ビスケットとミルク


 二人に案内されると、あんなに迷っていたのが嘘みたいにすんなり家へたどり着く。

 アイレとフエゴの光の粒がちらちら星のように瞬いていた。二人を私の家へあげると不思議そうに首を傾げる。


『ルチアーナの家はあっちじゃないの?』


 あっちというのは離れのことだろう。

 アイレが私の顔と離れのある方を何度も見比べる。離れには私の魔力が染みついているから、きっとそう思ったんだろう。妖精は魔力に敏感だと言われている。

 今では生活区域はほぼ離れで、こちらはシャワーを浴びるときやお客さまが来たときぐらいしか使っていないから、あまり生活感が無かった。

 それでもきちんと掃除はしているから埃は溜まっていない。


「ああ――、どっちも私の家なの。あっちに居ることの方が多いけど」


 戸棚からビスケットを取り出して私は答えた。お菓子の類はいくつか常備がある。疲れたときには甘味がよろしい。

 食べやすいように半分に割ったビスケットとホットミルクをマグと妖精用にミルクピッチャーに入れてテーブルに運ぶ。

 ホットミルクにビスケットを浸して食べるのが私は好きだ。


「ホットにしちゃったけど大丈夫だった?嫌なら冷たいの入れ直すね」

『温かいの、好きだから、大丈夫』


 答えたのはフエゴだ。

 今までのイタズラを余程気にしているらしく縮こまってアイレの後ろに隠れている。

 アイレはというと、そんなフエゴを気にもとめず口いっぱいにビスケットを頬張っていた。……最初のイメージとずいぶん違うものだ。


「怒ってないから大丈夫だよ。それより、あなたたちのこと教えて欲しいな」


 指先でそっとアイレの口周りを拭う。

 フエゴは私の言葉に安心したようで、ほっと息を漏らしてホットミルクに手を出した。

 ミルクピッチャーは妖精にはやはり大きいみたいだ。両手で持ち上げて顔を突っ込むようにして飲んでいる。

 私は改めて二人の姿をじっと見た。

 まん丸の頭にスっと伸びる身体。凹凸のないスラッとした手足は人間と同じように五本の指がついている。背中には細い羽が一対生えていた。

 ……かわいい。


『オレたちは妖精だ。普通はニンゲンには見えないんだけど』

『ルチアーナには見えるみたい』


 一通り食べて満足したらしい、二人がおもむろに話し出す。


「さっきも思ったんだけど、どうして私の名前を知ってるの?」


 二人を見つけたときアイレが私の名前を呼んでいた。あいにく、私には妖精の友だちはいない。『ルチアーナの魔力、気持ちいいの』うっとりした顔でアイレがほう……と呟く。フエゴは腕を組んで頷いていた。

 ――魔力が、気持ちいい?

 疑問が顔に出ていたようでフエゴは補足するように言った。


『オレたち妖精は魔力を糧にしてる。大体、自然から分けてもらうことが多いけど――中には魔力を込めて何かを作る種族もいるだろ。それこそニンゲンとか。こっそり貰ってるんだ』

「へぇ……」

『でも相性はある。好き嫌いと一緒だな。合わないヤツはとことん合わないし、良いのはもうずっとそれだけ欲しいぐらい』


 そこまで言うとフエゴもアイレと同じようにうっとりする。なるほど、私の魔力は二人の好みにピッタリというわけだ。


『ぼくたちね、魔力切れで倒れそうだったの。でもねルチアーナの家の方からすっごく良い匂いがしてね……』


 手についたビスケットのカスを舐める。


『それからずっと貰ってたんだぁ』

『ご馳走だもんな、ルチアーナの魔力』


 魔力切れ。それは魔力を多く持つ種族が稀に起こすという現象である。

 普通に生活をする分には消費量は少ないのだが、体調を崩したり何らかの要因で魔力の放出が過剰になってしまった際に起きてしまう――放っておくと衰弱し、いずれ死に至る。

 その割に対処は簡単で、魔力を多く込めた薬草を煎じて飲むだけだという。


「でも私薬なんて作ったことないんだけど……」

『妖精は薬にしなくてもいいんだ。そのまま貰えるから』

『ルチアーナがいつも作ってる刺繍がぼくたちのご飯。ミルクもビスケットも大好きだけど』

『だからソレ、辞めんなよ』


 辞めるつもりはないけれど、刺繍(正しく言えば刺繍に込める魔力)がご飯とは……妖精って不思議。

 私に妖精が見える理由は二人にも分からないんだとか。可能性としてあげるなら、アイレとフエゴが私の魔力を受け取りすぎたせいで性質が似てしまったからかもしれない、とフエゴが言っていた。

 だからといって何か問題があるわけではないから安心してくれと付け加えた。


 それから『また来るから』と慌ただしく二人は帰っていった。彼らにも家はあるらしい。

 ……せっかくなんだから家に住んでくれてもいいのに。私の魔力がご飯なら、わざわざ来るより楽ではないか?それに――。


「その方が、寂しくなくて、いいのになぁ」


 ぽつり、呟いた声は一人で住むには広い我が家で、寂しさを余計に際立たせた。

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