第4話 「三つの石像」

「えっと、じゃあ、ここが事務所ね」


 クロウはコートをひるがえし、鉄柵で囲まれた白い建物の敷地内に足を踏み入れた。僕は委縮しながらその後に続き、その後ろをピクエノと龍がついてきた。


 白い建物の中は、やはり真っ白だった。床は木材の中でも特に白に近いベージュ色のものが使われ、壁はわずかに灰色の混じった白をしている。天井はほとんどの面積が天窓として使われており、そこから夏の太陽の光がさんさんと降り注いでいた。


「おお……」


 建物に入ってすぐ目に飛び込んできたのは、三匹の龍・ドラゴンの石像だった。建物に入るとすぐにある大きめの空間に、左右と中心に一つずつ、2mほどの石像が立っている。


「左の『獣竜じゅうりゅう』は文字通り、獣に近い形態をしている雲龍のこと」


 クロウは説明しながら、獣竜の像に手を触れた。ただでさえ本隊がクロウよりも大きいうえに、三つの石像はすべて1.5mほどの台座に乗っており、クロウの手は獣竜の足元にしか触れられていない。


「獣竜……」


 僕は巨大な獣のような竜の巨像を見上げた。龍よりはドラゴンに近い体形をしているが、石像で見ても分かるほどふさふさの毛が全身に生えていた。ピクエノのようなドラゴンと違い、鱗の代わりに動物のような毛が生えているのだろう。背には、コウモリ翼ではなく鳥の翼が生えている。

 瞳には、夕焼けを思わせるようなオレンジ色のガラス玉が取り付けられたいた。額からは一角獣のような一本の角が生え、頭の左右にはふわふわの耳(見た目だが)がついている。


「右の『ドラゴン』は、おそらく一番知名度が高いですね」


 右にあるドラゴンの像は、ピクエノをそのまま拡大したような感じで、僕がイメージしていたドラゴンとたいして相違はなかった。後ろ片足を上げ、前足は何かを引っかいているように宙に突き出され、まるで何かと戦っているように見える。その瞳にはピクエノのような金色のガラス玉が取り付けられていた。


「そして正面の『龍』が、神社などでよく目にするあれです」


 龍はどくろを巻くように身をくねらせ、その顔は正面ではなく空に向けられていた。その口元についている二本の長いひげは、まるで風を受けてなびいているかのように曲がっている。その目にはめられた群青色のガラス玉が、空からの太陽光に反射してきらりと輝いた。


「これら三種類の総称が、『雲龍』なんです」

「雲龍……。雲龍っていうのは、なにかこう、神様的な?」


 龍と言われると、神社とかに祀られている竜神なんかを想像してしまう。本当にそういう神様のような存在なのだろうか。


「あー、いえ。神よりは、空そのものと言った方が正しいでしょうか」


 クロウはちらりと僕に視線を向け、真正面にいる龍の石像を見上げた。何度見ても、その彫刻は見事としか言いようがない。本物の龍が、そのまま石化してしまったかのように、鱗一枚一枚丁寧に彫られている。


「空?」

「ええ。雲龍とはその名の通り、雲の龍のこと。ここにいるピクエノもウィスドムも、ここ〈雲の世界〉を離れれば、雲となって空へ浮かび上がります」


 クロウは後ろで手を組み、僕の背後にいるピクエノとウィスドムというらしい龍を見つめた。僕は二匹のことをじっと見つめた後、石像に目を戻した。そんな僕のことを見て、クロウは心外だ、とでも言いたげに眉を吊り上げる。


「信じるんですか?」

「目の前に二匹の龍がいたら、信じるしかありませんて」


 僕は冗談交じりにつぶやき、三つの石像を見上げた。その時、僕はとあるものに気付いて口を開きかけたが、それよりも先にクロウが話し始めた。


「ま……そうでしょうね。あまりにも現実離れしているかもしれませんが、もし雲龍たちがいなければ、世界はとっくの昔にカラカラに干からびていることでしょうね」

「え、そ、そうなんですか?」

「ええ。雨とか雪というものは、当然ながら雲から生まれるもの。それじゃあ、その雲が無かったらどうなると思いますか? 太陽の光を遮るものもなくなり、どんどん湖なども枯れていくでしょう」


 僕は振り返り、ピクエノとウィスドムのことをまじまじと見つめた。この二匹——ほかにもいるかもしれないが——が、この世界の潤いを満たしてくれているのだ。


「君がやる管理人の仕事とは、日没までに私たちがこの世界に帰ってきているか、夜雲の担当は誰なのか、それを管理することだ」


 僕の視線に気付いたウィスドムが、わずかにこちらの方へ寄りながら言った。


「今まではクロウだけで管理してもらっていたが、人間たちの機械によって、私たちが安易にこの世界に入りにくくなってしまった。それによって、クロウの仕事量が、文字通り倍増したのだ」


 人間たちの機械とは、天気予報とかのために空を観察する機会のことを言っているのだろうか。それらのせいで安易にこの世界に戻りづらくなった……という理由なら説明がつかなくもない。


「というわけで、私からの提案でバイトを雇うことにしたのだ。クロウの仕事の体制がしっかり整うまで、な」


 ウィスドムは言い、ちらりとクロウに視線を向けた。彼は先ほどから何やら考え込んでおり、ウィスドムの鋭い、訳知ったような顔にすら気付いていない。


「それと……」


 ようやくクロウは口を開き、楽しそうな笑みを浮かべた。


「このバイト、いわゆる住み込みになりますけど、大丈夫ですか?」

「住み込み?」

「ええ。雲の仕事は24時間なもので、いちいちここに出勤している時間がもったいないんです」


 クロウは少しばかり砕けた口調で言った。もしかしたら、僕がこのバイトを引き受けると早々に踏んで、もう仕事仲間として接し始めているのかもしれない。


「寮とか、そんな感じですか?」

「この建物の中に、空き部屋があるんです。そこを使うことになるかと」

「空き部屋?」


 僕はいぶかしく思って辺りを見回した。この建物は、入り口に入ってすぐのこの広い部屋しかない。いったいどこに空き部屋があるというのだろうか。


「ああ、こちらになります」


 クロウは思い出したようにうなずき、正面の龍の像の裏に回り込んだ。ピクエノたちもその後についていき、僕はクロウに聞き損ねたある物を一瞥してその後を追った。


 三つの石像の上に、まるで処刑でもされているかのように、ボロボロの龍のような彫刻がなされた石像が吊るされているのを一瞥して。

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