賑やかだ。剣や盾を装備している人が多いのも王都特有だろう。

 明日は商業ギルドにも寄ってみようかな……そんなことを考えていると料理が運ばれてきた。


 今日のオムライスは、トマトソースらしい。

 黄金の玉子に赤いソースのコントラストが素晴らしい。オムライスの定番はデミグラスかトマトか、よく論争が繰り広げられるが、私は断然トマトソース派だ。トマトの酸味がアクセントになってよろしい。


「いただきまーす……」


 まるでお山のように盛られたオムライスにスプーンを刺すと、少しの抵抗のあとにふわっと沈む。

 中はチキンライスだろうか?

 ごろっとした鶏肉と野菜が隙間から見えた。

 それらを一緒に口に運べば、口内に濃厚な玉子の風味とケチャップの効いたチキンライスの酸味が広がる。


「おいしい!」


 思わず声に出してしまった。

 それほど美味しかったのだ。私は残りも全部食べて、空になったお皿にスプーンを置く。

 あっという間になくなってしまった……。お店選び、間違ってなかった。

 会計を済ませて店を出る。サミルの食事亭、名前はしっかり覚えた。宿のお礼にミラさんを今度誘いたいな。


 食べ終わる頃には辺りはすっかり夜になっていた。

 喧騒もいくらか落ち着いて、街灯の灯りが辺りをいっそう明るく照らしている。街灯も魔力が働いているらしい。光の粒がギラギラと輝いていた。


「えっと、迷えるかすみ草は――あっちかな?」


 ミラさんから預かった地図を見ながら私は宿屋を目指した。

 宿屋街の中心にあるらしいので、なかなかに繁盛しているのだろう。地図を頼りに歩いていたのだが……ここだろうか?

 周りの建物よりすこし小さめの控えめな建物。

 掲げられた看板には丸っこい可愛らしい字で「どなたでもどうぞ」と店名に添えて書かれている。


「すみません、予約はしてなくて一人なんですけど……」

「いらっしゃい。空いてるよ」


 扉を開けて入ると、背の高い女性がカウンターにいた。他に人はいないみたいだ。

 この人がミラさんの知り合いだろうか。

 先の尖った耳が、人間ではなくエルフだということを示している。

 カウンターの下からファイルを取り出してペラペラとページをめくる。「一人ならこの辺りの部屋はどうかね」そう言って、ベッドとテーブルだけの質素な部屋を指さした。


「あの、これ使えますか?……ビネーチのミラさんから頂いた券なんですけど」


 トランクから例の宿泊券を取り出す。

 それを受け取った女性がうーんと首を捻ってそれを見る。


「……ああ!アンタがルチアーナ?話は聞いてるよ!」


 それからパッと明るく笑って私を見た。


「私はカーリン。ミラとは生まれ育ちが一緒でね。どう?アイツは元気にしてる?」

「はい。いつも良くしてもらってます」

「今は雑貨屋をやっているんだろ。ミラは抜けてるところがあるから大変だろうけど良い奴だからよろしくしてやってよ。――ああそうだ、部屋ね、今日は結構埋まっちゃってるからさっき見せたところでも大丈夫かい」


 宿泊券を渡して台帳に名前を書いて――私は案内された部屋へ入る。

 決して広くはないが、清潔でスッキリした部屋だ。入口に飾られた置物からアロマの香りがふんわり漂う。ラベンダーで、リラックス効果を誘っているようだ。

 私は着替えもそのままに、ベッドへ倒れ込んだ。

 列車の長旅が意外と負担になっていたらしい。

 少しだけ寝て、それからお風呂と明日からの計画を立てよう。

 寝ぼけまなこで考えながら私は眠りに落ちた。

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