3 ようこそ、ソレーユ王国へ ②


 おばちゃんに別れを告げた俺たちは再び歩き出し、市場を抜けていった。そのまま道沿いを歩き続けると、高い建物が並び建つ街並みへと景色が変わってきた気がする。しばらくすると、一際大きな建物が見えてきた。


 あれが『ラートハオス』だ。


 俺達はラートハオスの門をくぐり抜けて、建物の中へと入っていった。


 市場にいるときもそうだったけど、ゲームでしか見ることができなかった建物が、こんな間近で見られることに俺は思わず感動して心が踊った。建物の中へ入ると白い床と壁が広がっており、待合室などでよく見かけるソファーがズラリと並んでいる。そして、その奥にはいくつもの受付が横に並んでいた。本当に市役所みたいだな。


「すみません、こちら旅人の方なんですが……」


 リリィが受付の人に声を掛けた。


「ソレーユ国へようこそ。旅人の方ですね、ご用件はなんでしょう?」


 うわ~ゲームに出てくる人物のまんまだ。俺は再び感動を覚えつつ、事情を話し始めた。




「……なるほど記憶喪失の旅人様でいらっしゃいますね。所持金もなく、今夜泊まるところも決まっていないと……」


「ええ、そうなんです」


「それでしたら、とりあえず宿泊先は『アリーナ』という酒屋はどうでしょう?あそこですと、他の場所からおみえになる旅人様もいらっしゃいます。それに宿泊費も、依頼を受けることで費用がタダになります。ご飯もきちんと食べられますし……もちろん、酒屋にはこちらから連絡して話を通しておきます」


 まじか。それはほんとに有難い話だ。そう言えば、ゲームの中でもプレイヤーの主人公となる旅人は『アリーナ』で寝泊まりができて、データをセーブしていたな。


「更にですね『アリーナ』だけではなく、ここ『ラートハオス』でも依頼を受けることができまして、その依頼が成功すれば報酬を受け取る事ができます。そうすればお金も貯まるかと思いますし、しばらくはそれで生計を立ててみてはいかかでしょうか」


「な、なるほど……いいですね」


「はい。それにもしも我が国『ソレーユ国』を気に入って下されば、永住手続きを行い、住居のご提供もできます。その際には1000ビーのお金を用意して頂くことになります」


「え、えいじゅう……デスカ」


 『永住』という言葉に、思わず顔が引きつる。


 俺は、もう元の世界には戻れないんだろうか。本当にどっかの小説や漫画みたいな転生者になってしまったのだろうか。俺の心中を察したのかどうか分からないが、受付の女性はにっこりと微笑み話を進めた。


「まあ、まだ永住手続きについては急ぐこともないでしょう。もしかしたら記憶を取り戻すかも知れません。とりあえず、今日のところは酒屋に泊まってゆっくりとお休み下さいませ。これからのことは、ゆっくり考えていきましょう」


 俺は「はい」とだけ返事を返して、そのまま酒屋の『アリーナ』へと向かうことにした。



「とりあえずですが、よかったですね~!無事に泊まるところも見つかって一安心です!」


 リリィはそう言って下から俺の顔を覗き込んで、にっこりと微笑んだ。


「うん。本当、助かりましたよ。全部リリィさんのおかげです」


「いえいえ!私はそんな!あ、アリーナまでの道は大丈夫なんでしたっけ?」


「あ〜地図をもらったから、多分行けると思います」


「良かったです。では、日が暮れてきましたので私はそろそろ……」


 ほんとだ。もうだいぶ日が暮れて、辺りが暗くなり始めている。夕日の光がリリィのブロンドカラーの髪に差し込み、より一層キラキラと輝いていた。


「あ、えっと、はい。本当にありがとうございました」


 すごく……いや、ものすごく名残惜しいが、童貞の俺には「良かったらこの後、酒屋で一杯やってかな~い??」なんて言う勇気を出せるわけもなく……このまま、お別れになるだろう。


 俺がそんな風に心の中でひそかに落ち込んでいると、リリィは少し上目遣いになりながら口を開いた。


「あの……もし良かったら、明日酒屋に行ってもいいですか?」


「……へ?」


「えっと、あの、記憶もありませんし、依頼を受けるにしても、なにかと不便かと思いまして……一緒に依頼をこなせれば、と」


 声がだんだんと小さくなるリリィ。いや、めちゃめちゃ嬉しいし、むしろ大歓迎、ウェルカム万歳なんだけど。


「えっと、い、いいんですか?」


「はい!……シンタさんが良ければ」


 ここまで言ってもらって断っちゃあ、男じゃねえ。がんばれ、俺!!


「えっと……じゃあ、これからも?いや、明日からもよろしく、お願い……します」


 俺がそう言うと、リリィの青い瞳がパァと輝いた。


「はい!よろしくお願いします!あ、これからはリリィって呼び捨てにしてください!あ、あとあと、タメ口で大丈夫だよ!」


 一気に色々と要求され、俺は思わず戸惑った。


「わ、わかった。えっとよろしく、り、りリリィ。あ、その俺のことも呼び捨てで、大丈夫」


「うん!それじゃまた明日ね、シンタ」


 すごくいい笑顔で、手を振りながら、走り去っていくリリィ。


 それを見守る俺。


 ほんと、これファンタジーなゲームの中のストーリーか?だんだん俺の童貞妄想恋愛ストーリーになってないか?え?誰に言ってるかって?独り言だよ。


 とりあえず今日は酒屋でゆっくりこれからのことについて考えていこう。



 信太はそう思い、悶々としながら『アリーナ』に向かって歩き出していった。



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