Stage.27 呪いの手紙

 10月のイベント、日比谷野外音楽堂でのライヴ対決を制した後、俺は一つのことを決意した。


 それは、

「二輪免許を取ること」


 だった。

 夏の北海道で、ライダーたちに感化され、影響を受けたのもあるかもしれない。


 それ以外にも、演奏や日常生活におけるストレス解消、息抜きにはちょうどよかったから、前から密かに考えていたのだ。


 そのため、両親はもちろん、他のメンバーにも相談してみたが、「危険」とわかっているのに、意外にも誰からも反対意見がなかった。


 もっとも、いつも「ギター」や「ロック」という、ある意味、通常の人間から外れていることをやっているから、みんなもう諦めているのかもしれないが。


それどころか、ウチのメンバーは。

「バイク! いいじゃない。免許取ったら、後ろに乗せてね」

 と、麻弥が嬉しそうな声を上げる。

 ただ、タンデム(バイクの二人乗り)は免許取得後、1年は立たないとそもそもできないのだが。


「なんだかワルっぽいですが、いいんじゃないですか。事故だけは気をつけて下さいね」

 と白戸先輩が。


「バイク、いいね。私も免許取りたい!」

 と金山さんが。


「Motorcycle? カッコいいですね」

 とウィスが。


 それぞれ意見を言ってきたが、特に反対はされなかった。


 とにかく、俺は「普通二輪免許」を取るため、最寄りの自動車教習所に通い始めた。


 二輪免許には大きく分けると、「原付」、「普通二輪」、「大型二輪」の3種類があるが、制限速度や二段階右折がある「原付」は初めから眼中になかったし、逆に「大型」は初心者にはハードルが高かったからだ。

 もっとも、そもそも「大型二輪」は18歳からでないと取得できないので、今の俺には不可能だったが。


 練習もあるので、毎日とは行かないが、今年中に取得してしまいたい、と思っている。


 そして、教習所に通い始めて、すぐ、その事件は起きた。



 10月後半のある日、ライヴハウスのチャノケンさんこと、茶野健太さんから連絡があり、俺たちバンドはライヴハウス『Star Dust』に呼び出された。


 話を聞くと、どうもファンレターの中に「物騒な手紙」が入っていたらしい。


 メンバー全員で確認すると。


「赤坂優也。お前は許さねえ。殺してやる」


 想像以上に物騒な内容な上に、俺が名指しされていた。


 チャノケンさんは、さすがに心配そうに、

「これ、警察に相談した方がよくないか?」

 と言ってくれたが、ウチのリーダーは。


「大丈夫ですよ。っていうか、あたしがそいつら捕まえてやります」

 と、何故か楽しそうに息巻いていた。


 いや、当事者である俺はむしろ、気が気でないのだが。


「心配ですねー。心当たりはないんですか?」

 白戸先輩が、心底心配そうな表情で、気遣ってくれる。


「いえ、全然ないですね。ただ、女性ばかりのバンドに男一人だから、当然、嫉妬ややっかみはあると思ってました」


「赤坂くん、最近モテモテだもんね」

 金山さんは、むしろ楽しそうだが、彼女は絶対何か勘違いしていると思う。


「気をつけてくださいね」

 ウィスが心優しい言葉をかけてくれる。



 で、とりあえず、例によって麻弥が「対策会議」をすると言って、ライヴハウス近くのファミレスに俺たちを誘導した。


「で、マジで心当たりないの?」

 頼まれたアイスコーヒーを飲みながら、麻弥が尋ねる。どうでもいいが、こいつアイスコーヒー好きだな。いつも飲んでる気がする。それもブラックで。


「ないよ。ただ、しいて言えば、この間の日比谷でのライヴで、やたら男に睨まれてた気がするくらい」


「なるほど。それね」

 麻弥は妙に納得し、そして。


「じゃあ、エサをこうか」

「エサ?」

「そう。これは、あたしの勘だけど、こういうのやる奴は、意外と気が弱い『アキバ系』だと思うのよ」


 妙なことを口走り始めた。

「アキバ系?」

「そう。どうせ女にモテない、オタクたちが単にやっかみでやってるだけじゃないかと思うのよ。だからアキバでライヴをやって、エサがかかるか、見てみるのよ」


 相変わらず、根拠のない麻弥の勘がどこまで信じられるかわからないが、俺たちには他に打つ手がなかった。


 次の週末、メンバー全員でアキバに向かった。


 

 アキバ、つまり秋葉原は、元々、電気街として知られる東京の街だが、今やオタクたちが集う聖地みたいになっている。

 それが海外でも評判になり、今や世界的に人気の観光スポットになっている。


 昔は、歩行者天国をやっていて、そこで路上ライヴやコスプレなどの派手なパフォーマンスが許されていたが。


 数年前に通り魔事件が起きてから、それも縮小し、今では路上ライヴも禁止になっていた。


 仕方ないので、俺たちはチャノケンさんにも協力してもらい、週末にアキバで行われるライヴの一つに参加できるようにしてもらった。


 もっとも、アキバのライヴといえば、AKB48などに代表されるように、元々アイドルとか声優のイベントが圧倒的に多い。


 俺たちは明らかに異質な存在だった。


 秋葉原駅近くのビルの7階で行われるそのライヴは、「アマチュアのバンドや声優の卵、素人の歌い手など、誰でも参加OK」というめちゃくちゃアバウトなイベントだった。


 そこに入り込んだ俺たちは、ライヴハウスよりも狭い、特設イベントスペースで演奏することになった。


 曲目は、無難に『Rush Up』と『The sky is the limit』だった。


 会場はすでに満員になっており、狭いスペースながら100人近くも人が集まっていた。

 ただ、客層の9割は男だったのが、この街らしい。


 そして、MCの金山さんが挨拶をする。


「みなさん、こんにちは。私たちは『NRA』というバンドです。今日は、精一杯演奏しますので、楽しんでいって下さい」


 いつも通りの慣れたMCを務める金山さんに、拍手と歓声が送られる。


 さらにメンバー紹介に入る。

 いつものように、ギターの俺がトップバッターとして、紹介されるが。


「なんだ、野郎かよ」

「引っ込め!」


 アキバ系オタクたちの声は辛らつだった。


 しかも、他の女子には、拍手や歓声を上げ、大いに歓迎し、盛り上がっている。

ある意味、彼らはわかりやすい人種なのだ。


 アイドルや女性声優みたいな、可愛い女の子にしか興味がないのが明白だった。


 そんな中、アイドルの歌とは程遠い、バリバリのロックを歌い、演奏する俺たち。


 特にこのオリジナルの2曲は、元々バリバリのロック、パンクの曲だから、アキバ系が好む、アイドルソングや声優ソングとは程遠い。


 しかし、終わると、意外にも盛大な拍手が送られ、


「いいぞー」

「可愛い」


 などの声が飛んでいたが。


 イベントが終わり、俺たちは、参加者控え室に戻り、しばらくすると、控え室を出て、街に戻った。


「犯人、来ないわね」

 と呟き、駅に向かう麻弥を先頭に歩いていると。


 中央通りから一本外れた細い路地に入った時。


「ついに見つけたぞ、赤坂優也」


 前方から数人の男たちが現れた。

 みんな、チェック柄のシャツを着て、リュックを背負い、中にはバンダナを巻いている奴もいる。

 そして、何故か小太りしてる奴が多い。

 いかにも「アキバ系」といったファッションだった。


「お、お前ばかりモテやがって。僕たちはお前を許さない!」

「そうだそうだ。非モテの恨み、思い知るがいい」

 口々に俺を睨み、気勢を上げる彼ら。


 ところが。

「何よ、あんたたちは」

 麻弥が、臆さずに男たちの前に立ちふさがるが。


「君には聞いてない。僕たちは、赤坂優也に用があるんだ」

 男たちの中、リーダー格と思われる、小太りに、黒縁メガネをかけた、中年のおっさんみたいな男が返答した。


「これでもあたしはバンドのリーダーよ。用があるんなら、まずあたしを通して」

「そ、そいつのことだ。可愛い女の子に囲まれて、浮かれやがって。神が認めても、ぼ、僕たちは許さないぞ」


 男たちは、おもむろに手に特殊警棒を持ち、あるいはバタフライナイフを持って、構え始めた。


 ヤバイ。これ、本格的な事件じゃないか。

 とりあえず警察呼ばないと。

 白戸先輩やウィスがちょっと恐怖で震えている。金山さんは、むしろ面白そうに、目を輝かせながら眺めているが。


 と、思っていると。


「はあ!」

 いきなり駆けだした麻弥が、男たちの一人のナイフを狙って、蹴りを出し、そのまま相手のナイフを落として、即座に奪い取っていた。


 襲いかかる前に、いきなり意表を突かれた男たちに対し、さらに蹴りや拳で応戦し、あっと言う間に男たちを行動不能にしていた。

 ちなみに、いつものように彼女はスカートを履いていない。元々スカート自体、嫌いらしく、滅多に履かないから、スカートがめくれることなど、気にせずに動き回れる。


 というか、あれ、モロに入ってるな。痛そう。


 恐るべしは麻弥。一体どこでそんな体術を習ったのか、幼なじみの俺にもわからなかったが、その動きは素人の動きではなかった。


 うずくまる男たちに対し、

「どう? これでもやる? 何なら警察呼んでもいいのよ」


 麻弥が勝ち誇ったように、腕組みをして、宣言する。


 すると。

「キタコレ。まるで涼宮ハルカ。アキバに神降臨」

「ホレホレユカイ、踊ってキボンヌ」


 訳のわからないことを口走り始めたオタクたち。

 多分、「涼宮ハルカ」ってのは数年前に流行った某人気アニメで、「ホレホレユカイ」は確かエンディングテーマで、その踊りがオタクたちの間で流行っていたな。


「はあ? 何言ってんの。あんたら?」


 周りを見ると、いつの間にか、弥次馬が現れ始めていた。

 むしろ、これを何かのイベントと思っているらしい。

 こっちは本気で襲われているのに。


「涼宮ハルカ様、いえアネゴと呼ばせて下さい!」

 リーダーらしき、小太りした男が、興奮気味に叫ぶと、他の男たちも次々に、


「アネゴ!」

「アネゴ降臨! キタコレ!」

 と叫びだす始末だった。


 何が何だかわからないまま、様子を伺う、麻弥以外の俺たち、そしてギャラリーたち。


「誰がアネゴだって? もう一回、殴られたいわけ?」

 麻弥がリーダーの襟首を掴んで、脅していた。


「いえ、でもアネゴたちの演奏、良かったです」

 怯えながらもかろうじてそれだけを言うオタクリーダー。


「なら、あんたたち、今後あたしたちのライヴに来なさい。新宿の『Star Dust』ってライヴハウスでやってるから」


 さりげなく、バンドのアピールをして、ファン獲得を狙っている彼女。


「わ、わかりました」

「あと、今後、優也に変なちょっかい出さないこと。わかった? 今度、変なことしたら、本当に警察に突き出すわよ」

「わ、わかりました! もう二度としません!」


 何とも情けないオタクたちだった。


 ということで、この一件は、意外とあっさり落着した。


 というか、俺はほとんど何をしていないのだが。


 帰り際、

「さすが麻弥先輩ですね。本当にぶっ飛ばしちゃうなんて、カッコいいです!」

 金山さんが、興奮気味に語りかけていた。


「そんなことないよ。あいつら、見るからに弱そうだったし」


「赤坂くんのことが心配だったんですよねー。やっぱりお二人とも、付き合っちゃえばいいんじゃないですか?」

 白戸先輩は、むしろ楽しそうに微笑んでいた。


「バ、バカ。そんなんじゃないわ。あたしはああいう連中、許せないだけよ」

 麻弥は照れ臭そうにそっぽを向いている。


「勇気がありますね、麻弥先輩。憧れます」

 ウィスも興味津々に麻弥を見ていた。


「とりあえず、ありがとう、麻弥。助かったよ」

 俺が呟くと。


「ま、まあリーダーとしては、メンバーが襲われても困るからね。大したことないわ」

 彼女は、少し顔を逸らしながら、照れ臭そうに答えるのだった。


 こうして、この件は幕を閉じたのだった。


 ちなみに、彼らアキバ系オタクたちは、すっかり麻弥に魅了されたらしく、その後、本当にライヴハウスに演奏を見に来るようになった。


 麻弥はちゃっかり、というかしっかりファンを獲得していた。

 まあ、オタクたちは、麻弥に、涼宮ハルカの姿を重ねている気がしなくもないが。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る