第2話

 霧を抜け、一旦、頭を整理します。

『気付いた』

 私がなにに気付いたと言うのでしょう。

 あの霧が、私にしか見えていないということでしょうか。

 施設に着き荷物を届けた所で、私は彼に聞きました。

「今日は、霧が晴れていたと……本当にそう思ったのか?」

「どういうことっすか? 晴れてましたよね」

 やはり彼には霧が見えていなかったようです。

 うねった山道は霧がなくとも神経を使います。

 霧というのは、自分がなにか変に意識し過ぎているせいなのかもしれません。

 そう納得出来そうな理由を考えることにしました。


 私は帰りの運転を彼に頼みました。

 彼は方向感覚もあり、来た道をそのまま帰るだけなら簡単だと、私が道を説明するまでもありませんでした。

 運転技術もあり、安心して乗ることが出来ます。

 私は身体の力を抜き、助手席でのんびりと景色を眺めつつ、久し振りにドライブ気分を味わいました。

 そして、いつもの霧の場所へと差し掛かります。

 ……やはり、そこは霧です。

 これが当たり前になっていたのですが、いまは違和感を覚えました。

 彼はとくに目を凝らすこともなく、運転を続けます。

「見にくくないか?」

「視界っすか? 大丈夫っすよ。俺、視力いいんです」

 もちろん彼の視力を疑っていたわけではありません。

 私は改めて、辺りを見渡しました。

 白いモヤがかかる景色。

 前も、運転席の隣も。

 そして助手席から見る山肌。

 ……そのとき、気付いたのです。

 普段、運転席からは見えにくい位置。

 サイドミラーには映らない目視しなければならない場所。

 助手席の後方に、なにかがいました。

 慌てて、視線を前へと戻します。


「……気付いた」


 そう誰かに声をかけられ、体の左側だけがビリビリと痺れてきました。

 気付いてしまったのです。

 なにかがいることに。

 霧の原因にも関係しているのでしょうか。

 なにがいたのか、もう一度見る勇気はありません。

 ですが気配だけは確かにまだ残っています。

「なぁ、サイドミラーでは見にくい位置も、ちゃんと確認した方がいいぞ。こっち側とか」

 私は、後輩に促しました。

「左折するわけじゃないのにっすか? 真面目っすね、先輩」

 確かに左折するわけでもない一本道。

 わざわざ助手席側を見る必要などありません。

 それでも、彼は私に従い助手席側を見てくれました。

 助手席の後方まで。

 ……ですがそれだけです。

 視線を走らせただけ。

 なにもないと判断したのでしょう。

 さすがに『なにもなかったか』なんて聞かなくてもわかります。

 私は彼の態度を確認し、自分が間違っているのだと思いました。

 そのため、もう一度見てしまったのです。

 決して見ない方がいいと思っていたものを。

 そこにいたのは、女性……のようななにかでした。

 わかりません。

 周りは霧で視界もままならないのです。

 そんな中、かすかに女性っぽいものが、こちらを見ているような気がしました。

 気付かなくていいはずのものに、完全に気付いてしまったのです。

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