Stage.40 Before Shining

 年が明けた1月。


 冬休み明けに登校し、部室に行くと。

 ウィスと翼がいたが、金山さんがいなかった。


「あれ、金山さんは?」

 ウィスに問うと、


「まだ来てませんね」

 と、答えが返ってきた。


 1年生の時は同じクラスだったが、その後、別のクラスになったから、俺は彼女の動向はわからない。


 しかし。

「みなさん、ビッグニュースです!」


 いつぞやのように、また部室の扉を勢いよく開けた金山さんが、興奮気味に叫んでいた。

 と、いうかこの娘はいつもこういう役回りだな。


 などと思って、

「どうしたんだ? そんなに慌てて」

 と気軽に返した俺に対し、彼女は、


「デビューが決まったんですよ!」

 と言ったので、ウィスも翼も驚いていたが、俺は。


「また、金山さんだけデビューが決まったのか?」

 と聞いていた。いつぞやのように、そうだと思ったのだが。


「違いますよ! みんなでデビューです」

 興奮気味に話す彼女の表情は、冗談を言ってるようには見えなかった。


「で、どこの事務所だ? また怪しい事務所じゃないだろうな」

 尚も心配している俺に対し、彼女はあまりにも意外過ぎる現実を突きつけてきた。


「アメリカです!」

「アメリカ? どういうことだ?」


 詳しく聞くと、先日、金山さんのところに、ニューヨークの知り合いのクリスから連絡が来たそうだ。

 そのクリスが言うには、あのニューヨークでの演奏が話題になり、現地のプロモーターの目に留まったんだとか。


 それで、クリスが知り合いということで、是非プロモーションしたいから、アメリカに来てくれ、という話らしかった。


「マジか? すごいな」

 自分でも信じられなかった。日本を飛び越えて、アメリカでデビューとは。

 期せずして、麻弥がニューヨークで最後に言った予言のような言葉が現実のものになっていたことに、俺は驚いていた。


「すごいですね。internationalなデビューですよ!」

 ウィスが珍しく興奮気味に声を上げる。


「まあ、赤坂さんやボクの実力があれば、当然ですね」

 翼は、なんだか得意げな顔をしていた。


「とりあえず、麻弥と白戸先輩にも知らせよう」


 早速、放課後、二人を喫茶店に呼び、話をすることになった。


「えっ! アメリカでデビュー! ついに来たね!」

 デビューの話を待ちわびていた麻弥の喜びは想像以上だった。今にも踊りだしそうなテンションだ。


「すごいですね。一気に世界ですか」

 白戸先輩も、いつも以上にニコニコしている。


「で、とりあえず、具体的な話をしたいからニューヨークに来てくれ、って話ですけど、どうします? 全員で行きますか?」

 金山さんの問いに。


「私は残念ながら、用事があるので、行けないです」

 ウィスが残念そうに発言し、


「私もです。話だけなら、全員で行く必要はないのでは」

 と白戸先輩も。


 そして、

「あー、ボクもです。本当は赤坂さんと一緒に行きたいんですけど……」

 と、心底残念そうに翼もそう言った。


 結果、俺と麻弥と金山さんの3人で、ニューヨークに向かうことにした。



 1月下旬。すぐにチケットを取って、ニューヨークに飛んだ。

 二度目のニューヨークは雪だった。

 この街は、意外と緯度が高い位置にあり、東京のような巨大都市でありながら、冬は寒くて、よく雪が降るそうだ。


 マンハッタンのグリニッジ・ビレッジの一角にある、プロモーターの事務所に行った。

 割と大きなオフィスビルに連れて行かれ、その広いオフィスの一角にある、会社の会議室のような部屋に通された俺たちの前に現れたのは、30代くらいの若い白人だった。きちんとスーツを着て、ネクタイを締めた、見た目はビジネスマンみたいな男だった。


 Andrewアンドリューと名乗った彼と、金山さんが英語で交渉した。


 まあ、完全にネイティブな英語で早かったから、俺や麻弥はほとんど何を言っているか、わかってなかったが。


 お礼を言って、オフィスを出た後、俺たちは金山さんに従い、近くのカフェに入り、話を聞くことになった。


「で、カナカナ。なんだって?」

 麻弥は、ブラックコーヒーを飲みながら、興奮気味に質問する。


「ええ。アンドリューさんが言うには、デビューは規定事項だけど、私たちはまだ学生だし、日本の学期は4月で変わるって知ってたらしいんです」


「うん。それで?」

「なので、とりあえずちゃんと両親や家族と話す時間をくれるそうです。それでよかったら、4月から本格的にスタートしましょう、って言ってくれました」


 それを聞いて、俺は安心するが、少し疑問も感じた。

「随分、良心的な人だな」


「うん。しっかりした会社みたい。多くの有名なアーティストやミュージシャンを生み出している会社らしいよ」


「おお、それは頼もしい!」

 麻弥が興奮している。


「契約も4月からということか?」

「そうみたい。ちゃんと家族と話して、住む場所なんかも確保しないといけないから、その時間もくれるそうだよ」

 金山さんも、嬉しそうに微笑んでいた。



 こうして、本当に予期せぬところから、俺たち『NRA』のデビューが決まった。

 だが、麻弥は、帰りの飛行機の中で、難しい顔で。


「うーん。デビューが決まったのはいいけど、それに合わせて新しい曲が欲しいな」

 と言っていた。


「新しい曲?」

「そう。デビューに相応しい、バリバリのロックンロールをね」

「じゃあ、日本に帰ったら、みんなで考えましょう」

 金山さんの一言に同意する俺たち。



 帰国後、早速、みんなにこの話をした。


 まずは、家族との話し合いだ。

 これはなかなか難航した。


 ウチの両親は、意外なことだが、あっさりと認めてくれた。まあ、俺は男だし、そんなに心配されてなかったのかもしれない。


 麻弥の家も、麻弥が音楽を真剣にやっていることに理解があったし、彼女の父は元・バンドのドラマーだからこういうことには理解があったのが幸いした。


 金山さんも元々アメリカ帰りだし、両親は国際的な判断基準を持っているから、すんなり認めてくれたようだ。


 ウィスも、イギリスから日本に来ているし、母親がヴァイオリニストで、兄がベースを弾いていたから、全面的に賛成してくれたようだ。


 問題は、白戸先輩と翼だった。


 白戸先輩の父は、日本を代表する電機メーカーの社長で、彼女は一人娘だったから、将来的に社長職を継ぐかもしれない立場だ。当然、反対された。

 前に彼女の父の前で演奏したことはあったが、今回ばかりは海外ということもあり、強く反対されたようだ。


 そして、翼。奴は若すぎた。まだ高1だから、まずは学業を優先させ、せめて高校を卒業してからにしろ、と反対された。


 とりあえず、この二人に関しては、引き続き説得をすることで、その場は収めることにした。



 2月。

 いよいよ卒業が近くなる中、俺たちは麻弥によって、スタジオに集められた。


「やっぱ、デビュー曲って、重要よ」

 彼女は、集まった途端、そんなことを口にした。


「ああ、新曲のことか?」

「そう。せっかくのアメリカデビュー。インパクトのある曲名と、曲が欲しいわね」


「相変わらず、ざっくりしてますね、アネゴは」

 まだニューヨークに行くかもわからないのに、翼は愚痴っていた。


「では、みんなで考えましょう」

 同じく、家庭に不安を抱えているはずの白戸先輩が明るく言った。


 で、みんなで散々考えた結果。


 曲調は、やはりバリバリのロック、ということが決まり、曲名が問題になった。


「なんかいい曲名ないかな?」

 麻弥がそう呟く中。

 

 俺は、ニューヨークに行った時のことを思い出していた。確かあの時、ロックフェラーセンターに昇って、「ロックの頂点」を誓い合ったな。

 あの時の、あの場所、なんて言ったっけ。


「金山さん。あのロックフェラーセンターの頂上って、なんて言ったっけ?」

 金山さんは、すぐに思い出したようだった。


「ああ。『Top Of The Rock』ね。そのまんま『ロックの頂点』って意味ね」

 その一言に麻弥が、あざとく反応した。


「それよ!」

「えっ?」


「『Top Of The Rock』! まさにこれから世界で、ロックの頂点を目指すあたしたちには、相応しい名前じゃない」

 麻弥の鶴の一声で、決まった。


 『Top Of The Rock』。それがこれから作られる、俺たちの新曲の名前で、デビュー曲になった。


 後は、作曲ができる白戸先輩が、少しずつ作ってくれることになった。


 時間はそんなにない。

 2月から準備して、3月には卒業。そして、渡米して家を探して、4月にはデビュー。


 いよいよ俺たちの人生の岐路が見えてきた。

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