Stage.31 北から来る者

 2月9日、土曜日。

 この2月9、10、11日は3連休だった。


 そのためもあってか、客を呼び込もうとしたのだろうか。

 ライヴハウス『Star Dust』のチャノケンさんは、3連休中、ずっとライヴハウスでイベントを開催しており、集客を狙っているようだった。


 そのイベント第1弾が俺たち『NRA』の『紅玉』との対決イベントだった。

 何故、選ばれたかというと、最近、その『紅玉』が急速に力をつけているからだそうだ。


 元々、そんなに容姿だって悪くないし、ガールズ・ロック・バンドで、バリバリの洋楽ロックをやるし、そしてなんと言っても一番受けるのが桧皮さんの「津軽弁」らしかった。


 正直、意外だが、普段は聞きなれない、津軽弁をしゃべるバンドリーダーということで、何やらかなり注目を浴びているとか。


 ただ、正直、桧皮さんだけじゃ何を言ってるのか、わからないから、MCで桧皮さんがしゃべると、必ず砂川さんが通訳をするようだ。


 同じ日本人なのに、通訳がいるバンドも確かに他にいない。


 独自性、そして、恐らく「受け狙い」という意味でも、注目されて面白いから、同じく成長してきた『NRA』との「2大バンドマッチ」をやることになった、とチャノケンさんから聞いた。



 結局、例の課題曲3曲の練習に没頭し、俺は新曲の『ペルセウス座流星群』の音合わせを、2回ほどしかしていないのだが。


 その状態のまま、今日も『Gibson Res Paul』を背負って、約束の時間にライヴハウス『Star Dust』に向かった。


 俺たちは、集まると早速楽屋に向かうが。


 そこにはやはり彼女たちがいた。


「ついにこの時が来たべ。たちが悔しがる顔がだべ」

 挑発的な言葉を麻弥に向ける桧皮さん。


「そういうのは、あたしたちの演奏を聴いてから言うことね」

 麻耶もまた、強気に応じていた。


 そして、俺たちは、チャノケンさんから一通りの説明を受ける。


 「2大バンドマッチ」という名のこの日のイベントは、まさに俺たち「NRA」と「紅玉」がバンド対決をするというもので、お互いに演奏し、終わった後で、どちらがより盛り上がったか、面白かったかを、来てもらった客に投票してもらうそうだ。


 システムとしては、実にシンプルでわかりやすい。


 で、先行と後攻は、何故かチャノケンさんが、すでに決めていて、まずは「紅玉」かららしい。


、みんな。べ」


 リーダーの声と共に、あっさりと舞台に上がっていく彼女たち。


 俺たちは、いつものように、楽屋に設置された、舞台を映すモニターから彼女たちの様子を伺うことにした。


 すると、

「みんな、。今日は練習した成果、見せるべ。なよ」

「みんな、よく来たね。今日はたくさん練習した成果、見せるので、驚くなよ」

 わざわざ桧皮さんが津軽弁でしゃべり、それを砂川さんが通訳していた。


 しかも、それが観客に大受けだった。


 おまけに1曲目から、走っていた。


 彼女たちの1曲目。曲名が冗談にしか聞こえない。それは『リンゴリンゴ』。もちろん、青森にちなんだリンゴの歌だったが。

 そのタイトルといい、歌い方といい、歌詞といい、絶対、『THE BLUE HEARTS』の名曲『リンダリンダ』のパクリだろう。


 しかしながら、そのインパクトのある歌詞、それをちゃんとした日本語で歌うローシェンナ、おまけに正確なギターさばきをする桧皮さん、同じくベースの砂川さん、ドラムの若草さんも、上手かったからか、早くも観客からは大歓声が聞こえていた。


「やるじゃない」

 麻耶がちょっと悔しそうに呟き、


「Wow. 上手いですね」

 ウィスも驚きを隠せず、


「ローシェってあんなに歌、上手いんだね」

 と、金山さんも驚いていた。というか、いつの間にか「ローシェンナさん」を「ローシェ」と愛称で呼んでいたし。


「これは、負けてられませんねー」

 白戸先輩もじっと画面を凝視していた。


 2曲目。

『Heart』の『Never』だった。

 

 1985年、リリースで全米で最高4位を獲得している。

 

 今度は打って変わって、穏やかなポップスに近い入り方をする。


 ローシェンナさんのヴォーカルが入り、だんだんロック調にテンションを上げるように歌い、バックコーラスに桧皮さんや砂川さん、さらにドラムの若草さんまで入っていた。


 しかも相変わらず、演奏自体が正確で、失敗がほとんどない。


 2曲目が終わると、1曲目以上に盛り上がる客席。俺たちの予想を上回る出来だった。


 3曲目は『Shryl Crow』の『If It Makes You Happy』。これも名曲だ。


 ギターソロから入る曲。徐々にドラムが入り、ヴォーカルが入り、盛り上がる曲調。ヴォーカルのローシェンナさんが元々アメリカ人というのもあるが、信じられないくらい上手い出来だった。

 というか、雰囲気が上手い。


 サビの「If It Makes You Happy」の部分なんて、ウチのヴォーカルの金山さんと変わらないくらいの声量と技量にも感じる。


 1996年にリリースされた、この名曲は『Shryl Crow』の大ヒット曲。一度は耳にしたことがある人が多い曲だ。確か1997年のグラミー賞で、最優秀女性ロック・ヴォーカル・パフォーマンス賞を獲得している。


 最後のギターの部分が終わると、客席からはさらに盛大な拍手や歓声が飛んでいた。


 ここで、ひとまず彼女たちの演奏が終わるが、当然のようにアンコールが入った。


「アンコール!」


 その大合唱に迎えられ、一度袖に戻った彼女たちが再度、登壇する。


「ありがとう! じゃ、最後にこの曲行くべ。『Shryl Crow』で『Everything Is A Winding Road』!」


 『Everything Is A Winding Road』は、先程の曲と同じく1996年リリース。グラミー賞、最優秀レコード賞に輝いた、『Shryl Crow』の名曲の一つだ。週間シングルチャートでは、カナダで1位を獲得している。


 出だしから南国風のパーカッションが入る、ちょっと変わった曲だが、サビに入ると、一気にテンションが上がりそうな、伸びのいいヴォーカルの高音が光る、ノリのいい曲だ。


 観客の興奮は最高潮に達していた。


 これは『The Xero』にも劣らない出来だった。

 むしろ彼らを上回っているかもしれない、と思った。


 特にギターパートの桧皮さんの腕は一級品だった。同じくギターパートの俺はすでにプレッシャーを感じるほどだ。


 もっとも、全体的に、ミスらしいミスがない、正確な演奏をするバンドではあったが。


 終わってみると、もう観客は興奮の坩堝るつぼというか、ノリノリな雰囲気になっていた。


 それほど、彼女たちの演奏は素晴らしかった。


 舞台袖から楽屋に帰ってきた彼女たちは、汗だくになっていた。それだけ真剣にやったということだろう。


 俺たちは、リーダーの麻弥が、特に彼女たちに何も言わなかったので、同じように俺たちも無言で舞台袖へ向かった。


 そこでようやく、大人しかった麻弥が発言した。


「彼女たちは確かに上手いわ。技術はある。でも、音楽ってのは、技術でやるものじゃない。情熱さえあれば、乗り越えられるし、勝てるよ」


 そう言って、彼女は俺を見て。

「頼むよ、最高のロック・ギタリスト」


 俺に発破をかけたのだった。


 まあ、ある意味というか、このライヴ自体が俺のために用意してくれたような形になったしな。


 やるべきことはやってきた。

 俺に後悔はない。


「ああ、わかってるさ」


 その言葉だけで、十分だった。残りの3人もそれで安心したようだった。


 舞台に立つ俺たち。今日の構成は、いきなりMC、メンバー紹介、そして例の3曲。新曲の『ペルセウス座流星群』はアンコール用だった。


「みなさん、こんばんは。『NRA』です」

 から始まり、いつものように金山さんは、メンバーを一人一人紹介していく。


 俺は、習ったばかりのギターソロを披露するのが惜しくて、結局、『Smoke On the Water』のアルペジオをやっていたが。


 一通りメンバー紹介を終えると、

「では、ここからは一気に3曲行きますよ。今日は、私たちのギター、優也の腕の見せ所です。『Jailhouse Rock』、『Shapes Of Things』、そして『Purple Haze』です!」


「おおっ!」

 意外な選曲に、観衆がざわめいた。


 何しろ、この3曲はそれぞれ『Elvis Presley』、『Jeff Beck』、『Jimi Hendrix』の曲だからだ。


 1曲目。『Elvis Presley』の『Jailhouse Rock』。

 古いが、あまりにも有名な「監獄ロック」に観衆は揺れた。

 何しろ1957年の曲だ。

 俺たちが演奏した曲の中でも、最古を更新している。


 当然、この場の誰もが生まれていない。

 ただ、「ロックンロール」草創期の名曲、そして、多彩なギターリフが入る、まさにロックな曲だからか、客席は思った以上に反応してくれた。


 幸い、練習の甲斐もあり、一番目立つギターパートの俺は、何とかこれを乗り切った。


 終わってみると、ものすごい歓声と拍手が飛んできて、

「まさかの監獄ロック!」

「すげえ! 初めて聴いたぜ」

 と興奮気味な声が飛んできた。


 掴みは成功だった。


 2曲目は『Jeff Beck』の『Shapes Of Things』。

 リリースは、1966年。元々は『Yardbirdsヤードバーズ』の曲だ。

 ただ、『Jeff Beck』のお陰で有名になったともいえる。前半、中盤、後半を通して、ギターリフが難しく、複雑だが、なんとか失敗をせずにやり抜いた。


 それより、金山さんが、この名曲を歌えることで、気合いの入った、いつも以上の声量のハスキーボイスを上げていた。


 終わってみると。


「今度は、ジェフ・ベックか!」

「よっ、ギタリスト!」

「カッコいい!」


 などと次々に賞賛の声が飛んできた。

 麻耶の選曲に間違いはなかったようだ。


 そして、3曲目。

 いよいよやってきた。

 『Jimi Hendrix』の『Purple Haze』。

 直訳すると「紫の煙」。1966年に作られた名曲だが、練習の時に話したように、この曲は「ジミヘン」の曲。素人が真似をしても、決して「ジミヘン」の『Purple Haze』にはならない。


 ならば、もう割り切って、「俺の」『Purple Haze』にするしかない。

 批判されれば、その時はその時。

 腹をくくった。


 最初のギターリフからすでに難しく、非常に神経を集中しないと、失敗しそうで怖い。

 そのまま金山さんのヴォーカルが入るが、俺は、自分の演奏に必死で集中するしかなかった。


 中盤からはさらに難しいギターリフが入る。


 もう、運を天に任せるしかなかった。


 正直、客席の反応を見ている余裕もなかった。


 しかし、終わってみると、予想外の反応が返ってきた。


「うおお、ジミヘンだ!」

「シビれる!」


 と、いう声と共に、

「赤坂さん、カッコいい!」

 という聞いたことがある声が聞こえてきた。


 客席で大きく手を振っていたのは。

 

 翼だった。


 俺は、ちょっと苦笑いしていたと思う。


 まあ、それはともかく思いのほかの喚声と拍手で、会場は興奮状態に包まれていた。


 一旦、舞台袖に戻るが、すぐに。


「アンコールッ!」


 の大合唱に迎えられ、俺たちは再度、舞台に立つ。


「アンコール、ありがとう! じゃあ、最後は私たちの出来立ての新曲をここで初披露です!」

 と金山さんがマイクに叫ぶと、


「おおっ!」


 と客席がどよめく声が聞こえてきた。


 さすがにここで新曲を持ってくると予想していなかったんだろう。


「『ペルセウス座流星群』。聞いて下さい」

 そして、始まる初披露曲。


 一応、俺もギターで参加するが、この曲のメインはヴォーカルの金山さんだ。

 歌詞が美しく、叙情的で、しかも俺たちがいつもやっているような激しいロックな曲とは程遠い。


 優しいギターのイントロに始まり、ドラムもベースもキーボードも、いつもより優しげに、緩やかに入る。


 あとは、ひたすら日本語の歌詞を歌い上げる金山さん。


 だが、いつもは英語の歌詞ばかり聴いている観客には、むしろこれが新鮮で、受けた。


 終わってみると、

「まさかの新曲!」

「しかも全部日本語!」

「加奈ちゃん、すげえ!」


 金山さんが一番褒められていた。

 いまだざわつく会場を後にし、楽屋へ戻る俺たち。



 楽屋では、『紅玉』のメンバーが渋い表情で出迎えてくれた。

「思ったよりやるな」

 と、桧皮さんが。


「お疲れ様でした。素晴らしかったです」

 と、敵ながら褒めてくる砂川さん。


「……まあ。よかったのでは」

 珍しく発言する若草さん。


「Wonderful!」

 と、アメリカ人らしい、陽気さで答えるローシェンナ。


 それぞれの期待と不安を胸に、「2大バンドマッチ」は終わった。



 そして、投票が行われ、結果発表。

 それまで観客には待ってもらい、勝った方が再度、登壇して挨拶する流れになっていた。


 モニターに結果が映し出される。

「NRA」 261票

「紅玉」 151票


 結果的には、俺たちが大差をつけて勝っていた。


 挨拶に向かう前に、喜び合う俺たちに対し、

の負けだ……」


 悔しそうに呟く桧皮さんだったが、我らがリーダーの麻弥は、


「勝ち負けなんて、関係ないじゃない。いい演奏だったわよ」

 と声をかけたから、


 と、彼女は津軽弁で答えて、うっすらと目に涙を浮かべていた。


「ほんづね?」

「馬鹿ってことですよ」

 砂川さんが横から答える。


「馬鹿? ヒドいなあ」

「ふふふ、すいません。この子、じょっぱりですから、素直に言えないだけです」

 と、砂川さんがフォローしていた。


 そして、

。けど、からな。負けだままだと、べ。次は絶対勝つべ」

 と桧皮さんが麻弥に向かって叫ぶように言ったが。

「なんだって?」

 彼女はもう砂川さんを公式通訳と認定し、彼女に聞いていた。

「『悔しい。けど、私は執念深いから、負けたままだと、気分が悪い。次は絶対勝つ』だそうです」

 通訳の砂川さんだ。


「望むところよ。いつでもかかってきなさい」

 腰に手を当てて、不敵に微笑む麻弥だった。


 ちなみに、この「あずましくない」は「気分が悪い」と訳されたが、桧皮さんによれば「あずましくない」は「あずましくないだべ」とのことで、要は訳すのが難しい言葉だそうだ。


 東北だけでなく、北海道でも使われ、反意語が「あずましい」なのだが、何故か「あずましい」はあまり使われず、否定語の「あずましくない」だけが頻繁に使われるという、謎の言葉だ。


 無理矢理訳せば、「気持ちよくない」「変な気分」みたいな意味だが、方言ってのは深いものだ。


 こうして、俺たちは、彼女たちの挑戦を退けて、「2大バンドマッチ」を制した。


 だが、戦いはこれで終わりではなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る