Stage.28 新たなるライバル

 11月。

 いつものように、行きつけの喫茶店で。

「新曲を作ろう」

 麻弥が切り出した。


「ああ、北海道で言ってた奴か」

「そう。流星群をモチーフにした曲ね」

 相変わらず、アイスコーヒーをすすりながら、彼女は言う。


「でも、流星群がテーマの曲なんて、世の中にありふれてますよ」

 確か北海道でもそんなことを言っていた白戸先輩が呟く。


「わかってるわ。だからあたしたちの曲の名前は『ペルセウス座流星群』にするわ」

「まんまじゃないか」

 俺が文句を言うと。


「別にいいじゃない」

 麻弥は臆面もない。

「それに、今回はバラードにしたいの」


「いいですね、バラード」

 金山さんが同意するが。


「でも、また英語だけの歌詞にするんですか? 私、思うんですけど、日本人って、歌の中に中途半端に英語使いますよね。あれって、外国人から見ると、すごく奇妙なんですよ。全部日本語か、全部英語ならわかるんですが」

 とウィスが珍しく、貴重な外国人としての意見を言った。


「確かにそうかもね。でも、それは日本人って、英語に変な憧れがあるからじゃないですかね」

 と金山さん。


「じゃあ、どうして全部英語で歌わないんですか?」

 ウィスの疑問はもっともだ。


「英語が好きな割には、日本人って、英語すげえ下手だからなあ。そもそも使う機会がないから、全然覚えない」

 俺の意見に、

「なるほど。確かにそうですね」

 ウィスが頷く。


「じゃあ、今回は全部日本語で行こうか」

 珍しい。あれだけ英語が好きで、というか洋楽ばかりやっていた麻弥が、真っ先にそう宣言したのだ。


「いいんじゃないですか? 新境地を切り開くという意味でも」

「日本語なら歌詞も作りやすいですね」

「私も賛成です」

 金山さん、白戸先輩、ウィスも肯定した。


「じゃあ、歌詞はみんなで作ろうか」

 最後に俺がそう言って、みんなは賛成した。


 ということで、新曲『ペルセウス座流星群』を作り始める俺たち。

 作曲は、今回も白戸先輩にお願いした。

 例によって、完成まではしばらく時間がかかりそうだったが。



 そして、俺たちは再びライヴハウスでの活動に専念する。

 『The Xero』は相変わらず、このライヴハウスでメインを務めていたが、一方で俺たちも日比谷野外音楽堂でのライヴ以降は、前座ではなくなり、メインを張ったり、たまにワンマンライヴもできるようになってきた。


 そんな11月後半のある日。

 いつものようにメインのライヴ演奏を終え、歓声を浴びて、楽屋に戻ってくると。


 見知らぬ女の子たちがいた。

 相手は4人。


 そのうち、そばかすのある少し小柄な、眼鏡をかけた少女が、俺たちを睨みながら、近づいてきた。


「なーんか、見てっと、な」

 いきなり、強烈ななまりのある方言が聞こえてきた。


 どこの方言だ。東北っぽいが。

「何、あんたたち? きまげるって何?」

 麻弥が先頭に立って向かい合う。


「ムカつくってことだ。が、前座だと思って、気にもしてなかっただろ?」

 その少女は、麻弥に鋭い視線を投げかける。


 思い出した。今日の前座のバンドが彼女たちで、確かガールズ・ロック・バンドだったはずだ。

 バンド名は『紅玉こうぎょく』だったか。


「何、その言い方。あたしたちだって、自分たちの演奏に必死なの。いちいち構ってる暇なんてないわ」

 気が強い麻弥がそう言い放つと。


な女だな。、だからこそぞ。みたいなは、、好きだ」

 どうでもいいが、誰か訳してくれ。さっぱりわからん。

 と思っていると。


、杏。とりあえず自己紹介しとかないと」

 横から同じくらいの背丈の別の少女の声がかかった。


 しかし、杏と呼ばれた少女は、それを無視し、思い出したように。

「よし。たち、と勝負するべ」


 と言い出した。

 また、突拍子もない発言をする娘だ。


「勝負?」

「んだ。来年の2月くらいにここで2大バンドマッチっちゅうバンド対決みたいな企画をチャノケンさんが用意してくれてる。そこで、どっちが人気かケリをつけるべ」


 リーダーの少女がそう宣言する。

 そもそもそんなイベントがあること自体、俺は聞いてなかったが。


「いいわ」

「よし。約束だからな。せいぜいよ」


 そして、ようやく彼女たちは自己紹介を始めた。


 まずはリーダーと思われる先程の少女だ。

 ショートボブの茶髪に160センチ前後の身長、そしてそばかすと、細いフレームの眼鏡が特徴的な娘だった。


桧皮杏ひわだあん。このバンド、『紅玉』のリーダーだべ。青森県出身。高校2年だ。担当はギターだ」

 なるほど。あの方言は津軽弁か。


 続いて、彼女に横から声をかけた少女だ。

 160センチくらいの身長、シャギーの入ったセミロングの髪の娘だった。

「同じく高校2年で、砂川瑠璃すながわるりです。杏が失礼しました。この娘、じょっぱり、えーと意地っ張りなんで。担当はベースです」

 こちらは、割と常識的な感じだ。


 次は、大柄な少女だった。身長は170センチはあろうか。腕も太いし、体格も柔道部のようにいい。ロングヘア―をなびかせながら、

若草小麦わかくさこむぎ。高1です。ドラムだ。よろしくお願いします」

 不愛想にそれだけを言った。無口なようだ。


 最後は、茶色の髪をポニーテールにまとめた、身長165センチくらいの外国人だった。

 この中では一番明るい表情を作る娘だった。

「Hi。こんにちは。アメリカからやってきた『Rawsienna Viridianローシェンナ・ビリジアン』でーす。高1です。担当はヴォーカル。みなさん、よろしくねー」

 控えめで、人見知りな、欧米人っぽくない、ウチのウィスとは違い、いかにもステレオタイプなアメリカ人という感じだった。


 そして、俺たちも一人一人自己紹介をする。


 一通り終わると、とりあえず、それぞれのバンドの好きな曲やジャンルを上げることになった。

 なんだかんだで、俺たちは、意気投合して、話し合っていた。

 

 ちなみに、先程の言葉、「おめ」は「お前」、「わんど」は「私たち」、「きがね」は「気が強い」、「したばって」は「けれども」、「じゃわめぐ」は「ぞくぞくする」、「わ」は「私」、「まいね」は「ダメ」、「けっぱれ」は「がんばれ」という意味だ、と良識的な砂川さんが教えてくれた。


 なお、この砂川さんは、リーダーの桧皮さんの幼なじみだそうで、同じく青森県出身。


 彼女たちのバンド名、『紅玉』ってのが、そもそもリンゴの品種の名前から来ているように、青森県にゆかりがあるらしい。

 他にも、ドラムの若草さんは山形県出身、ヴォーカルのローシェンナは、宮城県の高校に通っているらしい。


 そして、彼女たちの好きなバンドは。


 『Avril Lavigne』、『Sheryl Crowシェリル・クロウ』、『Alanis Morissetteアラニス・モリセット』、『Carole Kingキャロル・キング』、『Heartハート』などということで、見事に女性ロックシンガーばかりだった。


 どうやら彼女たちは、ガールズ・ロックそれも洋楽専門のコピーバンドらしかった。 


 前に挙げた『Avril Lavigne』以外のアーティストを説明すると。


 『Sheryl Crow』はアメリカの有名なシンガーソングライター。カントリー&ウェスタンを中心にしているが、ロック、フォーク、ヒップホップ、カントリー・ミュージック、ポップ・ミュージックも要素に取り込んでいる。

 全米で1700万枚、世界では5000万枚を売り上げている。


 『Alanis Morissette』は、カナダのシンガーソングライター。全世界のアルバムトータルセールスは6000万枚を超えている。グランジとか、オルタナティブロックよりのサウンドで大ヒットを連発した、世界的に有名な歌手であり、女優や音楽プロデューサーとしても活躍している。


 『Carole King』は、アメリカのシンガーソングライター。ロックというより、ポップスに近いジャンルの歌を歌う。1958年にデビューしてから、1970年代まで作家としてヒット曲を連発。

 彼女のレコード販売数は全世界で7500万枚を超えると言われている。

 また、「ロックの殿堂」入りも果たしている。


 『Heart』は、アメリカのロックバンド。『Ann Wilsonアン・ウィルソン』と『Nancyナンシー Wilson』の姉妹がユニットを結成し、女性ロック・ミュージシャンの先駆的存在とも言われている。

 アンの、「女ロバート・プラント(Robert Plant)」と称されるエネルギッシュな歌声と、ナンシーの激しくも可憐なギタープレイが魅力。

 2013年に「ロックの殿堂」入り。



 しかし、狭い楽屋に、女の子だけが総勢8人もいるから、騒がしい。

 各自、色々な話で盛り上がっている。

 男は、俺一人だけだからちょっと肩身が狭い。


してられるのも、今のうちだべ。練習してるからな。ぞ」

「言ってる意味がわからないわ。標準語でしゃべんなさい」

女だな」

 桧皮さんと、麻弥が言い合っている。

 というか、全然会話がかみ合ってないのが面白い。


「あれはですね。『いい気になってられるのも今のうちだ。私たちはたくさん練習してるからな。驚くぞ』って意味です。『かちゃましい』は、うっとうしい、うるさいくらいの意味ですね」

 いつの間にか、近くにいた、砂川さんが通訳してくれた。


「津軽弁は難しいね。君はしゃべんないの?」

 聞くと。

「私も実家に帰ったらしゃべりますよ。ただ、最近、本当の津軽弁をしゃべれるのはお年寄りだけになってきましたから。私の津軽弁は少し怪しいですね」

「へえ」

「あ、杏は実家がりんご農家で、おじいちゃんの影響で、あれだけ話せるみたいですけどね」


 良心的な砂川さんは、親切に教えてくれた。


 一方、ウィスと金山さんは、アメリカ人のローシェンナと、もう意気投合して、盛んに英語で会話を交わしていた。


「ローシェンナさんは、本当のアメリカ人?」

「ええ。留学生です。ただ、彼女、日本のアニメが大好きで、アメリカで本格的に日本語を勉強してきたそうですよ」

 いつの間にか俺と砂川さんの会話が盛り上がっていた。


も、あんなリーダー相手だと苦労するべ?」

 いつの間にか、桧皮さんが近寄ってきていた。

「いえ、そんなことないですよ」

 と返す俺。同学年だけど、何故か自然と敬語になっていた。

 それくらい、この娘は、存在感があるというか、麻弥と別の意味で、目立つ娘だった。


「その言葉は、そっくりそのまま杏に返すわ」

 砂川さんの愚痴っぽい言葉に。

「なんだと」

 眼を怒らせて反応する桧皮さん。


 どうも、彼女は麻弥に似ている部分があった。

 気が強いところなんて、そっくりだ。


「ただ、ちょっとお調子者なところがありますけどね」

 麻弥がウィスたちの会話に入りたそうにしているのを横目で見ながら、彼女には聞こえないように話す。


ってことか」

 津軽弁で桧皮さんが答える。


「そういうあなたは、でしょう?」

じゃねえべ」

 桧皮さんと砂川さんの会話だ。


「どういう意味?」

「もつけは、お調子者。ちゃかしは、おっちょこちょいって意味です」

 隣の砂川さんに聞いて、教えてもらう。


「大体、杏はですねー」

 それから砂川さんによる、杏の、おっちょこちょいエピソードが披露され、桧皮さんが必死に、

「やめろ、瑠璃」

 と訴えていた。


 桧皮さんは、気が強い割には、おっちょこちょいで、約束の時間をしょっちゅう間違える、携帯を家に忘れる、寝坊して遅刻する、さらに道でコケるなど、枚挙にいとまがないとか。


「普通、何もないところでコケますか? ありえないですよねー」

だけだ」

 もう何言ってんだか、全然わからないけど。津軽弁、難しすぎる。

「うるさい。ちょっとコケただけだ、ですって」

 クスクスと笑いながら砂川さんが通訳する。


娘ばかり、よく揃えたな、たち」

 桧皮さんに話しかけられる。

?」

「可愛いってことですよ」

 砂川さんの通訳だ。もう通訳がいないと会話が成立しない。津軽弁、恐るべし。

「可愛い、ですかね?」

 俺が疑問形で尋ね返すと。

べ。も、娘は揃えたと思ったが、たちにはかなわね」

 桧皮さんは、遠くで楽しそうに話す、ローシェンナ、白戸先輩、金山さん、そして麻弥を見て感慨深げに呟いたいた。


 気が強い割には、おっちょこちょいな津軽弁をしゃべるリーダー。良心的で幼なじみのベース、無口なドラマー、そしてハイテンションなアメリカ人のヴォーカル。

 なんとも個性的なメンバーだった。


。2月に演奏する時をにしてるべ」


 やがて、リーダーの桧皮さんが、ギターケースを背負い、先頭に立ち、楽屋を出ていった。


「バリバリの津軽弁ね、あの娘。何言ってんのか、全然わからなかったわ」

 と、麻弥が。


「でも、面白そうな女の子たちですねー」

 白戸先輩は笑顔だった。


「ですね。ローシェンナとはもう友達になりました」

 さすがにアメリカ帰り、フレンドリーな金山さんが嬉しそうに声を上げる。


「Yes. Messengerの交換もしました」

 ウィスもなんだかんだで、英語友達が出来て、嬉しそうだった。


「とりあえず、『The Xero』のスカした浅葱みたいな奴じゃなくて良かった」

 と俺が発言すると。


「あんた、それただの嫉妬でしょ。男の嫉妬はみっともないよ」

 麻弥に鋭い視線で釘を刺されるのだった。


 特徴的だが、面白い四人組だった。


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