ゲーム徹夜して風呂場で爆睡してたと思ったらダンジョンの森ん中で目が覚めました

杏音-an-

はじまりは、ダンジョンの森のなかで

1 ここはどこですか



「……」


 鳥の鳴き声がする。


 朝か……?


 そう言えば『ソレーユ国』徹夜してやってて、寒かったから風呂で暖まってから寝ようとして……


 あれ……?俺、風呂で寝たのか?

 にしては、なんか寒い。てか風つよくね?


 俺は不思議に思い、少しずつ目を見開いていった。目を見開くと、太陽の光が眩しくて、思わず眉間にシワを寄せた。しかし、そのまま数秒経つと、徐々に目が慣れてきた。目を見開いた先には、太陽の次に木々の葉っぱが生い茂り、風に揺れている。さらには土、雑草、虫……森の、中……?



「…………?」



 え、ちょ、まって?!

 は?ここどこ!?

 え、おかしくない??


 衝撃の光景に、俺は思わず飛び上がった。


 ちょっと待とうか。ごめんね?みんな。整理しよう?

 俺たしか、いつも通りレストランの厨房で働いて、明日休みだったんだよ。んで、帰ったらゲームして「いやっほーい!」って言いながら徹夜して……あ、そういえば徹夜明けにいつもだったら入んない風呂にも入っちゃってウトウトして、それから最高の気分に……


 あれ?もしかして俺、そのまま溺死とかないよね?そんなカッコ悪い死に様ありえる?


 それで、どっかの世界に転生しちゃいました~!的な、流行りの展開じゃないよね?これ。


 俺、彼女いない歴=年齢だったんだよ?


 でも、結婚して子供も、うはうは作ってごくごくふつーーうの幸せを掴みたかったんだよ?


「いやいや、まさかまさか~。そんな漫画とかノベルじゃないんだからさ~」


 そんな独り言を喋ってみるが、穏やかな鳥の囀ずりしか聞こえない。


「ん?」


 でも、ふと思うことがある。不思議とこの景色に見覚えがある気がするのだ。地元の田舎の林でもないし、旅行へ出掛けたときの景色でもない気がする。


「……ぅっし!こんな森の地べたで座りこんでてもしょうがねえし、ちょっと歩いてみるか」


 俺は地べたにつけていた腰を持ち上げ、ゆっくりと立ち上がった。すると、再び妙なことに気が付いた。


 俺は黒のTシャツにジャージを履いていたはずだった。しかし、今は茶色のマントみたいな服を羽織っている。さらには、左胸にオレンジ色の紋章?のようなものも描かれている。


 この服装……これにも見覚えがある。いや、でもまさか、そんな事がありえるか?


「あのぅ……どうかされましたか?」


 突如、後ろかろ声を掛けられ、俺は勢いよく振り返った。


 すると、そこには淡い空色のワンピースのような服を着た女性が立っていた。ブロンドカラーの長い髪に、深い青色の瞳をした女性だ。ふわふわと柔らかそうな綺麗な髪が、太陽の光に反射してキラキラと輝いている。


「……美人だ」


 俺は、素直にそう呟いてしまった。


「……へ!?」


 その呟きに彼女も反応して、頬を紅く染める。


 その反応を見て、彼女に見とれていた俺自身もハッと我に返った。そして、自分も彼女と同じく頬を染め、慌てて口を片手で覆った。


 正直本当に声に出してしまうほど、美人だと思った。童貞の俺がこんな近くで、こんな美人を見たことがない。あるとしても、画面の向こう側の2次元か、2,5次元だ。


「……………」


「……………」


 双方、黙ってしまった。

 ああぁ!!くそ、これだから童貞は!!!


 そう心の中で童貞が葛藤をしていると、見かねた彼女が沈黙を破るように再び声をかけた。


「もしかして旅人の方でしょうか?」


 旅人……やっぱりそうだ!


 ここは『ソレーユ国』というRPGゲームの世界だ。俺の今の格好は『ソレーユ国』に入国する前……いわゆるチュートリアルをプレイする『旅人』の格好。


 そして、彼女の格好は恐らく『ソレーユ国』の国民の服装だ。あのゲームの世界では、成人すると淡い空色の国民服を着ることになる。しかし、騎士や魔道師、神官、農民、山岳兵など様々な職種、つまり『ジョブ』を受け持つ国民は、それぞれジョブの服装に変わるという設定のゲームだ。


 彼女は恐らく、ジョブを持っていない、ただの『国民』なのだろう。


 まあ、そんなことより、とりあえずなんとなくでいいから、彼女に話を合わせることとしよう。


「あ、あ~~そ、そうなんです。はは。えっと、実は俺、道に迷っちゃって」


「やっぱりそうだったんですね!なんだか様子が変でしたので、そうなのかなって」


「あ、はは……」


 うっ……俺ってば、そんなに怪しい動きしてたのか?


「あの、もしよろしければですが、一緒にダンジョンの森を抜けませんか?」


「あ、え、い、いいんですか?」


「はい!困ってるときはお互い様ですので!」


 彼女はそう言って、にっこりと微笑んだ。よかった、なんかすごいいい人そうだぞ。しかも、めちゃくちゃ可愛いし。


 それにしても……俺のコミュ力の低さがヤバい。顔おもっきし、ひきつってるし。女の人と話すなんて、職場の厨房にいる洗い場のおばちゃんか、地元にいる母親と姉貴(美人ではない)くらいしか、ここ最近話さねえ!もっと合コンとか街コンとか出会系アプリとかで出会って、コミュ力鍛えとけば良かったあぁ!


「あ……」


 そういえば、ここがゲームの世界だってことは、もう一つ気になることがある。


「どうかしましたか?」


「えっと、その手鏡とかって持ってたり、しませんか?」


「あ、持ってますよ!ちょっと待っててくださいね」


 ん~~さすが女子力!美人最高!!


「どうぞ」


 彼女はそう言って、俺に手鏡を差し出した。


「ありがとうございます」


 俺はそう言って、色白で細い彼女の手から手鏡を受け取った。


 そう、ここはゲームの世界。なんかこういうファンタジーな世界に入ったときって、すげぇイケメンになってモテたりとかすんじゃん?それだよ!それ!俺はそんな淡い期待を抱きながら、手鏡に映る自分の顔をゆっくり覗いてみた。


「……」


 ぉぉおおおおい!ぜんっぜん変わってねぇな!?1ミリも!普通に黒髪で黒い瞳の一重に、中肉中背のごくごく一般的なjapanese face!!


 俺は片手で手鏡を持ちながら顔を覆って、愕然と落ち込んだ。すると、そんな様子に彼女は慌てて声を掛けてきた。


「あ、あのどうかなさいましたか?」


「あぁ……いえ、自分の顔が残念すぎて」


「へ?」


「あ、あー!いや!なんでも!なんでもないんです!すみません。あ、手鏡もありがとうございました」


 俺は慌てて誤魔化しながら、手鏡を返した。


「……っふ、ふふふ」


 童貞の慌てる姿を見ておかしかったのか、彼女は口に手を当てながら控えめに笑みを溢した。


「……っふふ……すみません、なんか、おかしくって……ふふふっ」


 そんな風に肩を震わせる彼女の姿は、本当に可愛らしかった。


 俺はデカイ口をあけて両手を猿のように叩きながら、ひーっひーっと引き笑いをする姿しか知らない。ちなみに、それは姉貴だ。


「いや、大丈夫です。むしろすんません。すごい情緒不安定な感じで」


「いえ!ほんとに……ふ、もう、大丈夫です。すみません」


 彼女はそう言いながら、胸に手を当て呼吸を整えた。


「あの……よかったら、お名前聞いてもよろしいですか?」


「あ、ええっと……信太っていいます」


「……シンタ、さん……私はリリィと申します。よろしくお願いしますね」


「は、はい!」


 俺がそう言うと、リリィはにっこりと微笑み「では、行きましょか」と手を差しのべて歩き出した。俺もそれについていくように、足を前に一歩と踏み出した。



 こうして童貞主人公の名前がやっと出てきたが、信太はこれから、どうなってゆくだろうか。異世界に迷い込んでから、早くも順応し始めている彼のことだ。きっとこれからが楽しみになる……はずである。



 彼に期待をしよう。

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