Stage.30 最高のロック・ギタリスト
年が明けた1月。
いつものように、バンドメンバーとスタジオで練習するために向かうと。
麻弥が妙なことを口走った。
「優也。あんた、そろそろ『最高のロック・ギタリスト』って奴に挑戦してみない?」
「どういう意味だ?」
麻弥は、ドラムセットの後ろで、スティックを俺に突きつける。
「だから、次のライヴで、世界で『最高のロック・ギタリスト』の曲をあんたに弾かせてあげるって言ってんの」
他のメンバーは、俺と麻弥の様子を、興味深げに見つめている。
「だから、その『最高のロック・ギタリスト』って、誰のことだ?」
そう聞くと、麻弥は溜め息をつき、
「はあ。ロック・ギタリストの名が泣くわね」
そう呟いたあと、
「あたしが思うに、その『最高のロック・ギタリスト』は3人いるわ。まずは、『キング・オブ・ロックンロール』、『
普段、ドラムをやっている、というかドラムしかやっていない麻弥にしては、妙に的を得ていた。
まあ、元々、彼女自体がドラム以前にギターにも興味を持っていたのは確かだが。
確かに上記の3人は、いずれもロック・ギター界において、有名すぎるくらい有名で、ある種のパイオニアと言える。
『Elvis Presley』は、麻弥が言ったように「キング・オブ・ロックンロール」と呼ばれ、「世界史上最も売れたソロアーティスト」の1位になっている。
何より、ロックンロール草創期のパイオニアとして、後に与えた影響が多大な人だ。かの有名な『
『Jimi Hendrix』も、10年に満たない活動期でありながら、多くのロック・ミュージシャンに多大な影響を与えており、パイオニアの一人。
今でも「ロック史上最高のギタリスト」として称えられる存在だ。
歯ギターや背中で演奏するなど、派手なパフォーマンスでも有名。日本では「ジミヘン」と呼ばれている。
そして、『Jeff Beck』。「ロック・ギタリストには2種類しかいない。ジェフ・ベックとジェフ・ベック以外だ」の言葉で有名な偉大なギタリストで、『
麻弥は彼らの曲を、俺にやれ、という。
まあ、改めて考えるに非常に名誉なことだが、先人があまりにも偉大すぎて、俺は彼らの曲を意図的に避けてきた、という部分はあった。
要は自信がなかったのだ。
「って言われても……」
と逡巡する俺に、彼女は、
「いいからやりなさい。せっかく新しいギターを買ったんだし、そんなんじゃ、いつまで経っても、偉大なギタリストになんて、なれないわよ」
スティックの先を俺の鼻先に突きつけたまま、豪語した。
「赤坂くん。がんばってください」
いつものように、微笑している白戸先輩。
「『Elvis Presley』に『Jimi Hendrix』に『Jeff Beck』かあ。いいですね。最高に燃えるシチュエーションじゃない!」
金山さんは興奮気味に、そう叫ぶ。
「Wow. 素敵じゃないですか。音楽に新しい、古いは関係ないですからね」
ウィスもそんなことを言った。
「よく言ったわ、ウィスたん。その通りよ。いい? 音楽には『国境』も『人種』も『言葉』も、そして『時代』さえも超える力があるの。あんたは、この現代にそれを示すのね」
麻弥はやたらと壮大なことを言い出した。
俺は、渋々ながらも頷いた。
まあ、いつかやろうと思ってた事が、今起こっただけ、と思えばいいだろう。
そして、次のライヴの選曲が始まった。
それは、もちろん、先の津軽弁リーダー率いる『紅玉』との対決が来月にあるから、それを見据えての物だった。
「じゃあ、どの曲をやるか、選びなさい。特別に今回は、あんたに全部選ばせてあげるから」
いちいち、上から目線で言う麻弥が、ちょっと腹立たしかったが。
「そうだなあ。『Elvis Presley』なら『
あっさりと答えた俺の言葉が予想に反したのか、麻弥は少し驚いた表情で。
「まあ、あんたにしては、妥当なところね。それでいいわ。とにかくあと1か月、死ぬ気で覚えなさい。あたしたちは、あたしたちで新曲の練習を中心にやってるから」
という一言で、俺はほとんど一方的に決められていた。
そもそもまだ新曲、出来ていないんだが。
そう思っていると、不意に白戸先輩が思い出したように。
「あ、そうでした。新曲、ほぼ完成してます。とりあえずみなさんで聴いてみます?」
と言ったので、俺たちはスタジオ内で、彼女の持ってきたCDをかけ、聴いてみることに。
タイトルは麻弥が名付けた『ペルセウス座流星群』。
聴いてみると、ロックンロールには程遠い感じの、穏やかなバラードだった。
まあ、これはこれでいい曲ではあるが。
ギターパートやドラムパートはもちろんあるが、いつものような速弾きのロック調ではなく、穏やかなメロディーが流れ、そして日本語の歌詞がそれに乗る。
歌詞は以前に出来上がっていたが、改めて見せてもらったが。
サビの部分に「ペルセウス座流星群」の言葉が入り、その他にも「空を彩る流星群」とか「願い事」、「流星が降る夜」、「暗闇を照らす一筋の光」、「夜空の川」、「明日への希望」、「偶然出会えた奇跡」などの印象的で、少しロマンチックな言葉が並んでおり、全編日本語のバラードだった。
どちらかと言うと、しっとりした叙情的なメロディーの曲だ。
だが、確かに北海道でのあの体験は貴重で、忘れられない夜になったから、雰囲気は伝わってきた。
いつも英語ばかり歌っていた俺たちには、新たな境地を切り開く曲になりそうな予感がした。
「いいじゃない? さすが凛ちゃん。頼りになる!」
麻弥が、大げさなくらい喜んでいる。
「ありがとうございます」
白戸先輩も笑顔で応じる。
「素敵な曲ですね。歌うの楽しみです!」
ヴォーカルの金山さんも嬉しそうだった。
「Wonderful! いい曲ですね」
ウィスも珍しく、感情を露わにしていた。
「いいんじゃない? でも、俺練習しなくていいの?」
「もちろん、やってもらうわよ。ただ、この曲のギターパートはそんなに難しくないから、あんたは例の3曲をみっちりやりなさい。最悪の場合、ギターパートはカナカナにやってもらうから」
そう言って、俺に指をさす麻弥だが、それだと俺の出番はなくなるのだが。
俺だって、せっかくだから弾きたいのに。
こうして、俺の課題曲が決まった。
実際、そこからがなかなか大変だったのだが。
『Elvis Presley』の『Jailhouse Rock』は、日本では『監獄ロック』という名で知られる名曲として知られる。
これは典型的なロックのリフが入る曲だから、今までの技術を導入すれば、何とかならないことはなかった。
『Jeff Beck』の『Shapes Of Things』も、独特のカッティングが入る曲で、それなりに弾くのが難しいのだが。
特に『Shapes Of Things』は、このカッティングがやたらと多い。
ちなみに「カッティング」とは、休符やアクセントをつけて、音を歯切れよく短く切る奏法のことで、「スタッカート」とも呼ばれる。
このカッティングを上手くこなすことで、苦戦した。
さらに難しかったのが、「ジミヘン」の『Purple Haze』だった。TAB譜を追いかけるだけならそんなに難しくないが、「ジミヘン」独特の雰囲気やニュアンスを再現するのが困難なのだ。
音源を聴くと、非常にクセがあり、「ジミヘン」独特の弾き方をしている。
要は「それらしく」弾くのが難しい。試しに録音して、聴いてみたら、自分では弾けているように思えても、実際には全然弾けていなかったり。
結局、どんなに頑張っても、それはあくまでも「自分」の『Purple Haze』であって、「ジミヘン」の『Purple Haze』には程遠いのだ。
考えてみれば、「ジミヘン」の生い立ちやら環境やらを理解した上で、完璧に弾きこなさないと、恐らく完コピはできない。
実際、この曲自体が、ギター上級者でも完璧に弾くのは難しいと言われている。
俺は、ギターというものの、自分の技量の限界と、偉大な先人たちとの力の差を実感することになったのだった。
とは言っても、弾かないことには上達はしない。
何事にも言えることだが、結局のところ、反復練習をして、覚えて、体に染み込ませるしかないのだ。
それから数週間は、実際、かなりの苦労を要した。
俺は、麻弥の言うように、本当に新曲そっちのけ状態で、この偉大なギタリストたちの名曲をマスターすることに専念した。
まさに、彼ら3人は巨大な「壁」だった。
そして、こういう困った「壁」にぶち当たり、気が滅入りそうになった時、気晴らしに持ってこいの存在が、実はバイクだった。
やっと、獲得した普通二輪免許、そして自分のバイク。
俺は、気を紛らわせるためと練習も兼ねて、しばしばバイクで出かけるようになっていた。
行き先は、家からちょうどいい距離にあり、ライダーたちもよく走りに来るという、東京都の奥多摩、埼玉県の秩父、神奈川県の宮ケ瀬湖(ダム)あたりだ。
風に吹かれながら、たった一人でバイクに乗る。
そう、元々、バイクとはつまるところが、「孤独な乗り物」。グループツーリング、あるいはマスツーリングとも言うが、バイク友達と走っている時でさえ、結局は運転中は一人なわけだ。
だからなのだろう。
考え事をするには、一番いい環境だった。
雑音はないし、聞こえるのは、自分のバイクが奏でるエンジン音だけ。
俺は、いつしか、迷ったらバイクに乗って、考えをまとめるようになっていた。しかも、意外とバイクに乗っていると、色々なことを考えられるようになるし、頭が冴えてくる気がする。
バイクとは、五体、五感を使って乗る、車とは全く違う乗り物だから、ボケ防止にもいいらしい。
常に交通状況を見極めながら、右手はアクセル、左手はクラッチ、右足はブレーキ、左足はシフトペダル、と全部を使いこなさないといけないからだ。
まあ、音楽家やギター弾きに、特別バイク好きが多いと言うわけではないだろうが。
俺は、煮詰まったらバイクに乗り、また戻ってきてはギターの練習をし、課題曲をなんとかこなして行くという日々を送った。
そして、2月。いよいよ彼女たちとの対決の時がやってきた。
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