ほろ苦ティラミスと魔法
二人は何も言わない。
嫌だっただろうか、不安になる。発言を撤回しようと口を開いたとき――『もう友達じゃないの?』不思議そうにアイレが私に言った。
『ミルクもビスケットもくれたじゃない。ねぇフエゴ』
『オウ。だから今日も来たんだぞ』
妖精の間ではビスケットとミルクは友好の証になるらしい。だからもう私たちは友達なんだ、と。
……そうだったのか。
なんだか、肩の力が抜けて私は大きく息を吐いた。
「じゃあ友達の二人にはとびきり美味しいお菓子を用意しなくちゃね」
手を叩いて、私は二人をキッチンへ連れ出した。
冷凍庫からアイスクリームを取り出して、クリームチーズと混ぜ合わせてもったりしたクリーム状にする。
別の器にインスタントコーヒーを溶かして、ミラさんから貰った角砂糖を入れる。スプーンで溶かせば、ハーブのスッキリした香りが辺りにふんわり香って目が冴える。
これで下準備は完了だ。
昨日の残りのビスケットを底の深いガラスの器にぎっしり並べてコーヒーを回しかけ、そこに最初に合わせておいたクリームをそっと注ぐ。
そうしたらまたビスケットを並べて、コーヒーをかけて、クリームを注いで……最後に底をトンとテーブルに叩いて軽く表面をならす。
横から二人が顔を出してきたので、小さく割たビスケットを口へ運んであげた。
「あとは冷蔵庫で固まるまで冷やして、ココアパウダーをかけたら完成だよ」
そう、私が作っているのはティラミスだ。
『すぐには食べれないのか?』
フエゴが私の手に乗って物欲しそうにティラミスの入った器を見ている。指で頭を小突いて「ちょっとだけ待ってね」と促した。
不服そうに頷いたフエゴはアイレに目配せをする。アイレは意図を汲み取ったようで、ガラス皿の前へ移動するとその場でバレリーナのように回ってみせた。
――何をするつもりなのだろう。
それから、両手を前へ突き出したかと思えば、青緑の髪(髪ではなく魔力が溢れたものらしいが)が揺らめいて――ティラミスへ光の粒が満遍なく降り注ぐ。
アイレと同じ色をした光の粒がティラミスに触れると鈴のような音を鳴らして消えた。これは……。
『……固めるのってこれぐらいでいい?』
「へ、あ、うん、大丈夫……ちょっと待って、仕上げのココアパウダーをかけるから」
茶こしでまぶしながら先ほどの光景を思い浮かべる。
あれって魔法、だよね。
心を込めるのとは別に魔力を使うこと。
それが魔法だ。
心を込めると光の粒が瞬くが、魔法は杖などの媒介を使ったりアイレのように手から直接光の粒、魔力を出す。
モンスターとの戦闘が多い騎士団や冒険者、闘技場に出る者たちに多く使用され、日常ではあまり使われることがない。
へぇ……魔法ってこういう使い方もあるんだ……。
私は関心した。
「お待たせ。アイレのおかげでずっとはやく完成しちゃった」
『オレが提案したんだぞ、冷やすの』
「フエゴもありがとう。魔法があんなふうに使えるなんて知らなかったよ」
『ねぇねぇはやく食べようよぅ』
いつの間にやらリビングへ移動していたアイレが、待ちきれない!といった様子で急かしている。
フエゴと私は顔を見合わせて思わず笑ってしまった。
さすがに全部は食べきれないのでスプーンで取り分ける。二人が食べやすいように平たい皿だ。
残りは冷蔵庫に入れて、明日また食べよう。
ミルクも忘れずに用意して、自分にはアッサムを淹れる。二人の分とは別のミルクをたっぷり注いでミルクティーにした。
「ちょっとはやいけどアフタヌーンティーにしよう」
小さな友人に、祝福あれ!
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