2 ようこそ、ソレーユ王国へ ①



「なるほど、さっきいた場所はシャロウの森って言うんですね」


 俺がそう言うと、リリィはウンウンと頷いた。


 どうやら先程、俺たちがいた場所は『シャロウの森』と呼ばれるダンジョンだったらしい。確か、シャロウの森は初心者や子供でも行くことができる、初心者コースのダンジョンだったはずだ。


 運が良かったのか、特にモンスターと遭遇することもなく、俺たちは無事に森を抜けることができた。ぶっちゃけ、内心ホっとした。何故なら、今の俺は武器もアイテムも所持金も、何も持っていないからだ。


「それにしても……記憶喪失で森を彷徨って、武器もアイテムもお金も持ってなくて困っていたと……それは大変でしたね」


 リリィは「かわいそうに」という目で、俺の顔を見つめてきた。


 あ~~~そんなちょっと潤んだ瞳で見つめられたら、ムクムク反の……いや、ドキドキしちゃうな!


 正直、俺は女姉弟がいたとて、女性に対しての免疫があるわけではない。こんな芸能人並のかわいい子に見つめられたら、目を合わすことさえできない。


 俺はリリィから目を反らして、口に片手を当てながら話し始めた。


「えっ……と、そう、そうなんです。記憶がないせいで、どうして何も持たずにあんなところにいたのか分からなくて……」


 記憶がないのは嘘だ。


 しかし、実は俺ぇ~日本ってとこにいて、いつの間にかゲームの世界に入って来ちゃってたんですぅ~なんて言うこともできず……とりあえず、記憶喪失ということにしておこうと思ったのだ。


「なるほどなるほど……では『ラートハオス』に行ってみてはどうでしょう?そこでは何かしら依頼を受けて成功すれば報酬でお金も貰えますし、困ったことがあれば、みんなあそこを訪ねに行くんです」


『ラートハオス』


 たしか、ゲームだと市役所みたいなもんだったな。リリィの言う通り困ったことがあれば、なんでも聞きにいけるし、依頼を受けることもできる。それとソレーユ国に永住する時も、そこで手続きを行う事ができたはずだ。


「あー……っと、そんな場所があるんですね!じゃあ、とりあえずそこに行ってみます」


「分かりました!では、私がラートハオスまでご案内致しますね」


 リリィはそう言って、にっこりと微笑んだ。


「えっ、い、いいんですか?森も抜けれたし、そんなご迷惑なんじゃ……」


 俺が慌ててそう言いかけると、リリィは青い瞳をずずいっと俺の顔の近くまで引き寄せ、下から覗き込むようにしながら再び微笑んだ。


「大丈夫です。ラートハオスまでの道のりも分からないじゃないですか。また迷子になったら大変ですし、一緒に行きましょう?シンタさん」


 リリィはそう言うと、俺の右手に自身の細い指をするっと絡めて、そのまま手を引きながら歩き出した。


 ん?え、どゆこと!?俺、もしかして今、手繋いでる感じ!?いいいつぶり?小学校低学年の遠足ぶり?やっべ、汗えぐい?俺の心拍数も爆上がり過ぎてえぐい?


 心拍数が上がり過ぎて限界を向かえそうな俺のことなんて気にせず、リリィはスキップしながら意気揚々と進んでいく。


しばらく歩いていると、辺りの景色も変わってきた。木々や雑草が生い茂る道を抜け、川が流れている大きな橋を渡ると、ゲームでよく見ていた町の風景が広がってきた。


 少し中世のヨーロッパの雰囲気が漂う町並みだ。そのまま歩いて行くと『シュトゥットガル市場』が見えてきた。この市場では、大抵の物を揃えることができたはずだ。まあ、所持金0の俺には、なにも買うことができないけどサッ。


「ん~?なんだい、リリィちゃん。今日は男連れかい!?あ!まさか恋人だったり~……」


「「……つっ………!」」


 その言葉に、思わず2人して頬を染め、繋いでいた手をぱっと離した。あ……くそ、離しちゃった……


「ち、違うんです!こ、この方は旅人さんでして、色々あってラートハオスまでの道を案内してるんです!」


 リリィは頬を赤く染めながら、必死に両手を横に振って否定し始めた。あ~もう、あんな必死に……ほんとに何をしててもかわいいな(←バカ)


「なんだい、そうなのかい。あ、そうだ旅人さんよ、よかったらこれ持ってきな、はらぁ減ってんだろ?」


 そう言って、市場のおばちゃんは『ルーシュ』という赤い果物を食べやすいように半分にして渡してくれた。渡された俺は、おばちゃんの言う通り物凄く腹が減っていたため、思わずその果物にかぶりついてしまった。赤い見た目をしているが、実際食べてみるとマンゴーのような味がした。甘くて美味しい。


「っうま!ありがとうございます!あ……でも、すみません。食べてから言うのもなんなんですが、その俺、今手持ちがなくって……」


 ヤバい。そうだよ、なにしてんだ俺。なんか変な汗が出てきた。こんなの、無銭飲食じゃないか。でも、本当に腹が減り過ぎて、お金が無いという事も忘れ、勢い良くかぶりついてしまったのだ。我に返った時には、もう時すでに遅し。どうする?か、身体で返す?


「あ~いいんだよ~!そんなの気にしなくてぇ!旅人さんだろ?きっちんと、もてなしてやらないとねぇ!ようこそ、ソレーユ国へ!」


 おばちゃんはそう言って、両手を腰に当てて「あっははははーっ」と笑い飛ばした。まじかよ。めちゃめちゃいい人だ、この人。


 そんな風におばちゃんの温かみを感じていると、どことなく横から視線を感じた。


 リリィだ。


 俺の持っているルーシュを、キラキラとした目で見つめている。


「えっと……食べます?半分にしてもらったし」


「い、いえ!とっても美味しいそう……じゃなくて!それはシンタさんが頂いたものなので!!」


 リリィは先程よりも、さらに耳の方まで真っ赤にさせながら、首を横に振った。そんなリリィの姿はなんだか可愛いらしくて、少しだけ面白くも感じた。


「……っぷ、そんな否定しなくても……えっと、ここまで案内してもらったお礼なので、もらって下さい」


 俺は笑いを堪えながら、もう半分のルーシュをリリィへ差し出した。


「あ……う~~~すみません……」


 リリィはそう言って、恥ずかしそうにルーシュを受け取った。


「実は、これ大好物なんです。ありがとうございます」


 リリィは恥ずかしそうにしながらも、嬉しそうな表情を浮かべて小さくルーシュにかぶりついた。俺はそんなリリィの姿を隣で微笑ましく見つめた。


 そうして市場のおばちゃんに別れを告げて、ラートハオスへと俺達は歩き出した。



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