現代版鶴女房のようなそうでないようなお話

久野真一

鶴を助けたら美少女がやってきたので泊めてみた

 俺は、鶴川裕二つるかわゆうじ。東北の、とある大学の獣医学部に通う大学2年生だ。立地ははっきり言ってど田舎である。


 そんな所に、更なる僻地へきちから一人で出てきた俺

だが、現在は気楽な一人暮らしを満喫している。交通が不便なのは玉に瑕だが、何より家賃が安い割に広いので、存分に寛ぐ事ができる。


 ちなみに、大学の付近には熊やら何やら野生動物の目撃証言が少なくない。だから、大抵の事には耐性がついていたのだが、今目撃している光景は想像を絶していた。


 借りている一軒家を出たところ、鶴がもがき苦しんでいるのだ。


「は?」


 というのが、まず出た言葉だった。そもそも、今は夏だ。鶴が来るのにも季節外れだし、第一、この近辺で鶴が出たという話を聞いたことがない。


 しかし、鶴が居るのは確かだ。動物園から脱走でもしたのだろうか。このまま放置するのも寝覚めが悪い。騒ぎになりかねないので、近づいて、様子を観察する。


 幸い、鶴は俺のことを警戒してないらしい。問題は、衰弱しているように見えるところか。通報でもするべきだろうかと迷ったが、なんだか可哀想なので、治療してやることにした。幸い、野生動物の手当てについては、多少知識がある。


 家にそろっと鶴を抱えて持っていくと、意外にも鶴は抵抗しない。とりあえず、水と、あと鶴が食べそうなものをググって、鶴の前に置いた。


(明日になったら、知り合いの先生に連絡しよう)


 そう思って、空き部屋に置いてあるケージに鶴を移動させる。なんだか、やたら俺に懐いてくるのが気になるが、一晩の縁だ。


 そして、翌朝、鶴を入れたケージを覗いてみたのだが、中はもぬけの空。どうも、ケージが空いているので、きちんと閉じていなかったようだ。いや、待て。


「どうやって、家から出て行ったんだよ?」


 ボロい一軒家だが、あの鶴の大きさで抜け出せるところなどあるわけもなく。


(一体、何があったんだ)


 不気味な出来事に、震える俺だった。


 その夜のこと。ピンポーン。チャイムが鳴った。こんなど田舎に来るのは、大学の友人か、宅配便くらいだが-


「あの。どなたか居ませんか?」


 声の主は女性らしい。しかし、どこか聞き覚えのある声だ。恐る恐る扉を開けると、そこに居たのは、見覚えのある、しかし、想像を絶する美少女だった。


 よく手入れされたことがわかる、長くつややかな黒髪に、少し小柄な背丈。そして、大きな瞳に、綺麗な白い肌。服装も、白のワンピースと、まさしく清楚系美少女といった趣だ。どストライクと言ってもいい。


 彼女の名前は、烏丸鶴子からすまつること言って、うちの学部で、誰もが羨む美少女だ。


「烏丸さん。何の用でしょうか?」


 こんな深夜に、大した面識のあるわけでもない同期の家に訪ねてくるとは一体どういう了見だ。しかも、住所を教えた覚えがないんだが。


「夜分すいません。一晩泊めていただけませんか?」


 彼女の言葉に戸惑う。


「ええと。ご両親と喧嘩されたとかで、家出でしょうか?」

「はい。ちょっと口論になってしまって。それで、気がついたらここまで……」


 言い分は筋が通っているが、しかし、自家用車がなければ、徒歩でバス停から20分はするぞ?


「親御さんと仲直りした方がいいんじゃないでしょうか」


 正論をぶつけてみる。


「その。明日には仲直りしますから、せめて一晩だけでもお願いできませんか?」


 彼女の声には懇願するような響きが籠もっていた。仕方ない。


「じゃあ、一晩だけですからね」

「はい。すいません」


 そうして、彼女を一晩泊めることになった。まあ、少し言葉を交わしただけとはいえ、同期を泊めるくらいはいいだろう。


 というわけで、彼女を泊めることになったわけだが、俺にとっても高嶺の花だった美少女が泊まるとあっては冷静で居られない。


「あ、お風呂、入りました?」

「あ、実はまだなんです」


 少し恥ずかしそうに言う烏丸さんは、よく見ると汗が滲んでいる。


「とりあえず、シャワー浴びてくださいよ」

「あ、ありがとうございます」


 成り行きで、シャワーを貸すことになってしまった。しかし、いいのだろうか。というか、そもそもなんで、烏丸さんは、俺の家に来たのだろうか。


「いいお湯でした」

「それは良かったです」


 出てきた烏丸さんは、用意してきたらしい、パジャマに着替えていた。夏用の、薄手のパジャマで、白を基調にしたデザインは、やはり彼女の清楚さを引き立てていた。


 ドキドキする胸の鼓動を抑えて言う。


「あ、寝室は空いているのがあるので、使ってください」

「すいません。何から何まで」


 深々とお辞儀をする彼女。それから、俺と彼女は別々に就寝したのだが、


(ほんと、なんでなんだろうな)


 そんな疑問がずっとつきまとっていた。それから翌日になって、実家に帰るかと思いきや、


「両親が許してくれなくて」

「もー、お母様ったらひどいんですよ」


 などと理由をつけて居座る烏丸さんに絆されてしまった俺は、なし崩しに共同生活を始めることになった。まあ、相手も大学生だし犯罪じゃないよな?


 そして、共同生活を始めてしばらくして、いつしか名前で「鶴子つるこ」と呼ぶようになっていた。彼女も、俺の事を憎からず思ってくれていたらしく、その内に付き合うようになった。


 ただ、一つ、彼女について気がかりなことがあった。毎月、泊めてもらっているからと、10万円以上の金銭を俺の口座に振り込んでくれているのだ。「自宅でできるバイトで稼いでるんです」とは彼女の弁だが、それを追求しようとしても「絶対に、バイトの最中は見ないでください」と言われてしまうのだ。


 そんなある日、彼女のバイトというのが何なのか気になった俺は、誘惑に耐えきれずに彼女の部屋を覗いてみることにしたのだが-そこにいたのは一匹の鶴だった。


「え?」

「な、なんで。裕二ゆうじさん」


 俺の名前を呼ぶ一匹の鶴。って、そういえば、こないだ助けた鶴のような。


「ひょっとして、鶴子さんは、鶴、なんですか?」


 信じられない事だったが、そうとしか考えられない。


「はい。私の家系は、代々、人間に化けることができるのです」


 彼女が語ったのは、衝撃的な事実だった。


「ということは、鶴の方が本来の姿?」

「ええ。人間に化けて長いので、そっちも本当の姿みたいなものですが」

「は、はあ」


 あまりに超常的な現象に理解が及ばない。


「それで、なんでまた、鶴の姿で?」

「実は私、YouTuberなんです」

「はい?」

「ですから、YouTuberなんです」

「いや、それはわかるんですが」

「こうして、鶴の格好になって、色々トークをするんですが、それが好評でして」

「確かに、そんな人居ないですもんね」


 鶴の格好でトークするなんて。しかも、本物の鶴だと。


「それで、見られたくなかったわけですね?」

「はい。鶴の姿を見られたら失望されてしまうかと思ったんです」


 常人が見たら、そうなるだろうな。


「別に、鶴子さんが鶴だと言っても気にしませんよ」


 冷静に考えると、鶴を好きになるというのは、倫理的にOKなのかという事が頭をよぎったが、それはおいておこう。


「そ、そうですか。良かったです」


 ほっと胸をなでおろす彼女だが、一抹の疑問があった。


「最初会った時、やけに衰弱してましたよね」


 あれは一体何だったのだろう。


「その、怒らないでくださいね?」

「はい。約束します」

「実は、別に衰弱してなかったんです」

「はいい?」


 答えは想像を絶するものだった。


「私、ずっと前から、あなたのことが好きだったんです」

「それはどうも」

「でも、どうやって近づけばいいかわからなくて。それで、『鶴女房つるにょうぼう』の話を思い出したんです」

「あ、はい」


 鶴女房は、若者が、苦しんでいる鶴を助けた後に、その鶴が女性に化けて訪ねてきて、その妻になるというお話だ。ということは、


「俺の気を引くために、狂言を?」

「はい。ほんとにすいません」

「俺の家を知っていたのも」

「前からストーキングしていました」


 なんだ、そうか。納得納得。ストーキングされていたのか-じゃなくって。


「そんな回りくどい真似をするなら、普通に声をかけてくれれば良かったのに」

「だって、裕二さん、とっても格好いいんですもの。高嶺の花だったんですよ」

「いや、そんなことはないと思いますが」


 大学2年生にもなるのに、浮いた話の一つもない。鶴だとまた違う美醜の規準でもあるのだろうか。


「とにかくですね。ストーキングの事はおいといて」

「いいんですか?」

「いや、良くはないんですが、別に危害加えられたわけでもないですし」


 鶴にストーキングされた人間というのも、そうそう居ないだろうけど。


「それで、俺に鶴の姿を見られたわけですが、いいんですか?」


 鶴女房の話だと、姿を見られた鶴は去っていくものだが。


「は、はい。この姿を受け入れてくれましたし」


 鶴の姿のままで、そんな台詞をしゃべる彼女はちょっとシュールだった。


「俺の負けです。このまま、一緒に暮らしましょうか」

「ありがとうございます!」


 その言葉とともに、人の姿に戻る……というか、化けた鶴子さん。というわけで、俺は鶴である鶴子さんと暮らすことになったのだった。


 倫理的な問題とか、鶴子さんに戸籍はあるのかとか、鶴との間に子どもは生まれるのかとか、色々考えることはあるけど。


(まあいいか)


 相手が鶴だろうがなんだろうが、好きになったのだから仕方ない。

 

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