10 魔道師館 ③




俺の前を歩いていくソルが、ある部屋の扉の前でピタリと立ち止まった。扉には『白魔道師工房』と書かれた板がぶら下がっている。


「さ、ここが白魔道師が使う工房だよ」


そう言いながら、ソルはこちらを振り返った。


「うんと、ヒールとかの回復薬系統は、ここで白魔道師が作ってるんだ。それを町の商人たちが発注して、みんなが町で買えるようになってるよ」


 ソルは工房についての説明をしながら、ゆっくり扉を開いていく。


「……っわ~~~!」


 開いた扉の先には、様々な種類の薬の小瓶たちが壁一面の棚に陳列されていた。小瓶に入っている薬がキラキラと輝いている。他にも不思議な形のフラスコや試験管など、様々な種類の道具が並べられている。


「すっごい薬の数だな~」


「これとか、あとこれとかは体が麻痺したときに使う薬で、あ、あれは魔法能力を上げる薬で、あ~あとあと……」


 お、おおう。


 ソルは少し興奮気味で、薬の説明をしてくれた。なんだか、瞳がイキイキしてんなぁ。


 俺が少し戸惑った表情を浮かべていると、ソルはハッと我に返り、コホンと咳払いをしてみせた。


「えっと、説明はこの辺にしておいて……それじゃ、早速ヒールを作っていこうか。エリーゼさん少し手伝ってくれる?」


 ソルに声を掛けられたエリーゼさんは、パァと笑顔を浮かべた。


「はい!喜んで!」


 そうして2人はテキパキとした手つきで、ポポとラムの薬草を調合していった。俺も少し戸惑いながらも、計量などのちょっとしたお手伝いを微力ながらさせてもらった。


「……よし、あとは……これを抽出して……」


「わぁ……」


 抽出されたピンク色のキラキラした液体が、少しずつ小瓶に流し込まれていく。


「……よし!これで完成だ!」


「で、できた~!」


「ふふ、お疲れ様でした」


 3人で協力しながら作ったヒールが完成して、俺たちは「ばんざーい」と手を上げながら喜んだ。


 薬の調合って実際にやってみると、案外楽しいかもしれない。なんだか、理科の実験みたいだ。


「ソルさんとエリーゼさんたちみたいな白魔道師ってすごいね!回復魔法が使えるだけじゃなくて、こんな風に薬も調合もするなんてさ」


 俺は少し興奮気味に話した。


「ははっ、大袈裟だな~。あ、あと僕のことは良かったらソルって呼んで」


「お、分かった!じゃあソルで!俺のことも信太って呼んで!」


 俺がそう言うと、ソルは一瞬だけ戸惑ったような表情を見せた。


「ソル?」


 俺がそう呼びかけると、今度は嬉しそうな表情を浮かべてゆっくりと口を開いた。


「うん、分かった。、だね」


「おう!」


 俺がそう返事を返すと、ソルはまたふんわりとした笑顔を向けた。なんか、この笑顔がけっこう好きなんだよな。なんだか懐かしいような……あ、いや、BL的な意味じゃないからね?癒される的な意味だから。あ、リリィにもちょっと似てるかもしれない。


「……あ、そうだ」


 ソルはなにやら、ゴソゴソと棚の引き出しを漁り始めた。そして、棚の中から紫色の瓶を取り出した。他の薬瓶よりも、ちょっと大きいな。


「これ、僕特製のせ……特製栄養ドリンクなんだ~。良かったら使ってよ。元気モリモリになるよ~?」


 ソルはそう言って俺に手渡した。


「へ~!なんかすごい色してるけど……ちょっと飲んでみようかな」


 そう言って瓶の蓋を開けようとすると、エリーゼさんに全力で止められた。


「ああ、あのあの!!家に!家に返ってから!家に返ってから一人でゆっくり飲んだ方がいいですよ!?ねえ、ソルさん!?」


 エリーゼさんは何故か、ソルに対して必死に問いかけた。


「え、うーん?僕はどっちでもいい……」


「家の方がいいそうです!!シンタさん!あと一人で!特に女の子がいないところで!!!」


 エリーゼさんはソルの言葉を遮って、食い気味に訴えた。


 ……ん?女の子のいないところで?なんで?


「う、うん。わかった。そーするよ、エリーゼさん」


 俺は疑問に感じながらも、エリーゼさんの勢いに押されて返事を返した。


 それを聞いてエリーゼさんが、ほっとした表情を浮かべる。その横ではソルが、少しちぇ〜と言いながら残念そうな表情を浮かべていた。


「じゃあ、また調合しに来てよ。いつでも僕らは歓迎してるからさ。あ、その時に特製モリモリ栄養ドリンクの感想も聞かせてね!」


 ソルはニコニコしながらそう告げた。


「うん!また来るよ!薬の調合またしてみたいし!」


 そんなソルに対して俺は返事をし、ちょっと怪しげなソル特製モリモリ栄養ドリンクを持って魔道師館を後にした。




 *********




 信太が帰った後、ソルはご機嫌な様子で、鼻歌を歌いながら自室へと戻った。が、すぐにその鼻歌を止めた。なぜなら自室へ戻ると、本を読みながらソファーでくつろいでいるルナがいたからだ。


「……もー、なんでわざわざ僕の部屋でくつろいでるのさ」


「……なんとなく」


 ルナは本から目線を逸らすことなく答えた。そんなルナに対して、ソルは小さくため息を漏らした。


「まあ、いいけどね。あ、そう言えばさっきハリーとまた口論になってたって聞いたけど、大丈夫?なにかあったの?」


 ソルがそう問いかけると、ルナは少しだけ眉を潜めた。


「あぁ……あの赤毛の女ッタラシのこと?別に平気よ、いつもの事だわ」


「ははっ、ほどほどにしなよ?」


 ソルはそう言って、再び鼻歌を歌いながら紅茶を淹れ始めた。


「……なんだか機嫌がいいのね?そう言えば、あんたの怪しいドリンク、あの男に渡したんだって?」


 ルナは本を閉じて怪訝そうな表情を浮かべながら、ソルに訊ねた。


「ん?あーよく知ってるね。エリーゼさんから聞いたの?ふふっ信太にも渡したら、面白そうだなぁって思ってさ。感想が楽しみだなぁ」


 ソルは少しだけ悪そうな笑顔を浮かべながら、そう答えた。


「またそうやって人のことをオモチャみたいにして。はぁ、あの童貞も嫌なやつに目をつけられたわね」


「え~なんか言ったかな?ルナちゃん?」


 ソルは笑顔でルナに詰め寄った。


「……なんでもないわ」


「ふーん?そ♪」


 ソルはそう言って、自分で淹れた紅茶を口に含んだ。


「そう言えば、ハリーにあのドリンクあげた時は、3分も待たずに女の子口説いて襲ってたけど……ふっ、信太はどうなのかなぁ」


 ご機嫌な様子のソルの隣で、ルナはわざとらしく大きなため息を漏らした。


「ほんと……これから、楽しみだ」


 ソルはそう呟いて、不敵な笑みを浮かべた。




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