第22話 深く繋がって ★
もしも地獄があるとしたなら、今のこの瞬間だ。互いの目の前で互いが陵辱される地獄。あの静かで優しい時間は、いっそう苦しませる為の悪魔が仕組んだ罠だった。
こんな所であの時食べた毒林檎が二人を蝕むとは誰が想像出来たろうか。
盛りのついた犬はノーランマークの上で踊り、醜悪な獣がラムランサンを容赦なく穢した。
ラムランサンは馴らされることのない、裂くような痛みにも声ひとつ上げることなく耐えていた。
顔には脂汗が滲み、引き結ばれた唇は血の気が失せて小刻みに震えていた。獣が乱雑に突き立てる度に、白い内腿へと鮮血が滴った。
ノーランマークが与えてくれた甘美な痛みとは天と地ほども違う蛮行に、ラムランサンは意識が遠のくのを感じていた。
「ラム、オレの目を見ろ…っ」
荒い息遣いの中で、ノーランマークがラムランサンに囁いた。その言葉にラムランサンは消えかけていた意識を手繰り寄せ、濡れた眼差しでノーランマークを見た。
あの時、抱き合った時そのままの、熱い眼差しがラムランサンを見ている。それだけでラムランサンは痛みを忘れた。
二人の視線は体が繋がるより深く絡まりあい、感じあう。これは獣の蛮行では無い。そう錯覚するには見つめ合うだけで充分だった。
「ぁ…ノーランマーク…っ、ノーランマーク……!」
うわ言のようにノーランマークの名を呼ぶ声は、あたかも感極まったようにも聞こえる。
その声はノーランマークをも蕩けさせ、与えられている一方的で容赦のない刺激が、ラムランサンの中の熱さのような錯覚さえ生んだ。
薄らと微笑みすらたたえたラムランサンの顔は穢されて尚、汚されないと宣言した通りにとても美しいままだった。
二人は犯されながら、初めて抱き合った時よりも濃密に結ばれた気がしていた。
「無様だな、ジーザス!少しは輝石の在り方を言う気になったか?」
「意外としぶといな。この子猫は。あと十五分やるから必ず聞き出しておけ。それがリミットだ」
「ごちそうさま、ジーザス」
「サイラス様、例の執事に苦戦しています!」
色々な声が茫然となった二人の頭上で飛び交った。ノーランマークはまるで言葉がうるさいハエの様に耳元で飛び交っているような錯覚を覚えた。
「久々にたっぷり頂いたよ、何か言えよ。感想は無いのか?」
アスコットがニヤけた顔を近づけて来る。
そうか、オレは結局こいつの中に出したのか。
雄の性の浅ましさに唇を歪め自嘲した。
ラムランサンの方を見ると、汚れた下半身もそのままに打ち捨てられ、目ばかり大きく見開いたままでいる。
可哀想にもほどがある。
かける言葉の一つも見つからない。
二人ともボロ雑巾のようだった。
この手さえ自由に使えたなら。
改めて辺りを見渡した。役に立ちそうなものも無い。エンジンを拭ったと思しき油塗れの布が一枚、頭の横に落ちているだけだ。
「分かった、石の在り方はオレが言う。だからもうラムをこれ以上傷つけないでくれ」
その言葉に驚いたのはラムランサンだった。どう言うつもりでそんな事を言うのか、見開いた眼をさらに大きくしてノーランマークを見た。
「その前に煙草を一本吸わせてくれ。
そしたら話す。それから珈琲だ。喉がカラカラで喋れねえ。ラムにもやってくれ」
「注文が多過ぎない?」
「まあ、良いじゃねえか。お前とオレの仲だろう?」
そう出てこられるとアスコットも悪い気はしない。単純に出来ているアスコットの事をノーランマークは良く分かっていた。
その傍らで、いま聞いたことが俄かには信じられないと言う顔のラムンサンがいた。彼の言葉を否定するように首を横に振っていた。
アスコットは、自らの尻のポケットから煙草の箱を取り出し、ヨレヨレになったタバコを一本取り出すと指でその体裁を整えると己の口に咥えて火を点けた。
「ほらよ、良く映画にあるよな。死に際の一服ってやつ?最後に満喫しろ」
アスコットはそう言うとノーランマークの唇に煙草を刺して立ち上がり、おそらくは珈琲を取りに船へと向かって行った。
「ノーランマーク!どう言うつもりだ?何を喋る気でいる?」
アスコットが消えると、小声でラムランサンが焦った様子で怒鳴って来た。「心配するな」とノーランマークは言うと、煙草の穂先を傍に落ちていた油塗れの布へと近づけ二、三度ふかした。
周囲には今誰もいない。
小さな布切れはあっという間に燃え上がった。ノーランマークはその炎の中へと後ろ手に縛られた手ごと突っ込んだ。
「待ってろ。今助ける」
驚いているラムランサンの目の前で、体毛の焦げた臭いが立ち上った。
火に炙られた痛みよりも、縛られたロープを焦がすことにノーランマークの意識は没入した。必死に手首をすり合わせると、焦げたロープがふつりと緩んだ。
手早く足のロープも解くと、ラムランサンのロープも解いてやる。
「まだ待て。まだ縛られたふりをしていろ」
起き上がろうとしていたラムランサンを押しとどめ、尻で火を揉み消すと己も何事も無かったように、まだ縛られている
直ぐに船からアスコットが両手に珈琲カップを持って戻ってきた。
「うん?何だか焦げ臭え!お前、何かしたのか!」
「臭いのは、お前の煙草が安物だからさ」
そう言うと、両手が塞がっているアスコットにノーランマークが抱きついた。背中のベルトに差してあったアスコットのアーミーナイフを握ると素早く首の後ろの頸椎辺りに突き立てた。
「おいたが過ぎたな。アスコット。これはもう許せる範囲じゃ無い。分かるな?」
低くい声が、吐き出された煙と共に咥え煙草の隙間から漏れる。ノーランマークが吸うたびに、アスコットの耳元でチリチリと煙草の穂先が赤く燃えた。
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