Stage.26 祭りの後で

 ライヴが終わった後、俺たちは、主催者に控え室へと呼ばれた。


 結果的には、どちらも盛り上げてくれたけど、特に『NRA』がよかったよ、と言われ、麻弥は満面の笑みで応えていた。


 その後は、ちょっとした反省会が行われた。

 ちなみに、『The Xero』はさっさと帰ってしまったし、主催者も後片付けとかでいなくなり、俺たちしかいなかった。


 麻弥は椅子に座りながら、俺を睨み一言。

「あんた、『Carrie』で間違えそうになったでしょ」


「えっ。そんなことないよ」

 トボけてみせた俺だが、


「本当かしら。どうも怪しかったのよね」

 彼女はそう言った。


 よく見ているな、と思った。

 演奏の最中なんて、いちいち他人に構っている余裕はないと思うのだが。


「それにしても、よかったですね。『The Xero』に勝てて」

 白戸先輩が、微笑む。


「ですね。やっと、一矢報いることができました」

 金山さんのセリフに。


「イッシむくいる?」

 相変わらず、ちょっと難しい単語やら、ことわざが苦手なウィスがきょとんとしている。


「ウィス。つまり、えーと……」

 説明しづらい、と俺が困っていると。


「ウィス。Return a blowリターン・ア・ブロー. ってことよ」

 金山さんの一言に。


「Oh,understoodアンダーストゥッド.」

 流暢な英語で、ウィスは答えた。


 その様子を見ていた、麻弥が、

「あんた、カッコ悪いわね」

 と言ってバカにしたように笑ったが、


「いや、お前だって、わからんだろ?」

 俺が突っ込むと、


「なんだと」

 と食って掛かってくる。


 また、ケンカになりそうになる俺たちを見て、白戸先輩が、

「まあまあ、お二人とも。せっかく勝って、おめでたい時なんですから」


 と、子供をあやすように諭してきた。


 その後も反省会は、しばらく続き、ようやく終わった時には、午後10時近くになっていた。


 とりあえず、ファミレスで打ち上げでもしよう、と俺たちは、控え室を出る。



 公園に入ると、なんだかんだで、祭りの後という感じで、人も少なく寂しい感じだった。


 先程までの歓声が嘘のようだ。


 公園内を駅に向かって、5人で歩いていると。


「赤坂さん」


 女のような声で声をかけられ、振り向くと。


 中学生くらいの、中性的な少年がいた。まだ、声変わりをしたばかりの、あどけなさの顔の少年だった。しかも、よく見ると、なかなかの美少年。

 アイドルグループとかにいても、おかしくない、円らな瞳と、ちょっと癖があるパーマみたいな跳ねた髪が特徴的だった。


「えっ?」

 驚く俺。


 他のメンバーも興味津々にこの少年を見ていた。

「赤坂さん。今日の演奏、とても素敵でした。ボク、しびれました!」


 熱い眼差しを俺に向けてくる少年に戸惑う俺。


「あ、ありがとう」

 そう返すことしかできなかった。


「あのー、ボクのこと、わかりませんか?」

 少年が、俺の顔を覗き込むようにして、言ってくるが、こんな少年など全く記憶にない。

 というか、こいつ顔が近い。


「いや、知らないけど」

「ボクですよ」

「いや、だから誰?」


「嫌だなあ。いつも手紙書いてたじゃないですか」

「手紙?」


 なんだか、すごく嫌な予感がした。

 もしかして、こいつは……。


 そいつは、満面の笑みでこう言った。

「緋室翼です」


「ええっ!」

 むしろ、この驚きの声を挙げたのは、俺ではなく、他の4人のメンバーだった。いや、もちろん俺も声にならないほど驚いていたが。


 そう、かつて俺にファンレターを送って、「いつも見ています」という熱烈な文章を書いてきた、緋室翼だ。

 しかも女だと思ってたら、男だった。


「翼ちゃんって、男だったの?」

 麻弥が慌てて駆け寄ってきた。


 が、緋室翼、いや面倒だから翼は、

「誰が女だって言いました? それより、ボクと赤坂さんの邪魔、しないでもらえますか?」

 麻弥に向かって、面と向かって、文句を言って鋭い目つきを向けた。


「なんだと、この野郎」

 と麻弥は、頭に来ているが、残りの3人が、


「まあまあ」

 となだめている。


 そして。

「本当に素晴らしい演奏でした。実はボク、ギターやってるんですよ。いつか赤坂さんと一緒の舞台に立ちたいです!」

 相変わらず、好奇心旺盛というか、熱い眼差しを向けてくる翼少年。


「ギターやってるの? ていうか、君いくつ?」

 個人的には、同じギター弾きという部分には興味があった。


「14歳、中3です」

 それにしては、幼い容姿だった。

 背丈も150センチちょっとくらい。白戸先輩とあまり変わらない。容姿だけなら、小学生でも通じるかもしれない。


「へえ。ギターは何持ってるの?」

「『Fender Mustangフェンダー・ムスタング』です。あ、今日は持ってきてないですけどね」

 いちいち、話し方が女の子っぽいというか、妙に可愛らしい仕草をするというか、変な奴だった。


 その後も、この翼に一方的に質問責めに合う俺。

 何とか返していると。


「ふふ、麻弥先輩。強力なライバル出現ですねー」

 白戸先輩が面白そうに、麻弥に話しかけ、


「バ、バカなこと言ってんじゃないわよ」

 麻弥がキレていた。


「なんだか面白そう!」

 金山さんは、完全に他人事だと思って、楽しんでいる。


「Cuteな少年ですね」

 ウィスも興味深げに遠巻きに見ていた。


 だが、当事者となっている俺は、少々複雑な気分だった。


(せっかくファンがついたのに、男か。しかも、こいつなんだかやたらと近い)


 距離感を掴めず、戸惑っていた。


「優也。さっさと打ち上げ行くわよ」

 やがて、業を煮やした麻弥から声がかかると。


「え、打ち上げ行くんですか? じゃあ、ボクも行きます」

 翼が、食い下がるように反応した。


「あんたは呼んでないわ。坊やはさっさと帰って、寝なさい」

 と、冷たく言う麻弥に対し、


「別にあなたには聞いてません」

 鋭く言い返し、


「ね、いいですよね、赤坂さん?」

 懇願するように、俺に聞いてきた。

 いちいち、距離が近い。


 断る理由もないし、

「うーん。まあ、いいんじゃないか、別に」

 そう言ったら、


「うわあ、ありがとうございます」

 飛びつかんばかりの勢いで喜んでいた。


「ちょっと、勝手に呼ばないでよね、バカ」

 と拗ねた表情の麻弥だったが、俺たちはファミレスに向かった。



 駅近くのファミレスで、終電近くまで、俺たちは打ち上げをやることになった。


 が、もちろん、みんな未成年だから、酒が飲めない。

 もっとも、麻弥は北海道で密かに酒を飲んでいたし、実は大学でも飲んでそうだから、かなり怪しいが。


 ファミレスの座席に着く時も、翼は俺の隣の席がいいと言って、頑として譲らず、麻弥は呆れて、認めていた。


 そして。

「で、緋室くんはどんな音楽が好きなの?」

 と聞くと、


「緋室くんなんて、そんな他人行儀な呼び方じゃなくて、翼でいいですよ」

 いちいち可愛らしく言うな、こいつ。

 いや、そもそも俺にはそっち方面の趣味はないのだが。


「そうですね。ボクは何でも聴きますが、しいて言えば『NickelBackニッケルバック』、『Oasisオアシス』、『Marilyn Mansonマリリン・マンソン』あたりですかね」


 また、特徴的というか。

 まあ、俺たちのバンドメンバーの好みとはかぶってないが。


 『NickelBack』は、カナダを代表するロックバンド。ポストグランジとも言われるジャンルのハードロックバンドだ。英語の発音だと『ニコバック』に近いとか。

 ヴォーカル、ギターの『Chad Kroegerチャド・クルーガー』が有名で、その兄の『Mikeマイク Kroeger』もベースやコーラスを担当している。

 ちなみに『Nickelback』とは「5セントのお返し」という意味とか。


 『Oasis』は、イギリスの国民的ロックバンドで、2009年に解散しているが、今も世界的にファンが多い。

 こちらも同じく兄弟で、ヴォーカルの『Liam Gallagherリアム・ギャラガー』、そしてその兄でリードギターの『Noelノエル Gallagher』が有名だ。


 そして『Marilyn Manson』。アメリカのロックミュージシャンで、名前の由来は、『Marilyn Monroeマリリン・モンロー』と『Charles Mansonチャールズ・マンソン』から来ている。

 『Marilyn Monroe』はともかく、『Charles Manson』ってのは、アメリカ史上に残る犯罪者の名前だ。


 マリリンと名乗っていても、れっきとした男だが、幼少期に虐待に遭ったり、変態的な隣人がいたなどという経歴から、反キリスト的な歌を歌い、また真っ白な特殊なメイクで有名だ。


「ねえ、翼ちゃん。どうでもいいけど、これ、あたしたちのバンドの打ち上げなんだけど」

 いつまで経っても話している、俺たちに麻弥が横から割り込むが、翼はムッとして、


「その『翼ちゃん』っての、やめて下さい。ボクは男です」

「あ、そう。でも、あんたはギターなんかやるより、アイドルグループにでも入った方がいいんじゃない?」

「あなたには関係ありません。ボクと赤坂さんの話に割り込まないで下さい」

「大体、緋室翼って何? 本名なの? 偽名なんじゃない?」

「本名です! いちいち失礼な人ですね、あなたは」


 いちいち、相手を煽るようなセリフを吐く麻弥と、それに応じるように言い返す翼。


 早くも険悪なムードになっていた。


 結局、俺はこの「打ち上げ」の中で、ずっと翼に質問責めに遭っていた。

 音楽のこと、ギターのこと、バンドのことはもちろん、趣味や星座や誕生日のような、どうでもいいことまで聞かれまくっていた。


 翼は、他のメンバーには目もくれず、俺にだけ質問するものだから、もう打ち上げをするどころではなくなっていた。


「やっぱり、強力なライバルですよー」

「ホンっと、面白そう!」

「どうなるんでしょうねえ、あの二人」


 それぞれ白戸先輩、金山さん、ウィスが声を上げる中、麻弥は、


「あたし、あいつ嫌い」

 とボソッと呟いていた。


 どうも、最初から上手くいかない二人だった。


 しかも、この出会いは始まりに過ぎなかったのだ。

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