Stage.37 Rock and Roll Hall of Fame

 行き先はオハイオ州クリーブランドにある「ロックの殿堂」。

 無謀にも車でニューヨークからクリーブランドまで、約755キロを走る旅が始まった。


 この旅は、東京から青森に行った時とは比べ物にならないくらい、大変な旅だった。


 まず、麻弥が予約したレンタカー屋に行ったが。


「This is the closest thing I cloud find.」(これが店で一番近いものです)

「Really?」


 交渉している金山さんの表情が暗かった。


 インターネットで、適当に予約していた麻弥が選んだレンタカー屋は、ヒドかった。

 年代物の、古いバンを貸してくれたが、ここはアメリカ。


 日本とは勝手が違う。

 バンの整備もされているかどうか怪しかった。


 一体、何年物のヴィンテージ・カーかと思うほど、古いバンしか借りられる車がなかった。


「OK. I have decided.」(OK。決めました)

 渋々ながら頷く金山さんだった。


 一応、何とか交渉はまとまり、結局、金山さんが全部交渉して車を借りることができた。


 が、そもそも古すぎてナビなんてついてなかった。


 いきなり最初からつまずいた、と思ったら。


 ニューヨーク市街地から、ハドソン川を越え、隣のニューアークを過ぎる頃、風景は一気に田園風景へと広がっていく。


 アメリカの大地は想像以上に広大だった。


 だが、慣れない右ハンドルの車で、右車線を走りながら、麻弥は楽しそうで、上機嫌だったが。


「これぞ、アメリカ! 道広いし、走りやすい!」

 そのセリフは北海道でも言っていた気がするが。


 だが、俺たちはまだアメリカの怖さをわかってなかった。



 ニューヨークから数時間。

 とある田舎の通りを走っていたら。


 突然、「パン!」という乾いた音が後方から響いた。銃声だった。


「えっ。今のって?」

「銃声ですね」

 後ろであからさまに怖がる白戸先輩と、めちゃくちゃ冷静な金山さんの声が聞こえた。


 次の瞬間、猛烈なスピードで疾走する車が、俺たちの車を追い越し、続いてサイレンを鳴らしたパトカーが、その車を追って、同じく追い越して行った。


「ああ、犯人追跡ね」

 冷静な麻弥の声。元々、こいつは人一倍度胸があるから、妙に納得するが。


 一方、白戸先輩は、怖がって震えていて、ちょっとかわいそうだったが。

「まあ、アメリカじゃよくありますよ」

 金山さんは至って冷静だった。


「よくあるの?」

「うん。だって、アメリカのハイウェイポリスは、暴徒鎮圧用にショットガン持ってるし」

 何でもないことのように言う金山さんだったが、冷静に考えれば恐ろしい。


 ショットガンって、戦争でもやる気か、アメリカ人。しかも簡単に銃を撃つし。

 日本とは、あまりにも勝手が違いすぎる。


 怖がっている白戸先輩を金山さんと、ウィスがなだめていた。



 さらに、悲劇は続く。

 出発から、6、7時間後くらい。


 ペンシルベニア州の、何もない田舎の一本道で。

 車が止まった。


 何事かと思ったら、麻弥が。

「あ、ガス欠だわ」

 と、のんきに言い出したから、俺はキレ気味に、


「バカ! なんで、入れておかないんだ?」

 と聞くと、


「いや、だってよくわかんなかったし。メーターこれなんだね。あとガソリンスタンドもなかったし」

 超適当な麻弥だった。っていうかメーターの場所も知らないで運転してたのか。


 とりあえずどうするか、考えないといけないが、この重たいバンを押すことなどできやしない。


 ましてや、こんな田舎の一本道だし、日本みたいにレンタル保証で、ロードサービスが受けられるとかいう特典もなかった。


 途方に暮れる俺たち。

 すでに陽が傾いてきており、夜になればますますピンチになる。


「ええ。どうしましょう!」

 と、パニクっている白戸先輩。


「まあ、なんとかなりますよ」

 と、やけにのんびりしている金山さん。


「誰かに助けてもらいますか?」

 と、近隣の家を探すウィス。


「だからアネゴに任せるのイヤだったんですよ」

 と、今さらながら麻弥を非難する翼。


 そんな中、俺は。

「仕方がない。家を探すか、助けを呼ぶしかない」

 腐ってても仕方がないので、まず解決策を探した。


 が、アメリカってのは途方もなく広い。

 だだっ広い一本道で、この辺りには人家もロクになかった。


 陽が暮れようとしている中、道路の右車線で立ち止まるバン。

 そして、車は滅多に通らない。


 絶体絶命のピンチだった。


 とりあえず、ウィスには近くにある家を探してもらい、金山さんにはレンタカー会社に連絡をしてもらうことにした。


 が、家はこの近くに全然なく、かろうじて300メートルほど先にあった1軒の家は、不在。

 レンタカー会社はそもそも電話にも出なかった。


 いよいよ本格的にピンチになる中。


 30分ほどもそうしていると。


 突然、クラクションの音が鳴った。

 後方を見ると、1台のピックアップトラックがこちらに向かっていた。

 どうやら運よく、俺たちを見つけてくれた地元の人の車らしかった。車は俺たちの車のすぐ後ろで停まった。


 すぐに金山さんが駆け寄って、運転席越しに運転手と会話をする。


 俺たちが見守る中、彼女は駆け足で戻ってきて、

「みなさん、助かりました! この人、ガソリン持ってるから分けてくれるそうです!」

 やっと光明が差してきたのだった。


 聞くと、この人はこの近くの小さな町に住んでいるおじさんで、たまたま仕事帰りにここを通った時に、俺たちを見つけたという。


 幸い、ポンプも持っているし、ガソリンも余っているから分けてくれるということだった。


 車を横付けし、慣れた手つきで、おじさんは自分の車のガソリンを、ポンプを使って、分け入れてくれた。


 俺たちは金山さんが英語で何度もお礼を言うのを、一緒に頭を下げて、見守り、何とかこのピンチは脱した。

 ちなみに、おじさんは親切にも近くのガソリンスタンドの場所まで教えてくれた。

 世界中、どこに行っても優しい人というのはいるものだ。



 時刻はもう夕方7時。

 陽が暮れていた。


 次は宿探しだったが。

 見つからなかった。


「大体、ここどこなのよ」

 詳細な地図すら持たず、とりあえず携帯電話と、ニューヨークで買った、簡単な地図だけを頼りにスタートした旅は早くもつまずいていた。


「俺が知るか」

 キレ気味になってきた俺。


「おなか空きましたねえ」

 白戸先輩が、物悲しい声を上げ、


「だからアネゴは……」

 ぶつぶつと文句を言い始める翼。


 一方、冷静だったのは、アメリカ生活が長い金山さんと、外国人のウィスだった。

「多分ですけど、この道を真っすぐ行くと、街がありますよ」

「何とかなりますよ、きっと」


 意外にも冷静な二人に従い、とりあえず道を真っすぐ進む。


 やがて、「Brookvilleブルックヴィル」と書かれた標識が見えてきた。

 人家もわずかながらあるが、実に小さな町だった。つまり、宿自体も期待できそうになかった。

 

 そもそも、この小さな町にはマクドナルドすらないようだった。


 仕方ないので、メインストリートに、偶然小さなピザ屋を見つけたウィスが、そのピザ屋に聞きに行った。

 俺たちは、空腹に悩まされながら、帰りを待つしかなかったが。

 

 やがて、手にテイクアウトのピザを持ち帰ってきたウィスが明るい声を上げた。

「みなさん。よかったですね。この通りを真っすぐ行った先にモーテルがあるそうですよ」

「モーテル?」

「あんた、モーテルも知らないの。よくアメリカのドラマとかに出てくるでしょ」

 何故か、麻弥に怒られた。


「そうそう。アメリカは車社会ですからね。車で旅をする人向けの、安いモーテルが色々なところにあるんです」

 金山さんが得意げにそう言った。


 要は車旅行者向けの安宿ということだな。この際、贅沢は言ってられない。


 と、いうことで、車内でウィスが買ってきたピザを食べながら、暗い夜道をさらにひた走ること20分あまり。


 やっと、

「Motel」

 と書かれた、小汚い看板を見つけた。


 何台か車が止まっているが、なんとも寂しい、潰れそうなモーテルだった。


 だが、もう夜は遅いし、他に選択肢もない俺たちはここに入るしかなかった。


 車を降りて、荷物を下ろし、全員でモーテルに向かう。


 受付にいた、50歳くらいのおばさんが、何か不審な人物でも見るように、こちらを睨んでいた。

 そんな中、臆することなく、金山さんが交渉する。


 すると、金山さんが俺たちに振り返って告げた。

「一部屋で50ドル。まあ、安い方ですね」

 

 1ドルが大体105円くらいで計算すると、5000円ちょっと。

 2部屋借りても1万5000円はいかない。

 ちなみに、モーテルは部屋単位で、料金が発生するので、人数は関係ないという。もっとも女子4人組は狭いだろうが。


 妥協するしかなかった。


 とりあえず、ここにはホテルのようなサービスはなかったが、タオルも石けんもあったし、翌朝には簡単な朝食もついてくるようだ。


 さすがにその晩は疲れたので、いちいち話しかけてくる、翼を半ば無視して、眠りについた。



 翌朝。

 簡単な朝食を食べていると、宿泊客の一人の、おじいさんが声をかけてきた。


 金山さんが対応しているが、どうやら「どこから来た?」とか「どこに行くのか?」と聞かれているらしい。

 彼女は、相変わらず流暢な英語で、明るく会話をしていた。


 そして。

「『ロックの殿堂』に行くなら、この『322』という道を真っすぐたどれば、3時間ちょっとで着くそうですよ」

 さすがにこういうところは頼もしい。


 やっと、俺たちに希望の光が見えてきた。


 俺たちは、おじいさんに礼を言って、モーテルを出発。



 ところが。

 出発してから1時間半後。


「あれ、ここ、どこだっけ?」

 麻弥が首を傾げながら、辺りを見ていた。

 なお、給油は今朝の段階で済ませていた。


「お前、せっかく教えてもらったのに、なんで道に迷うんだ?」

「んなこと言っても、しょうがないじゃない。慣れてないんだから」

 逆ギレする麻弥だった。


「どこかで道を間違えたんじゃないですか?」

「もう、アネゴ。しっかりして下さいよ」

「まあまあ、まだ時間はありますし」

 それぞれ、白戸先輩、翼、そして金山さんの言葉だ。

 ちなみにウィスは何故か寝ていた。疲れが残っているのか、後ろの席で、一人可愛らしい寝息を立てていた。


 30分後。俺たちの目の前に見えてきたのは、海だった。

「あっれー。なんか海に出ちゃったよ」

 と遠くに見える水平線を見つめている、麻弥に対し、


「あれは海じゃありませんね。湖です」

 と金山さんが発言した。


「湖? あんなにデカいのに?」

 俺も驚いて聞き返すが。

「そう。聞いたことない? 五大湖って奴よ」

 確か地理の授業で習った気がする。


 アメリカ北部にある、5つの大きな湖だった気がする。

「オンタリオ湖、エリー湖、ヒューロン湖、ミシガン湖、そしてスペリオル湖。あれは多分、一番南にあるエリー湖ですね」

 そう丁寧に説明する金山さんが頼もしく見えた。


「へえ。あれが湖? デカいなあ」

 妙に感傷に浸っている麻弥に対し、


「でも、エリー湖まで来たってことは、この湖沿いの道を真っすぐ行くと、クリーブランドに着きますよ」

 金山さんの声が明るい。


 ところが、やはり俺たちの目測は甘かった。


 アメリカの広さはとんでもなかったからだ。

 道を間違え、時間をロスしていた俺たちは、そこから100マイル、3時間近くの時間をかけて、ようやく昼過ぎの2時頃に目的地に到着した。


「ロックの殿堂」。正式には「Rock and Roll Hall of Fame」、つまり「ロックンロールの殿堂」が正しい言い方だ。


 7階建ての巨大なこの建物は、世界中から選ばれたロックンローラーが表彰され、ロックンロールの歴史やその発展に影響を与えたアーティスト、プロデューサー、エンジニアなどの著名人を展示・記録している。

 しかも、ここにはミュージシャンやプロデューサーなどが実際に使用していた衣装や機材などが合計で10万点以上展示されており、総面積が1万4000平方メートルに及ぶという、世界最大級の音楽の博物館なのだ。


「デカいなあ!」

 その想像以上に大きな建物を前に立ち尽くしている麻弥。


「とりあえず入るぞ」

 俺が真っ先に踏み出したのも、この想像以上の博物館に興味を惹かれたからだろう。


 1階の入口から入ると、カフェや特別ステージ、そして「Backstage Storiesバックステージ・ストーリーズ」という区画がある。


 地下1階が博物館のメインギャラリーになっていて、ここは圧巻だった。


 ロックンロールのルーツとなった、ゴスペル、ブルース、R&B、フォーク、カントリー、ブルーグラスの展示。


 また、ロックンロールに大きな影響を与えた都市(メンフィス、デトロイト、ロンドン、リバプール、サンフランシスコ、ロサンゼルス、ニューヨーク、シアトルなど)の展示もある。


 さらに他にもソウルミュージック、50年代の楽曲、サン・レコード、ヒップホップ、クリーブランドにおけるロックンロールの遺産、中西部の音楽、ロックロールラジオとDJ、ロックンロールに対する抗議の展示などまであった。


 そして、俺が一番興味を惹かれたのが。


 『The Beatles』、『The Rolling stones』、『Jimi Hendrix』と記載された、個々のアーティストに関する展示だった。


 それらを丹念に見ながら、先人たちの偉大さを噛みしめていく。


 もはや言葉はいらなかった。


 みんな、興味深そうにこの展示に見入っていた。


 2階には、一発屋の演目とロックンロールを形成した曲を特集した双方向展示のキオスクがあり、レスポール、アラン・フリード、サム・フィリップス、及びオーディオ技術の進化に関する人工的遺産の展示。


 3階には、博物館の殿堂セクション。

 ここでは『The Power of Rock Experience』という名で、映画が上映されており、殿堂入り式典のハイライト映像も流れていた。


 そして、最も驚かされたのが、最上階の2フロアだった。


 『Elvis Presley』、『The Supremesスプリームス』、『The Who』、『U2』、『John Lennon』、『The Clash』、『Grateful Deadグレイトフル・デッド』、『Bruce Springsteenブルース・スプリングスティーン』、『The

Rolling Stones』などの多数の展示が、これでもか、というぐらいに広がっていた。


 それらを見ながら、声にならない感動を覚える俺。


「すごいね、これは」

 麻弥が近くで驚嘆の声を上げている。


「苦労して来た甲斐がありましたね」

 と、白戸先輩も見入っている。


「私も来たことなかったですけど、面白いところですね」

 金山さんは、ヴォーカルのコーナーを注意深く見ている。


「Wonderful! イギリスのロック・バンドの展示も多数ありますね」

 イギリス人のウィスが、いつもの控えめさとは比べ物にならないくらい興奮した声を上げている。


「ふーん。すごいですね」

 相変わらず、どこかシニカルな翼は、それでも感じるものがあったようだ。



 結局、一通り見て回るだけで3時間くらい費やし、見終わった頃には、すっかり陽が西に傾いていた。


 とりあえず、俺たちは1階にあるカフェに落ち着いた。


「いや、面白かったね。ここまで来た甲斐があったでしょ」

 得意げにそう言って、コーヒーカップを傾ける麻弥。


「それはいいけど、これからどうするんだ?」

 と、当然ながら心配する俺に対し、


「ああ、そうだね。とりあえず今日はこのクリーブランドに泊まって、明日ハイウェイで帰ろうか」

 と、麻弥が提案すると。


「それがいいです、麻弥先輩。アメリカって、夜は出歩くと銃で撃たれるって言いますし、私、怖いです」

 と、白戸先輩が泣きそうな顔をしていた。

 あの銃撃が余程怖かったらしい。まあ、この娘はこの中じゃ一番の箱入り娘のお嬢様だから仕方がない。


「大丈夫ですよ、白戸先輩。そんな簡単に撃たれませんって」

 と、金山さんが励ますも、やはり白戸先輩は夜は怖いようだ。


「でしたら、最後のアメリカの夜を楽しみましょう」

 ウィスは、見たかった物が見れたからなのか、上機嫌にそう言った。


「いいですね。最後くらい派手にパーッと遊びに行きましょう」

 翼も同意する。


 と、いうことで、俺たちはまず宿を探しにクリーブランドの街に繰り出した。


 幸いにもクリーブランド自体が、そこそこ大きな街だから、宿は簡単に見つかった。


 クリーブランドは、人口約39万6000人程度の、中都市。最も有名な観光地がこの「ロックの殿堂」で、他に「ウェストサイド・マーケット」という市場があるが、18時で閉まるため、選択肢には入らない。


 宿に荷物を置き、ひとまず夕食を食べに出かけた。


 向かったのは、ダウンタウンで、そこでたまたま見つけたバーに、麻弥は吸い込まれるように入って行った。


 何故かと思ったら、音楽が聴こえてきたからだった。


 中は、バー兼レストランのようになっており、テーブル席とカウンター席が並び、中央に小さなステージがあり、そこで地元の若者が演奏していた。


 聴いたことがない曲で、恐らく彼らのオリジナルだと思うが、テーブル席に着いた麻弥は、


「こういうのいいわね。いつもあたしたちが演奏する側だから」

 と、興味深そうに彼らの演奏に聴き入っていた。


 注文は金山さんがまとめて受けてくれたが。


「あたし、ウィスキーね。アーリータイムズよろしく」

 早くも飲む気満々の麻弥だった。しかもしっかりと銘柄まで指定してるし。

 アーリータイムズとは、アメリカを代表するバーボン・ウィスキーの銘柄だ。


「もう飲むのか、お前」

「固いこと言わないの。あたしは運転で疲れてるの。今日はもう運転しないから、少しくらいいいでしょ?」

 と、すでに食事よりも酒に目が向いていた。


 こいつは、将来絶対酒におぼれるタイプだな、と思った。


 で、未成年の俺たちは、アメリカ的なハンバーガーやチキン、フライドポテトを食べながら、のんびりと彼らの演奏に聴き入っていた。


 久しぶりに、まったりとした時間が流れたが。


 帰ろうとすると、麻弥はもう出来上がっていた。

「ふぅ。飲んだ飲んだ~」

 と酔っ払い親父のように、ふらふらと立ち上がる。


 足元が怪しい。


 仕方ないので、白戸先輩と金山さんに頼んで、麻弥を両脇から支えてもらい、ホテルまで連れて帰ることにした。


「まったくこれだから酔っ払いは」

 と、翼はぐちぐち文句を言っており、


「ふふふ。きっと麻弥さんも疲れたんでしょうね。今日は早めに休ませてあげましょう」

 心優しいウィスは、そう言って気遣っていた。


 そうして、夜は更けていき、翌朝。



 さすがに帰りは、ハイウェイを使うことになった。

 単純に時間短縮と、そっちの方が迷わないからというのもあっただろうけど。


 しかも、またも警察のパトカーが、違反車両か犯罪者を追いかけて、銃を撃っている場面に遭遇。

 白戸先輩が、気の毒なくらい怖がっていた。


 っていうか、どんだけ銃が好きなんだ、アメリカ。


 無事、8時間ほどでニューヨークに到着し、レンタカーを返却。


 後は、空港に向かうだけとなった。


 その途上。

 帰りは行きと違い、地下鉄とエアトレインを使って、1時間あまり時間をかけて、ジョン・F・ケネディ国際空港に向かった。


 俺と麻弥以外は、ほとんどが疲れていたのか、寝ていたか、うとうとしていた。


「優也」


 俺もうとうとしかかっていたから、声を呼ばれて寝ぼけ眼を向けた。

 真剣な表情の麻弥が、足を組んで、車窓の外に目を向けていた。


「なんだ?」

「もしかしたら、このアメリカ行きがあたしたちのバンドの運命を変えるかもしれないわよ」

 何故か予言めいたことを呟く麻弥だった。

 しかし、その真剣な眼差しは冗談を言っているようには見えなかった。


「そうか。だったらいいな」

 俺はそれだけを呟き、まぶたを閉じた。


 たまに、彼女はこういう予言めいたことを言うことがある。

 しかも、彼女のその予言はよく的中するのだ。


 まあ、もっともこの時は「そんなことないだろう」くらいにしか俺は思ってなかったのだが。


 こうして、2度目のアメリカ旅行は終了した。

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