いざ王都へ


 がたごと、がたごと、列車は進む。

 あまり道は舗装されていないらしく、たまに強く床が跳ねる。私は列車の窓から外を眺めていた。平原は地平線の向こうまで続きのどかな風景だ。

 この国の列車は魔力が動かしているようで、時折、シュッシュッと音を吐いて空中に光の粒が混じっていた。他の国では蒸気で走る列車もあるのだとか。

 この列車は、いくつかの街を経由して王都へ向かっている。

 もう何時間も揺られていて、お尻が痛い。

 個室なのをいいことに、わき目も振らず思い切り背中を伸ばした。


 王都ラウレラ。

 国の中心に位置するそこは、人間だけでなくエルフや獣人、様々な種族が集まる広大な都市だ。

 冒険者ギルドや商業ギルドもあって、私の町とは比べ物にならないくらい栄えている。

 私は洋裁の材料を買いに王都を目指していた。


 先日、ミラさんの元へ商品を届けに行った際「ラウレラにはもう行った?」と聞かれた。


「いいえ、まだ」

「一回ぐらいは行くといいわよぉ。こんな小さな街よりずっといろんなものがあるわぁ」


 もちろんここも好きだけど、と付け加えるとカウンターに肘をつく。些細な仕草が大人っぽくどこか色気を感じてしまう。


「刺繍糸とか布とか、町に入ってくるものとは比べ物にならないぐらいあるのぉ。ルチアーナちゃん、絶対楽しめると思うわぁ」


 その言葉に思わず反応した。

 王都にはいくつもの専門店が集まった繊維街があって、綿や麻など定番の生地から、東国から取り寄せた珍しい布まで取り揃えているらしい。

 もちろん、生地だけではなく、リボンやレースなどの副資材もたくさんあるんだとか……。

 行きたいとは常々思っていた。

 職人なら誰しも憧れる場所だ。買えなくてもせめて見るだけでもいい。


「行きたいのは山々なんですけど」

「行かないのぉ?」

「なかなかタイミングが……それに、行くとなったら日帰りだと厳しいので」


 王都へは列車で向かう。

 私の町からも王都行きの便はあるのだが、二時間に一本しかない上、最終便も早いから日帰りだとあまり滞在できないのだ。

 だから、行くとしたらせめて一泊はしないといけない。そうなると宿代もかかってしまうので……はっきりいって金銭的に厳しい。


 「確かにそれじゃあ大変よねぇ」とミラさんが苦笑いをした。それから思い出したように二階へ駆け上がる。ちょっとして、慌ただしく戻ってきた彼女の手にはチケットが二枚握られていた。


「これ!これ使ってぇ!」

「なんですか、これ。……宿屋、迷えるかすみ草?」


 ずいっと差し出されたそのチケットは宿屋の宿泊券だった。一泊、二名まで無料で利用できるという。


「ここねぇ、私の友達のお店なのぉ。ずっと前に貰ったんだけど、ラウレラに行くことってあんまりないし持て余してたのよねぇ」

「いやさすがに悪いですって!」

「いいからいいからぁ。素敵な職人さんへのプレゼントよぉ」

「でも……」

「じゃあ、次の納品はいつもの倍持ってきて。それでいいでしょぉ」


 ミラさんの勢いに負けた私は、その条件を飲んで宿泊券を受け取ることにした。

 少し色あせてはいるが、書かれている文字は丁寧で店主の人柄がわかるようだった。「話は通しておくからいつか行ってね」と念押しするミラさんに、私は深くお礼を告げる。


 そうして今に至るというわけである。

 王都に近づくにつれて列車内にも人が増えていく。席の扉の前を人が通りすぎる。

 窓の外も平原から街中へ景色を変えていた。

 列車が一際大きな音を立てて魔力を吐き出す。


『まもなく、王都ラウレラに到着します――』


 車内に無機質な男の声が響いて、目的地への到着を知らせる。

 私は足元もトランクを持って席を立った。


 駅を出れば人、人、人――。

 祭でもしているのかと錯覚するほどの人混みと賑わいに私は圧倒されてしまう。

 高い天井はステンドグラスで、ひっきりなしに車両案内が流れる。あちこちに行先の看板が立っていてここが主要の駅なのだと納得する。


「おっと、ごめんよ」


 私の背後からぬっと現れたのは、犬やオオカミによく似た顔の、背の高い獣人だ。

 獣人、初めて見た……。

 すごい、本当にいろんな種族がいるんだ。

 しばらく惚けていた私は、駅内の観光案内の放送に現実に戻され慌てて駅から外へ出る。

 ぼーっとなんてしてられない!

 はやく、王都を見て回らなきゃ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る