Stage.42 麻弥

 いよいよ物語は終局へ向かって進んで行く。


 イギリス、ロンドン滞在4日目の朝。


 麻弥は、「ディープ・パープルの聖地巡り」をして、その後、リバプールに行きたいと言っていたが。


 朝、ホテルで全員で朝食を取っている時に、不意に白戸先輩が珍しく声を上げた。


「今日、私たちはリバプールに行きますね」

「えっ。どういうこと、凛ちゃん。別行動するの?」


「はい」

 彼女にしては、珍しく、麻弥に対して異を唱えたのだ。


「どうして? みんなで一緒に行くんじゃないの?」


 すると、彼女がチラリと俺を横目で見て、

「たまには、お二人で積もる話もあると思いまして」

 と、妙にニコニコしながら言ってきた。


 怪しい。これは白戸先輩の策だな、と思った。


「二人で話なんてないけど……」

 と言いつつ、なんだか妙にそわそわしているように見える麻弥。


 一方、

「えー、イヤですよ。ボクは赤坂さんと一緒に行きたいんです」

 子供のように駄々をこねる翼と、


「ほら、翼くん。邪魔しちゃダメ」

 と、金山さんが。こちらは母親のように叱っていた。


「麻弥先輩はいつも私たちの意見を聞かずに振り回してますよね。たまには私たちの言うことも聞いて下さい」

 白戸先輩に、珍しく頑なな眼差しを向けられ、麻弥はショックを受けたように、


「ごめん、凛ちゃん。そんなつもりじゃなかったんだけど……」

 と、少し落ち込んでいるように見える。


「麻弥さん。大体、『The Beatles』にそんなに興味ないですよね? それより赤坂さんと二人で『Deep Purple』結成の地に行った方がいいですよ。場所もお教えします」

 今度は、ウィスまでそんなことを言い出した。


 俺は、終始黙っていたが。


「赤坂くんも、それでいいですよね?」

 と白戸先輩に突然、そう聞かれた。


「はあ。まあ別にいいですけど……」

 曖昧に答えると、


「いいですね?」

 今度ははっきりとした口調で、念を押すように言ってきた。目が怖い。


「はい」

 と答えると、彼女は麻弥にも、


「麻弥先輩も」

 と、迫るように聞いていた。


「……わかったわ」

 何だか元気のない麻弥の返事だった。


 ということで、勝手に別行動にされ、俺は麻弥と一緒にその日、一日付き合うことになってしまったのだが。


 食堂を出て、一旦部屋に戻る途中、白戸先輩と金山さんに呼ばれた。

 ロビーの片隅で、彼女たちは。


「いい加減、男らしく決めて下さい、赤坂くん」

 と、白戸先輩は強い口調で、俺を責めるように発言した。


「そうそう。もう見てるだけでも、もどかしいしね。デビュー前に、白黒はっきりつけた方がいいよ」

 と、金山さんにも責められた。


 まあ、予想はしていたが、そういうことだったか。

 恐らく、白戸先輩と金山さんが共謀して、俺と麻弥を二人きりにするという案だったのだろう。

 それにウィスも乗っかっていた節がある。


 これも「身から出た錆」だ。

 俺は、諦めて腹をくくった。



 朝食後、俺たちは別行動に入った。

 つまり、俺と麻弥は「ディープ・パープルの聖地巡り」のためにロンドンを。

 残りの4人。つまり白戸先輩、金山さん、ウィス、翼は「ビートルズ聖地巡り」のためにリバプールへ。

 合流は夜、ホテルでということに決まった。


 ロビーで麻弥と待ち合わせをした。

 すでに、4人のメンバーは旅立っていた。


「あたし、そんなに振り回してたかな。あんな凛ちゃん、初めてみたよ」

 と、麻弥は白戸先輩に言われたことにショックを受けているようだったが、


「そんなことないさ。白戸先輩がお前を嫌うことなんてありえない。考えすぎだ」

 一応、フォローはしておいた。実際、彼女が麻弥を嫌いなんてことは、ないだろうし。


 ひとまず二人で「ディープ・パープル結成の地」に向かった。


 まず、向かったのは、第1期、オリジナルのディープ・パープル結成の地だが、ここはロンドン郊外の、ハートフォード(Hertford)州リッジ(Ridge)という場所にあり、アクセス自体が難しい。


 しかも当日は朝から、いかにも「霧の街」ロンドンらしい曇りに少し雨が混じる、あいにくの天気だった。

 俺たちは市内からタクシーを使い、向かった。

 車中、なんだか浮かない顔をしていた麻弥だったが。


 やがて市内から1時間ほどかけて着いた場所は。


 Deeves Hallディーブス・ホール


 という名の、表札がついた、ただの野中の一軒家で、実際に住人が住んでいるようだった。


「へえ。普通の家ね」

 と、麻弥は少し残念そうにそう言っていたが、それでもその眼は輝きを取り戻し、少し元気が戻っているように見えた。


 まあ、実際に普通の洋風の家だったが。


 ディープ・パープルはここで第1期、1968年~1969年まで過ごしていたが、ここは不便だったらしく、次の合宿所に移る。

 それは後ほど話そう。


 当時のメンバーは、ロッド・エヴァンス(ヴォーカル)、リッチー・ブラックモア(ギター)、ニック・シンパー(ベース)、イアン・ペイス(ドラム)、ジョン・ロード(キーボード)と言われている。


 

 続いて、タクシーで一旦市内に戻り、地下鉄を使って、ロンドン北西部に向かった。

 『Castle Bar Parkキャッスル・バー・パーク』駅で降りて、歩いて5分ほど行ったところに。


 Hanwellハンウェル Westcott Cresentウェストコット・クレセント


 と、書かれたコミュニティー・センターがある。

 そこが、有名な第2期のディープ・パープル結成の地、と言われている場所だった。


 かつては、貧困世帯向けの教育施設で「Central London School District」と呼ばれていたという、その建物は。


 大きなマンションのような古い住宅地で、一見するとホールのようにも見える。

 敷地内に入ってみて、ウィスに教えてもらったように、左端の窓付近を見る。

 そこで、彼らはリハーサルをしていたという。


「おお! ここが有名な第2期メンバー発祥の地か!」

 やっと、大好きなディープ・パープルの軌跡に触れあえて、麻弥は元気を取り戻したようだった。


「まあ、普通の家だけどな」

 俺も、そんな彼女を見て、少し安心する。


 第2期は、1969~1973年。メンバーは、最もよく知られている、イアン・ギラン(ヴォーカル)、リッチー・ブラックモア(ギター)、ロジャー・グローヴァー(ベース)、イアン・ペイス(ドラム)、ジョン・ロード(キーボード)と言われている。



 次に地下鉄で向かったのは、市内にあるActon Valeアクトン・ベールという場所だった。

 ここは先の『Deeves Hall』が不便だったため、メンバーが次の合宿所に指定したところだそうだ。


 比較的新しい住宅造成地のようで、東から順番にファースト・アベニュー、セカンド・アベニュー、サード・アベニューという、味気ない通り名がついており、そのうちの。


 13 Second Avenue


 と、書かれた辺りに家があった。


 比較的新しめの赤みがかった、欧風の2階建てくらいの家だったが、やはりただの家だった。


「おお! ここも合宿所か!」

 ただ、麻弥はやはり感動に打ち震えているように、大げさな声を上げては写真を撮っていた。



 一通り、終わった後、一旦市内中心部に戻り、昼食を取ることになった。

 その席上。


「他にどこか行きたいところ、あるか?」

 昼食のサンドウィッチを食べながら聞くが。


「うーん。特にないなあ」

 と、彼女は歯切れが悪かった。


「そうか。じゃあ、遊園地にでも行くか?」

 俺が何気なく提案する。そう、これはウィスに教えてもらった場所だった。


「遊園地? 何だか本当にデートみたいね。まあ、いいけど……」

 渋々ながら、と言った表情でそう答える麻弥だった。


 昼食後、向かった先は。

 ロンドンから南に向かった沿岸にある街、『Brightonブライトン』だった。そこに『Brighton Palace Pierブライトン・パレス・ピア』と呼ばれる遊園地があった。


 実はここ、イギリスのロックバンド、『The Who』のロックオペラ・アルバム「四重人格」を原作とした映画「さらば青春の光」ゆかりの地と言われており、そのロケ地と言われている。


 そして、このロックに馴染みのある土地で、俺たちの運命は決する。



 ブライトンは、ロンドンのビクトリア駅からNational Rail、つまり電車で、乗り換えなしの1時間ほどで着く場所だったが。


 車中、次第に緑が濃くなっていく窓の外の風景を眺めながら、麻弥がそっと呟いた。


「優也、ごめんね」

 いきなり謝ったから何かと思ったが。


「今まで、散々振り回して。あたしのワガママに付き合ってくれて」

 白戸先輩の言葉が響いたのか、そう反省しているのか、と思ったが。


「あと、ありがとう。ここまで来れたのは、優也のおかげだよ」

「らしくないな。お前がリーダーとして引っ張ったからだろう?」


「それは違うよ」

 突然、こちらを見て、真剣な眼差しを向ける彼女。


「優也がいなかったら、きっとここまで上手くはいかなかったから……」


 その言葉を聞いて、俺はハッとした。

 そう、彼女はこういう娘だったのだ。


 意地っ張りで、強気で、適当で、いい加減で、ワガママで、散々俺たちを振り回してきた。

 でも、彼女自身はツンデレな部分はあるが、きちんと「ありがとう」も「ごめんなさい」も言える、実はとても素直で優しい娘なのだ。


 ただ、彼女は感情に任せて、思い付きで行動するところがある。

 昔からそれに振り回されてきた俺が言うのだから間違いない。


 だが、同時に彼女と一緒にいると、楽しい。そして、面白い。

 あまりにも近くにいすぎる存在だから、気づかなかったか、あるいは気づかないふりをしていたか、とにかくこんなに面白くて、飽きない娘は他にいないのだ。


 白戸先輩が、いつだったか俺に言った「パズルのピース」がハマった気がした。


 そして、そう考えると、目の前のこの幼なじみがとても愛おしく思えてならなかった。


 言い換えれば、やっと俺は本当の意味で、異性として「彼女のことが好き」と、はっきりと認識できたのだ。


 そう思うと、もう、いても立ってもいられなくなった。


(告白しよう)


 そう決意した瞬間だった。むしろ、この娘を手放したくない、他の男になんか渡したくはない、という強い気持ちが沸き上がってきた。



 ブライトンに着き、遊園地に向かう俺たち。

 天気は、いつの間にか晴れていた。


 Brighton Palace Pier


 と、書かれた門をくぐって、中に入ると、そこは賑やかな遊園地だった。

 ジェットコースター、メリーゴーラウンド、お化け屋敷、観覧車などが普通にあり、そして海に面しているから、砂浜の海岸線があり、その砂浜がとてもキレイだった。


 そして、地元では有名で、逆に外国からの観光客にはそんなに知られていないのか、イギリス人のカップル、若者、家族連れが多かった。


 一通り、アトラクションに乗り、遊園地を満喫する俺たちだったが。


 俺は、早く告白したくて、正直うずうずしていた。


 だが、こんなに大勢の人の中で、告白する勇気はなく、また雰囲気も重要だから、と思い、俺は我慢してそのまま楽しんでいた。


 いつの間にか、陽が暮れて夜になっていた。

 幸いこの遊園地は夜遅くまで営業しているようで、人はだいぶまばらになってきたが、まだたくさんのイギリス人たちが、おのおのの時間を過ごしていた。


 後から思うと、密室になって、人目が避けられる観覧車の中で、告白すればよかったのだが、その時の俺は頭が回っていなかった。


 つまり、テンパっていた。早く告白してしまいたかったのだ。


 夜、人気がまばらになってきた海岸線の砂浜に彼女を誘った。


 ある程度、人の目が離れた海辺に着く。


 月が水平線に反射しており、ネオンサインの明かりも映り込んで、キレイだった。雰囲気は良かった。俺はついに決着をつけることを決めた。



「麻弥」

 彼女を呼ぶ。


「なに?」

 いつもと変わらない顔のように見えたが、今はそれが愛おしくて仕方がない。


「俺はお前のことが好きだ」

 だが、そう精一杯の勇気で言ったのに。


「本当かなあ? 適当に言ってんじゃないの。どうせ、凛ちゃんやカナカナになんか言われたんでしょ?」

 と、あまり信じてくれていない、というか明らかに疑いの眼を向けてくる彼女。


 俺は、人目も気にせず、彼女に思いっきり抱き着いていた。

「ちょ、ちょっとなに?」


 驚く彼女の耳元で、

「こんなこと冗談で言えるか。大好きだ。愛してる。もうお前を離したくない!」

 そう告げると。


 嗚咽おえつのような声が聞こえてきた。

 彼女は泣いていた。


 頬を伝う涙が俺の肩にかかる。

 俺は、思わず体を離す。


 目の前の彼女は、涙で濡れていた。涙で濡れた頬が赤く染まっているように見えた。


「やっと言ってくれたね。もう、遅いよぉ……」


 涙声で麻弥がそう言った瞬間、俺の唇は麻弥に奪われていた。


 そう、まさにそれは強引に奪うようなキスだった。

 俺はその熱いキスに身を任せて、そのままに彼女と唇を重ねていた。


 周りにいたカップルか家族連れが、少し遠巻きに俺たちに注視していた。この奇妙な日本人カップルは何を情熱的なことをやっているんだろうか、撮影だろうか、と思ってるかもしれないが、構いやしない。


 長いキスが終わると再び、彼女は俺の体にそっと抱き着いてきた。その暖かい体温が心地よい。


「もうバカぁ。あたしが、一体どんな気持ちで、この1年半以上……。ううん、ずっと思ってきたと思ってるのよー」


 そう嗚咽交じりで言ったまま、彼女は本格的に泣き出した。


 こんなに弱々しく、泣く彼女を見るのは恐らく初めてだった。


「ごめん……。でもやっと気づいたんだ。麻弥がいないと俺はダメなんだと」


「あたしだって……。ずっと好きだったのに、あんたが曖昧な態度ばかりだから……」


「ホントにごめん」


「もうホントにバカだよ! バカ優也……」


 いまだに抱き着いたまま、ひたすら泣いている彼女。


 俺はその背中を優しくさすってやり、そして。


「あたしの答えは、最初から決まってる。世界中の誰よりあなたが好き……愛してる」


「俺もだよ。二人でロックの頂点を目指そう」


「絶対、あたしのこと離さないでね」


「当たり前だろ」


「嬉しい。やっと思いがかなった……」

 涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、彼女は嗚咽交じりの声を上げた。


 暗がりの浜辺、遠い異国のロックの聖地、イギリスのこの地で、俺たちはようやく心が通じ合い、結ばれることができたのだった。


 同時に、ロックの頂点を目指す旅の誓いをした夜だった。

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