9 魔道師館 ②




 部屋の中に入ると、そこには眼鏡を掛けて後ろで髪を纏めた長身の女性……それと黒魔道師の女性と、白魔道師の男性がこちらに視線を向け立っていた。


「あら、貴方ね?はじめまして。魔道師館の館長を勤めてるマリーよ。薬草届けにきてくれた……シンタくん、よね?」


 眼鏡の女性はこちらに気付き、にこやかな表情を浮かべてそう訊ねた。


「あ、はい。そうです。でも、どうして俺の事を?」


「ふふ。ついさっきね、伝書鳩でマスターから教えてもらったのよ」


「で、伝書鳩!?」


 そ、そうかスマホも携帯も何も無いもんな。


「ええ。よろしくね、シンタくん」


 マリーさんはそう言って、右手を俺に差し出した。慌てて俺も右手を出し「よ、よろしくお願いします」と言って握手を交わした。そして、持っていた薬草の入った包みを取り出し、マリーさんに手渡した。


「えっと、これが薬草になります」


 俺がそう言うと、マリーさんは包みを受け取り中身を確認した。


「うん、たしかにポポとラムね!ありがとう。この薬草は白魔道師がヒールを作るために必要な薬草なの。ソル、これでお願いね」


 そう言ってマリーは白魔道師のソルと言う男に包みを渡した。黒髪で少しタレ目な金色の瞳をしていて、なんかふんわりとした雰囲気の男性だ。同い年くらいか?てか、こいつもなかなかのイケメン……ちくしょうぅぅ!


「かしこまりました、マリーさん」 


 ソルという男はそう言って、マリーさんから包みを受け取った。


 ……てか、なぜだろう。さっきから、ものすごい視線を妙に感じるんだが……


 視線の感じる方へ恐る恐る俺の視線を移すと、鋭い金色の眼光でこちらをじーっと見つめる黒魔道師の美女が立っていた。黒く長い巻き髪で金色の瞳をしている。美人なんだけど、なんだか独特な雰囲気をもつ女性だ。


 俺がそんな事を考えていると、黒魔道師の美女はこちらをジッと見つめたまま、一歩ずつ近づいてくる。そして、そのままツカツカと俺のすぐ目の前まで近づき、今度は至近距離で俺の顔をじーと見つめた。


「え、えーと~……?な、ななんでしょう?」


 俺はあまりの至近距離に、思わず頬を紅く染めた。戸惑ったように声を掛けるが返答がない。え、ほんとに、なんすか?そんなに、このTHE日本顔が珍しいんすか?てか、顔近いんですけど?ヤバい、心臓もバクバクしてる。もう、女の子と顔近すぎて、俺の顔も熱くなりすぎてるんですけど!?


 俺の頭と心臓がオーバーヒートしそうになっていると、ようやくその女は口を開いた。


「……ねぇ、貴方どこから来たの?」


「え?あ~お、俺は~その~じ、実は旅人みたいでして……」


「いいえ、違うわ」


 黒魔道師の美女は、俺の言葉をさえぎった。そして、自分の顔を更に俺の顔の近くへと引き寄せた。俺はあまりの出来事に思わず、生唾をゴクリと飲み込んだ。も、もう……数センチの距離じゃねえか。も、もしかして、この距離はチューされる?ちゅ、チューしてぇ!!!俺がつい、邪な感情を抱き始めていると、黒魔道師の美女はそのままの状態で、更に話を続けた。


「この世界じゃない。どこの世界からやって来たのか聞いているのよ」


「……え?」


 俺は彼女の言葉に衝撃を受けた。


 なんでそんな事、知ってるんだ?何か知ってるのか?


 俺はわずか数センチの距離にあるキラキラと金色に輝く瞳から、目を逸らすことができずに黙りこくってしまった。


「ルナ」


 俺が黙りこくっていると、その沈黙を破るように後ろから白魔道師のソルという男が、黒魔道師の美女の肩にポンッと手をのせ声をかけた。


「もーそんなに初対面で詰め寄ったら失礼だよ?」


 彼はそう言って、ルナと呼ばれる美女をなだめるように注意した。ルナはソルの顔を一度見て、少し考えてからスっと顔を俺から離した。


「……そうね。そこの貴方、なんでもないわ。ごめんなさい。気にしないで頂戴」


 彼女はそう告げると、そのまま部屋を出ていってしまった。


 俺は大きく息を吐いて、胸を撫で下ろした。


 …………


 け、結局なんだったんだ、あの女。というか……は、初めてあんな至近距離で女の子と接近したあああぁぁぁ!!心臓ヤバかったああぁぁ!独特の雰囲気だったけど、美人だったし……な、なんかいい匂いもした気がする……スーハースーハー


 俺が再び邪な考えをしていると、ソルという男が俺に声を掛けた。


「君、大丈夫かい?」


「あ、ああ!大丈夫!ありがとう!えっと、ソル、さん」


 俺が慌ててそう答えると、男は目尻を下げてふんわりとした笑顔を向けた。


「ふふ、ごめんね。僕の妹が失礼なことしちゃって」


「え、い、妹?」


「そ。双子の妹なんだ」


 な、なるほど。確かに言われてみれば、容姿がけっこう似ている。二人とも同じ黒髪で金色の瞳だし。ただ、雰囲気とかはだいぶ違うようだけど。俺はそう思いながら、改めてソルの顔をジッと見つめた。あれ……?ソルの顔、なんだか見覚えがあるような……いや、気のせいか。


「……?どうかした?」


「あ、いや。何でもないよ」


「そっか。あ、ルナの事だけど、ルナはとても強い魔力の持ち主でね。黒魔法だけじゃなくて、誰かの本質だったり、過去や未来も視えてしまうみたいなんだ」


「か、過去や、未来も」


「そう。でも、勝手に視られて、勝手に言い当てられてみんなが皆、気分がいいって訳じゃないからね。ああやって詰め寄ることもしょっちゅうあるし……本当にごめんね」


 ソルはそう言って、申し訳なさそうに謝った。


「いや、全然大丈夫だよ!!」


「ありがとう。じゃあ、僕はこれからこの薬草でヒールを作りに行ってくるから」


 そう言って、ソルもそのまま部屋から出ようとした。しかし、マリーさんが突然、何かを思い付いたようにソルを引き止め話し始めた。


「そう~だ!ねぇ、シンタ君。もしも時間があるなら、ヒールを作るところを見学してきたら?魔道師体験ってことで!ほら、ここに魔道師体験の服もあるし!」


 そう言って、マリーさんはクローゼットの中を漁り始めた。


「えっ、そんな突然に?邪魔になっちゃうんじゃ」


「ダイジョーブよ~う。あ、あった~!ね?いいわよね?ソル」


マリーさんはジャ~ンと魔道師体験のローブを見せながら、ソルに訊ねた。


「……ええ、大丈夫ですよ」


 ソルはニコリと微笑んでそう答えた。本当に大丈夫だったか?なんか今、妙な間があったような。


「良かったわ~じゃあ、早速これに着替えて工房にいってらっしゃいな♪」


 マリーさんはそう言って、何故か嬉しそうにしながらローブを俺に手渡した。


「あ、はい。ありがとうございます。えっと、じゃあよろしくお願いします」


「うん、よろしくね。あ、せっかくならエリーゼさんも一緒に行く?」


 そう言ってソルは、先ほど俺をここまで案内してくれた白魔道師の人に訊ねた。


「あ……はい。私も工房に用事があるので、よければ一緒に行きたいです」


 エリーゼと呼ばれる白魔道師は、そう答えてから少しだけソルに微笑んだ。気のせいか、頬が少し紅らんでいるように見えた。


「よし。それじゃあ、行こうか」


 ソルはそう言って、再びふんわりとした笑顔をこちらに向けた。


 そうして俺は早速、魔道師体験のローブを羽織り工房へと向かった。



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