Stage.34 襲来する者

 会長専用のオフィスチェアに座り、女子二人を見る俺。


 3年生になった、金山さんと2年生になった、ウィスだった。

 つまり、俺は4月の高校3年生進級と同時に、ハードロック同好会の会長になった。

 今日は、その最初の会合。というか始業式が終わった次の日に適当に集まっただけだが。


 最初、別に会長なんてやるつもりはなく、金山さんに譲ると言ったのだが。

「何、言ってんの。君がやらなきゃダメでしょ。麻弥先輩がいた頃からいた君が、その魂を受け継がないと」

 と、何やらやたらと熱く説かれ、渋々ながら了承したのだ。


 ただ、またこの問題が浮上してくる。

「結局、また1人足りないんだな。なんか、毎年1人足りなくなってないか、この同好会」

 溜め息交じりに呟くと。


「ああ、そういえば去年も一昨年も1人不足だったね」

 と、金山さん。


「でも、同好会では1人足りなくても、『NRA』としては人数足りてるので、もう充分な気がしますけどね」

 流暢な日本語で答えるウィス。


 そうなのだ。「ハードロック同好会」、つまり同好会としては規則で4人以上いないと解散になるが、バンド『NRA』としてはもう十分人数は足りているから必要ないのだ。


「もう、同好会なんて解散でいいんじゃないの?」

 俺が半ば諦め気味に呟くと。


「でも、せっかく麻弥先輩たちが受け継いでくれたのに……」

 何故かそう残念そうに呟く金山さんだった。


「受け継いだって言っても、成り行きで続けてただけだろ」

 そう、俺は少し投げやり気味に返答した。


 その瞬間だった。

 部室のドアが突然、開かれた。


 俺を含め、3人が一斉にドアの方に注視する。


 そこには、驚くべき奴が、真新しい制服姿で立っていた。


「赤坂さん!」

 そう俺のことを呼ぶ奴は、ウィス以外には一人しかいない。


 緋室翼だった。


 身長150センチと少ししかないと思われる、このあどけなさの残る少年が、嬉々とした表情を浮かべていた。背中にはギターケースを背負っている。


 俺は、すでに嫌な予感がしていたが。


 奴は、驚愕の表情を浮かべる俺たちを尻目に、つかつかと、俺が座っているオフィスチェア付近まで来て。


「ボクも入学しました。是非、『ハードロック同好会』に入れて下さい。一緒に音楽やりましょう!」


 と、やたらと気合いが入った、そして期待と羨望の熱い眼差しを向けてきた。


「翼くんじゃない! いいんじゃない、赤坂くん。ちょうど人手不足だったし」

 金山さんは、元から俺と翼の関係を、楽しんでいた節がある。だからなのだろう。速攻で嬉しそうに勧めてきた。


「Wow. あの時の少年ですね。ギターできるならいいんじゃないですか?」

 ウィスまで、嬉しそうに賛成しているが。


 俺は、別のことが気になっていた。

「でもな。俺たちにはもうギターがいる。お前の入るところなんて、ないんだぞ、翼」

 と、奴に現実の厳しさを突きつけるように発言した。


 そう、我がバンドにはリードギターの俺、リズムギター兼ヴォーカルの金山さん、ベースのウィス、キーボードの白戸先輩、そしてドラムの麻弥とメンバーが揃っている。


 別に今さら、新しいギタリストなんていらないのだ。


 ところが、奴は、少しも怖気づいた様子もなく、悪びれることなく、

「そんなことないですよね。それにボク、ギターには自信があります。金山先輩がヴォーカルに専念すれば、ボクが代わりにリズムギターをやりますよ」

 と、勢いよく言い出した。


 しかも、

「ああ、それならいいんじゃない。私も元々、ヴォーカル専門だし、ヴォーカルでプロ目指してるからね」

 と、ギターパートを奪われるはずの、金山さんが、乗り気になっている。


「本当にそれでいいの、金山さん? せっかく黒田先輩や俺がギター、教えたのに」

 突っ込んで聞いてみたが。


「うん。別にいいよ。元々、私はギター向いてないし」

 あっさりとそう答えたから、俺としてはもう文句は言えなかった。


「じゃあ、決まりですね! よろしくお願いします、赤坂さん!」

 めちゃくちゃ嬉しそうに、俺に飛びつくような勢いで、奴は言ってきたが。


「まあ、俺は正直、乗り気じゃないが、仕方ない。それより、ちゃんと先輩たちにも挨拶しろ」

 と、少し厳しい口調で諭すと。


「そんな寂しいこと言わないで下さいよ、赤坂さん」

 と、口を尖らせて言った後、奴は渋々ながらも、金山さんとウィスに挨拶をしていた。


「よかったね、赤坂くん。これで同好会は解散しなくて済むよ」

「翼が入って、新しくギター増えれば、音楽性も増しますね」

 金山さんもウィスも、なんだか嬉しそうに語り、新1年生を迎えていた。


 しかも、この二人に対しては、翼はあまり反抗的な態度は見せず、むしろ懐いているようにも見える。


 が、俺はもっと別の心配をしていた。


 そう、麻弥だ。


(はあ。あいつに言うのが一番面倒臭い。絶対、文句言ってくるに決まってる)

 何故か、仲の悪い翼と麻弥。


 これは、バンド自体に波乱の予感がした。

 つまり、バンドなんてものは、結局、人間関係が原因で解散するのが、一番多い。

 確か、いつだったか、リーダーの麻弥自身がそう言ってたが。

 実際、「音楽性の違い」や「方向性の違い」などという、もっともらしい理由よりも、単に「あいつが嫌い」、や「あいつと音楽なんてやりたくない」という理由で決裂して、解散するのが一番多いのだ。



 そして、俺の懸念が現実の物となる。

 

 メッセンジャーで送るのも面倒だから、放課後、部活が終わった後、一人で帰宅する時に、直接、麻弥に電話して、翼のことを話したら。


「はあ。翼ちゃんが入った? あんた、何勝手に決めてんの。あたしがいつ、いいって言った?」

 その声は、早くも、かなりご機嫌斜めだった。


「だから、とりあえずハードロック同好会に入れたって言ってんだろ。別に『NRA』に入れたとは言ってない」

 言い訳臭く、そう反論していた俺だったが、麻弥の機嫌は戻らないままだった。


「バカ。カナカナがギターパートを譲るってことは、それって、もう決定事項じゃない」

「いや、まあ。なんというか……」


「あんたじゃ話にならない。いいわ、あたしが直接あいつに言ってやる!」

 そう、強い口調で言いきって、麻弥は一方的に電話を切った。


 ああ、俺の嫌な予感、的中。



 翌日の放課後。

「部活はいいから、翼ちゃんを連れて、いつもの喫茶店に来なさい」


 命令口調の麻弥から、グループメッセージが翼意外の部員に送られてきた。翼はまだ入ったばかりだから、そのメッセンジャーを知らない。


 仕方ないから、会長として、俺は金山さん、ウィス、そして問題の翼を連れて、放課後に一旦部室に集まるように指示してから、3人を連れて、いつもよく使う喫茶店に向かった。


 喫茶店の4人がけテーブルの奥に座って、足を組み、イラついているような表情の麻弥を発見し、とりあえず注文のコーヒーを受け取って、向かった。

 その隣には困ったような顔の白戸先輩もいた。彼女も麻弥と同じ音大に進んだから、今日は私服姿だった。


 麻弥は、機嫌が悪そうに、空いていた、隣の机と椅子2つを4人がけに寄せて、くっつけた。

 とりあえず、俺たち6人が席についた。


「で、一体どういうつもりかしら、翼ちゃん」

 いきなり翼に対して、喧嘩腰で、鋭い目線を向ける麻弥。不機嫌オーラが全開だった。


「どういうつもりも何も、最初からボクは、赤坂さんと一緒に音楽やりたいって言ったじゃないですか」

 翼は、逆に麻弥にだけはやたらと強気になるというか、遠慮せずに言葉をぶつける。と、いうかこいつは小さくて、可愛らしい見た目に反して、意外と気が強い。


「だから、あたしは認めてないって」

「なんで、あなたの許可がいるんですか? ハードロック同好会の一員として、認められれば、別に問題ないじゃないですか?」

「あたしは、『NRA』のリーダーだからよ。あたしが許可しない限り、翼ちゃん。あんたは一員でも何でもない」


「赤坂さんが認めたんだからいいじゃないですか。それと、ボクのことを『翼ちゃん』って呼ぶのやめて下さい、って言いましたよね」

「そんなのあたしの勝手でしょ」

「わかりました。だったら、ボクもあなたのことを『アネゴ』と呼びます」

「誰がアネゴよ!」


 たちまち、言い争いのケンカに発展していた。もう埒が明かない。

 さすがに見るに見かねた俺は、横から口を挟んだ。


「まあまあ、落ち着け、二人とも」

 そう言うと、二人は互いにソッポを向いてしまう。

 俺と白戸先輩、金山さんとウィスは苦笑い。


「とりあえず、麻弥。翼の演奏を聴いてみてから、判断してみろ」

 俺がそう言うと、翼は目を輝かせ、


「さすが赤坂さん! ボクの演奏技術を見たいんですね。喜んでお見せしますよ!」

 と、俺の方を見るが、麻弥は、納得していないようだった。


「なんで、そんなメンドいことしなきゃいけないわけ」

「だから、金山さんがヴォーカルに専念したいって言ってるし、とりあえず聴くだけでも」


 すると、アイスコーヒーを一気に飲み干してから、彼女は、

「あー、もうわかったわよ。とりあえず聴いてやるから、さっさと準備しなさい」

 ようやく納得したようだが、機嫌は悪かった。



 と、いうことで、急きょ、その日の夕方に、メンバー全員でスタジオに行った。

 もちろん、翼の演奏を聴くためだけに。

 とりあえず、もしかしたら、バンド演奏をするかもしれないので、10帖の部屋を借りてみた。


 一通りのセットは揃っているし、4、5人くらい(俺たちは総勢6人だったが)ならバンド演奏もできる。


「じゃ、早速なんかやってみて」

 麻弥は、ふんぞり返ったように、床に胡坐あぐらをかいていた。


 一方、手慣れた手つきで、翼はアンプにギターをつなぎ、

「わかりました」

 と、だけ言って、演奏を開始した。


 ちなみに、翼のギターは、『Fenderフェンダー USA American Performer Mustangムスタング』の青色のものだった。


 前奏からギターの軽やかなストロークが入る。

 この曲は。


 『Oasis』の有名な曲『Wonderwall』だった。

 しかも、年上の先輩たちの前でも、彼は臆することなく、軽やかな手つきでピックを当てて、正確にストロークしていく。


 それも、正直言って、上手かった。

 金山さんが決して下手なわけではないが、彼女の場合、ヴォーカルのついでにギターをやっていたから、ギタリストの技術としては、今一つの部分があったのは否めない。


 ところが、翼の技術は、素人に毛が生えた程度とは言えないくらい、上手かった。

 一体、どこでこんなギタープレイを学んだのか、と驚くくらいだった。


 歌こそついていないが、それは観客がいれば、惹きつけるのに十分な魅力があった。


 白戸先輩も、そしてギターパートを譲る予定の金山さんも、ウィスも聴き入っていっるようだった。


 曲が終わると、翼は。

「どうですか? 何でしたら、もう1曲、別のをやりましょうか?」

 と自信たっぷりの表情で、麻弥の方を向く。


「……いいわ。まあ、演奏は確かに上手いみたいね」

 麻弥は、心なしか悔しそうな、苦虫をみ潰したような顔で言った。


「じゃあ?」

「でもね、それとこれとは別。あたしは、あんたを『NRA』に入れるなんて、一言も言ってない」

 さらに意地を張る、麻弥。


 さすがに、俺は見兼ねていた。

「いい加減にしろ、麻弥」

 少し強い口調で言うと、彼女は、驚いた表情で俺を見てきた。


「優也」

「ガキじゃないんだ。変な意地張ってないで、素直に認めろ。こいつほどの才能を持つギタリストなんて、そうそう見つからないぞ。俺たちのデビューのためには必要だ」


 一瞬、辺りが緊迫感に包まれる。

 そして、やや間があって、


「……しょうがないわね。わかったわよ」

 やっと、渋々ながら納得するリーダー。


「ありがとうございます。がんばります」

 奴にしては、珍しく素直に麻弥に礼を言っていた。


 が、

「アネゴの力になれるよう、なんとかやってみます。まあ、ボクは赤坂さんしか興味ないですけどね」

「誰がアネゴよ。殺すわよ」


 早くも火花を散らせている二人だった。

 そして。


「赤坂さん。ありがとうございます! ボクにギターの才能があるなんて言ってくれて。ボク、すっごい嬉しかったです」

 翼は、まるで抱き着かんばかりの勢いで、俺のところにやってきて、満面の笑顔を浮かべていた。っていうか、距離が近い。あと、本当に男かと思うほど、こいつ、可愛らしい、というか中世的な顔してるな。


 と、思っていると。

「よかったね、翼くん。大好きな赤坂くんと一緒にギターできて」

 金山さんがそんなことを言って、笑顔を見せているが、あれは絶対、楽しんでる顔だな。俺と翼の関係を楽しんでる。


「ふふふ。よろしくお願いしますねー、緋室くん」

 白戸先輩も、何だか嬉しそうにしているし。


「翼が入ってくれて、ギタープレイの幅が広がるね」

 と、ウィスまで何だか調子のいいことを言っている。


 麻弥が、

「はあ。まったく前途多難だな。メンドくさい……」

 とか、ボソっと呟いているのを俺は聞いてしまったのだが。


 と、いうことで、緋室翼が新たな『NRA』のメンバーとして、加わり、総勢6人になった。


 なお、リードギターはあくまで俺で、翼はリズムギターに徹するという部分は変わらないらしい。

 金山さんは、元々ヴォーカル志望だから、リズムギターは基本的にはやめて、歌に専念するが、リードギターが2本必要な場合は、リズムギターとして入るということになった。


 ちなみに、翼は麻弥のことを本当に「アネゴ」と呼び始め、意固地になった麻弥も「翼ちゃん」と呼び続けていたから、二人の関係はやはり険悪なままだった。


 そして、いよいよ金山さんに、問題の時が迫っているのだった。

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