第5話 「不思議な地下室」
「あっ!」
石像の裏に回り込んでみて、僕は思わず声を上げてしまった。なんと、石像の陰に隠れるように、地下へと続く階段があったのだ。
「寝泊まりするのはこの地下室になります。作業などは別の建物で行いますが」
「ち、地下、ですか」
「……? 何か?」
「いや、あ、えっと、閉所恐怖症と言いますか……」
しかも、かなり重度の。布団の中に入るだけで圧迫感を感じてしまうほど、僕は狭かったり包まれたりするのが苦手なのだ。当然、地下だってアウトである。
それを説明すると、クロウは一瞬だけ考えてすぐに顔を上げた。何をするのかと少し後ずさる僕の目の前で、彼はぱちんとウィンクして見せる。
「きっと大丈夫です。来てみてくださいよ」
「男ならビビんなってー!」
聞き慣れない声がしたと思った途端、僕の体は傾いて地下への階段を転げ落ちていた。
◇◇ ◇◇
「クルード! 何度言ったら分かるんです!? 人間と雲龍は違うんです!」
「そー言われてもなあ……。俺は雲龍だ。人間なんか知らねーよ」
僕はぼーっと天井を見上げた。あの地下室から救出されたのか、天井は天窓になっていて、そこから暮れかけたオレンジ色の空を見ることができた。
「あっ、コハクくん! 大丈夫でしたか?」
僕が目を覚ましたのを見て、一目散にクロウが駆け寄ってきた。その後ろにはピクエノもいる。
「お兄ちゃん! 大丈夫?」
「……多分」
僕は起き上がり、寝かされていたのはベッドであることに気付いた。この真っ白な建物とは全く真逆の黒色の布団で、ここだけまるで異質な空間であるように思えた。
「な、何があったんですか?」
「本当に申し訳ありません……。クルード!」
「へいへい」
クロウに呼ばれてやって来たのは、話にだけ聞いていた獣竜だった。体はやはり真っ白の毛皮で覆われ、背中には薄水色の翼が生えている。
クルードは頭についた耳をぴくりと動かしながら、僕のことをのっそり見下ろした。
「ふん、悪かったな」
クルードは顔を背け、鼻を鳴らした。そんなクルードのことをジトッとした目でクロウは見つめ、すぐに僕の方に向きなおった。
「どこか痛む場所はありませんか? 一応外傷は見当たりませんでしたが……」
「ああ、たぶん大丈夫ですよ」
僕は何となく悪い気がして、すっと立ち上がった。その瞬間、僕はすさまじい眩暈に襲われたが、なんとかその場で直立し続けた。
「本当ですか?」
疑うような視線が向けられ、僕は慌てて目をしばたかせる。眩暈は一瞬でおさまり、僕はほっと息を吐きだした。
「はい。本当に大丈夫ですよ」
僕は周りを見回し、首をかしげた。天窓があるということは、ここはあの広い部屋なのだろうが、あの三つの石像は一切見当たらない。それどころか、この部屋は先ほどの広い部屋ほどの大きさはなく、僕とクロウ、ピクエノとクルードでいっぱいになっていた。
「ここは?」
「ああ、地下室です」
「地下っ!?」
変なふうに声が裏返り、僕は慌てて口をふさいだ。勝手に息が荒くなるが、天窓を見つめているうちにそれも少しずつ収まってきた。それを見かねたクロウが、ガラスのコップに注いだ氷水を差し出してくれる。
「〈雲の世界〉は、あなたが暮らしているような世界とは、少し時空の概念が異なっています」
何やら小難しい話をしながら、クロウは天窓を指さした。
「この建物がいい例です。この建物を現実世界にそのまま移動したとすると、当然この天窓からは空など見えません。一階の木の床が見えるだけです」
僕は水を飲みながら、曖昧にうなずく。
「ですが、この世界だと、この地下はいわゆる二階にあたるんです。だからこうして、天窓から空が見える」
「でも、その話だと一階から空は見えなくないですか?」
「この部屋自体は、地下に位置しているんです。だから一階からも空は見えるし、時空が歪んでいるこの地下室からも空が見える」
疑問符を顔に張り付けている僕を見て、クロウは若干呆れながらも分かりやすく説明してくれた。
「要は……うーん、空が二個あって、地下と一階の間にもあると思っておいてください」
「……はい」
なんとなく幼稚園児相手に話されているような雰囲気が感じられるが、とりあえず僕は何も言わないにとどめておいた。深く追及したところで頭がおかしくなるだけだろうし、クロウの方も説明をするのが億劫なようだ。
「まどろっこしい説明は後にしておいてよー。クロウ、なんなんだ、そのひょろひょろな人間は?」
「ひょろひょろ言うんじゃない。張り紙を見て」
「まさか、そいつがバイトだってのか!?」
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