友達
翌日、久しぶりに自室のベッドで目を覚ました私は窓際にアイレとフエゴ――妖精がいることに気づいた。
ぼうっとした頭でまた来るって言ってたっけ――なんて考えながらサッシに手をかける。上に持ち上げると、二人は隙間からスルリと入ってきた。妖精の輝きは寝ぼけ眼に少し眩しい。
『おはようルチアーナ』
『寝坊助だなァ』
目を擦る私の周りを一周して二人は言う。
仕方ないだろう。
昨日はお出かけをした上に妖精なんてなかなかお目にかかれない種族にまで出会ったのだ。しかも、私が知るずっと前から気に入られていたなんて。
あの後、気分が高揚してしまいなかなか寝付くことが出来なかったのだ。
なにせ私は昔からかわいいものが大好きだったから。
『今日はやらないの?刺繍』
期待のこもった二つの瞳が私をじっと見上げている。……本当は昨日買ってきた食材の仕込みをしたかったんだけど。「しようか。先に離れで待っておいで」かわいいには勝てないのである。
◆
パジャマからワンピースに着替えた私は早速離れで手仕事に励んでいた。
ワンピースは私の仕事着だ。かわいいし、動きやすいし、何より頭からすぽっと被ればいいだけなので着替えが楽である。
イエロー、グリーンにアンバーローズ。
色とりどりな刺繍糸を前にふーっとため息をついた。手元の白いハンカチにはいくつかの刺繍糸が乗せられて、それと私は睨めっこをしている。
ピンクで可愛らしくまとめようか、青を入れて爽やかにしようか、くすんだ淡い色でアンティークな雰囲気にするのもよろしい。
色もそうだが、何を刺繍しようか。
人にもよるだろうが、私は図案より色選びから入ることが多い。いくつか使いたい色を選んで、それから、思い浮かぶものを布に描き込む。そうしてまた色を選び直して、いよいよ針を刺していく。
『何を刺繍するの?』
『花とか草とか植物が多いよな』
刺繍糸を避けるようにしてテーブルに座り込むアイレとフエゴは興味深そうにハンカチと仕舞われた刺繍糸を見比べている。
フエゴが言うように、私は植物を施すのが好きだ。刺繍の定番ということを差し置いて、私自身が乙女趣味である……というのが一番の理由かもしれない。
もちろん、それ以外も施すがやはり植物の頻度は比べ物にならないだろう。
「なにがいいかな。今は春だし、ビオラとかいいよね」
薄い青とピンク、アクセントに黄色を入れて……周りにツタを縁どりしたら素敵ではないだろうか。頭に図案が浮かぶ。
ふと、二人の姿が目に入った。
二人はテーブルの上でまるで人形のように大人しくしている。
「ちょっと待っててね」
何にするか決めた私は早速刺繍に取り掛かった。図案を軽く描き込んで、必要な色を棚から取り出す。
さく、さく。
布に針が刺さるたび光の粒が優しく宿る。
何度も色を変えて、白いハンカチに刺繍糸の絵が浮かび上がる。
しばらくして私は木枠をテーブルに置いた。
糸を切って針を戻す。
それまで糸がハンカチを行ったりきたりするのをずっと見ていたアイレとフエゴがワッと私に駆け寄った。
『できたの?!』
『何を縫ったんだ?!』
木枠からハンカチを外してピッとシワを伸ばす。
「二人をね、刺繍してみたの。――どうかな?」
そう言って差し出すハンカチには、淡い青と赤でアイレとフエゴが手を繋いでいる姿と、周りに小花を飾ってリーフを左右対称に刺繍した。
二人と出会ったときをイメージしたのだけど……気に入ってくれるだろうか。『想い』はたっぷり、これでもかと詰めた。――これから仲良くしてくれますように、って。
『……これって、ぼくたち?』
ハンカチの端をきゅうっと握って小さく呟く。心做しか、その声が震えているような気がする。
「そうだよ」
『……ウッ、嬉しいよぉ〜!』
『コレ!コレ欲しい!』
嬉しくて仕方がない!といった様子で二人はハンカチを握りしめて飛び回る。
アイレは大粒の涙を零しながら、フエゴは口角を上げながら。そんなに喜んでもらえるなんて、職人として冥利に尽きる。
そうしているうちにハンカチに宿った光の粒が一瞬消える。えっ?と思うと瞬きをする間にまた光りだす。
代わりに、アイレとフエゴの周りの粒がいっそう強く輝き出した。
(今のが妖精の食事?)
魔力を糧にしている。
昨日のフエゴの言葉を思い出す。
どうやら今のがそうらしい。二人はうっとりした表情で体をしならせていた。
「本当に魔力を食べるんだ」
『相変わらず気持ちいいねぇ……』
『染み渡る〜……』
「気持ちいいって、美味しいとは違うの?」
『美味しいはミルクとビスケットなの。気持ちいいはね、こう、じんわ〜……って感じで……』
よくわからないが違うらしい。
うーん、お風呂みたいな感じなのだろうか。
『アッ!なぁコレ、勝手に貰っちゃったんだけど……』
恍惚そうな表情を一変して焦った様子のフエゴ。私の許可を得ずに魔力を頂いてしまったことを焦っているようだ。
「いいよ。二人にあげたくて作ったから。だからね、代わりにね」
胸に手を当てて二人を見据える。
二人はきょとんとして私に視線を向けた。
「友達になって欲しい、な」
言ってしまった……!
だって、せっかく出会えたんだ。
友達がいないわけではない。仲良くしてくれる人はたくさんいる。それでも、妖精の、こんなかわいい二人と仲良くすることができたらなんて楽しいだろうか。
そう考えてしまったんだ。
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