Stage.24 対決に向けて

 9月末。


 また、今年もこの時期がやってきた。


 そう、「学校祭」だ。

 去年、麻弥の思い付きで、始めた俺たちが「ハードロック同好会」として出場し、外部スピーカーから爆音を響かせ、結局失格になり、さらに停学処分を食らった、あの学校祭が今年もやって来る。


 その準備が始まる9月中旬頃。


 麻弥から共通メッセージが、メンバー全員に送られてきた。


「ちょっと、話したいことがあるから、放課後、いつもの喫茶店に来て」


 その指令に従い、俺たち4人は、例の喫茶店に向かった。


 例によって、先に来て、アイスコーヒーを飲んでいた麻弥が手を挙げ、俺たちは席に着く。


「はるるんから、挑戦状が届いたわ」

 麻弥はそう言って、自分の携帯のメッセージ欄を見せた。


 そこには、

「10月15日(日)に日比谷野外音楽堂で、ライヴやるさかい、一緒にやらへん?」

 と書いてあったが。


「どういうことだ?」

 この文面だけだと、イマイチ意図が読めない。

「どうも、この日、日比谷野外音楽堂で、あの子たちはライヴをやるみたいなんだけど、もう1組空いてるらしく、参加しない? ってことらしいの」

 麻弥が答える。


「なるほど。それで『挑戦状』か」

「そう。いい機会だし、そろそろあたしたちの本気を見せて、あいつらに思い知らせなくちゃ」


「でも、10月15日って、確かウチの学校の学校祭ですよね。しかも音楽コンテストもある日です」

 金山さんが説明したように、確かその日だった。去年も参加した音楽コンテストが開催される。


「そうなんだよね。あんたたちも、やっぱ出たいでしょ、学校祭」

 なるほど。

 本音だと、麻弥としては、桜野さんたちの挑戦を受けて、日比谷に行きたいが、現在高校生の俺たちは「学校祭」があり、「バンドコンテスト」もあるから、一応聞いてみた、と。


「出たいですけど。そもそもドラムがいないじゃないですか?」

 白戸先輩が言うように、仮に「音楽コンテスト」でライブをやるにしても、ドラム担当者がいない。

 最悪、麻弥を呼ぶという手はあるが、許可が下りるかわからない。


「そうですね。私は初めてなので、参加してみたいです」

 1年生のウィスが発言する。


 そう。彼女の立場を思えば、学校祭に参加させてあげたいという気持ちもある。


「じゃあ、とりあえずその辺りも含めて、生徒会長に聞いてみるか」

 と俺が言うと。


「わかったわ。はるるんには、もうちょっと待ってもらう。ただ、早くしないと枠が埋まっちゃうかもね」

 麻弥に言われた通り、俺たちは、一旦そこで解散し、翌日すぐに生徒会長の元に向かった。



 ところが。

「音楽コンテストに参加したい?」


 黒縁メガネの奥で、鋭い目つきを放ちながら、現・生徒会長の水野牡丹が呟く。


「はい。ただ、私たち、ドラムをできる人が麻弥先輩しかいないので、卒業生を呼ぶことになりますが……」


 一応、4人で生徒会室に行ったが、代表してしゃべる白戸先輩に、生徒会長は。


「却下ですね。卒業生を入れるのがまずダメです。それと、去年も今年の春も散々秩序を壊してますよね、あなたたち」


 俺たちにとって、一番痛いところを突かれ、一方的に拒絶された。


「そうですか。では、仮に生徒の中からドラムができる人を見つけてきても、ダメですか?」

「無理ですね。あと1か月もないんですよ」


 尚も食い下がる、白戸先輩に、水野牡丹は冷たく言い放ち、この件はあっさり終わった。


 本来、音楽コンテストに参加しないと、同好会としての存在意義がなく、解散すらあり得るだろうと、危惧していたが、その分、外部でバンド活動をしていることを、生徒会の連中も知っていたので、無結果的には、無理に学校祭や、音楽コンテストに参加する必要はなくなった。


 なあ、最悪、来年があるから来年出ればいいだけの話だ。


 夜、麻弥に結果メッセージを送ると。


「了解! じゃあ、はるるんには伝えとく。それと、やる曲を決めるから、明日の放課後、また喫茶店に来て」


 と新たな指令があった。



 翌日。

 いつもの喫茶店で向き合う俺たち。


「とりあえず、やる曲を決めようか。今回は3曲+アンコールの予定ね」

 麻弥が、いつも持っているルーズリーフを取り出し、ペンを走らせる。

「ただ、今回は、ちょっと今までと違う方向性で行きたいところね」

 意味深なセリフを吐いた。


「今までと違う方向性って?」

「ほら、あたしたち、今までバリバリのヘヴィメタルとか、ハードロックとか、パンクばかりやってたじゃない」

「ああ」

「それもいいけど、たまには違う方向性で、受けを狙いたいというか。今回は、色々な客層が来るからね」

「ふーん。じゃ、どんなのやりたいんだ?」


 すると、麻弥は、意外なことを口走ったのだった。

「バラードね」


「バラードかあ。いいですね。私は歌えるなら、何でもいいですよ」

 金山さんが、明るい声で答える。


「バラードも素敵ですけど、あまり知らないんですよね、曲」

 と白戸先輩が。


「balladeですか。でしたら、『Europeヨーロッパ』の『Carrieキャリー』とかはいかがでしょうか? 素敵な曲ですよ」

 珍しく、引っ込み思案なウィスが、提案してきた。

 しかも北欧のバンド、『Europe』とは意外だ。


「うん。いいんじゃない。確か、スウェーデンのバンドだったよね。『The Final Countdownザ・ファイナル・カウントダウン』で有名な」


 リーダーの麻弥が喜色を浮かべる。


「『The Final Countdown』以外にもいい曲はいっぱいありますよ。『Carrie』は素敵なバラードです」

 ウィスが説明する。


「バラードとは違うけど、『The Eaglesイーグルス』の『Hotel Californiaホテル・カリフォルニア』とかどうだ? 色んな客層がいるなら受けるだろ?」

 俺の提案に、麻弥は、


「おお、いいんじゃない。めっちゃ有名だし」

 と応じたが。


 麻弥は、結局バラードがやりたいと言ってた割には、何でもいいように見えるのだ。適当だった。


「あとはアンコールね」

 麻弥が、頼んでいたアイスクリームを口に運びながら、聞いてくる。


「私は何でもいいですよ」

「私もです。でも、やったことがないけど、盛り上がるような有名な曲がいいですね」


 金山さんと白戸先輩だ。


「じゃ、あんた。何かある?」


 と、麻弥に振られ、少し考えた後、俺は。


「ここは『Led Zeppelinレッド・ツェッペリン』の『Rock'N 'Rollロックン・ロール』だな」


 満を持して、俺が答えたのは、やりたかった、『Led Zeppelin』だった。


「いいと思うけど。でも、『Led Zeppelin』といえば、『Stairway To Heavenステアウェイ・トゥ・ヘヴン』じゃないの?」

「あの曲は長すぎる。確か10分近くあるぞ」


 俺の回答に、麻弥は、


「なるほど。じゃあ、それでいいや。優也、前から『Led Zeppelin』やりたかったもんね。それに、何と言ってもタイトルが最高だわ」


 珍しく、優しい言葉と共に認めてくれたのだった。


 だが、考えてみれば、去年の春に「ハードロック同好会」に入った時から主張していたのに、何故か『Led Zeppelin』はやらせてもらえなかったから、俺としては嬉しかった。


 これで、曲は決まった(1曲はオリジナルの『The sky is the limit』)が、解散しようとすると、麻弥が意外なことを口走った。


「優也。あんたは、新しいギターを買いなさい」

「え、なんで?」

「バカね。プロのギタリストってのは、大体何本もギターを持ってるものよ。せっかく『Led Zeppelin』やるんだから、『Jimmy Page』みたいに何本もギター揃えなきゃね」

「そんな金ないぞ」

 俺が不満を口にすると。


「だったら、一本でもいいから買いなさい。いい、これは命令よ。本気でギターでプロを目指すなら、忠告を聞いておくことね」


 彼女にしては、珍しく真剣な表情で、諭すように言ってきたので、俺は頷いた。



 曲の説明をしておこう。

 ウィスが勧めた『Europe』は、北欧のスウェーデン出身のロックバンド。北欧メタルとか、スタジアム・ロックとか言われているジャンルだが、基本的にはヘヴィ・メタル、ハードロックだ。


 中でも1986年に大ヒットした『The Final Countdown』が最も有名だが、ウィスが勧めた『Carrie』は1987年リリース。


 特徴的なシンセサイザーの音、そして、ヴォーカルの『Joey Tempestジョーイ・テンペスト』の超ハイトーンなヴォイスが叙情的なメロディーを奏でるバラードだ。


 『Eagles』は1971年、アメリカでデビューしたバンドで、世界的な人気を誇り、トータルセールスは2億枚を超えている。


 中でも『Hotel California』は『Desperadoデスペラード』と並んで有名で、印象的なギター、メロディー、そして暗喩に富んだ歌詞から、広く愛された曲だ。

 リリースは1977年。


 そして、『Led Zeppelin』。イギリスの超有名ロックバンドで、ウォール・ストリート・ジャーナルの「史上最も人気のある100のロックバンド」で2位に選ばれている。ちなみに、1位は『The Beatles』。


 一番有名なのは、恐らく、麻弥が言っていた『Stairway To Heaven』(日本語名「天国への階段」)だろうが。他にも有名な曲を数多く作っている。


 『Rock'N 'Roll』は1971年リリース。古い曲だが、とにかくノリのいい曲で、ブルース形式に則った3コードのシンプルな進行ながらも、題名通りの強烈なロックンロールナンバーだ。



 翌日放課後、俺は麻弥に言われた通り、新しいギターを求めて、一人で都内最大の楽器街として知られる、御茶ノ水に来ていた。


 去年の春、メンバーに連れられて来て、今のギターに出会った場所だった。


 実は、ギター自身は、俺自身がもう一本あってもいいと思っていたし、買うなら、やはり『Jimmy Page』が使っていたギターが欲しかった。


 しかも、今使っている『Fender Telecaster』以外のものを。


 そこで、やはり『Jimmy Page』が愛用していた1958年製の『Gibson Les Paulギブソン・レス・ポール』が欲しかったのだが。


 いい物は値段も高い。高い物で、『Gibson Les Paul』の値段が、60万円以上した。いくらバイトをしているとか、インディースCDを出しているとはいえ、手が届かない値段だ。


  こういうのは、もし本格的にメジャー・デビューをしたら買おう、と思い、俺は店員オススメの、ちょっと安い『Gibson Les Paul』を手に取り、試奏してみた。


 他にも、同系統の『Gibson Les Paul』や、他のギターも手に取ってみたが、こいつが一番しっくり来るのだった。


 木目調の光沢と色が気に入り、結局、こいつを買うことになった。


 名前は、


『Gibson Les Paul Standard 60's Iced Tea』。


 それでも、大体20万円以上はする代物だったが。


 なお、エレキギターの2大巨頭、『Fender Telecaster』、あるいは『Fender Stratocasterストラトキャスター』と『Gibson Les Paul』。


 何が違うのか、と言うと。


 まあ、ぶっちゃけて言うと、そんなに大きな違いがなかったりする。


 細かく言うと、『Fender Telecaster(Stratocaster)』はヘッド、つまりギターの一番上の部分のペグが左に6列並んでいるのに対し、『Gibson Les Paul』はペグが左右3つに分かれている。


 ヘッドの下のネックも微妙に違うし、確か『Gibson Les Paul』の方が太いし、重量も重かったはずだ。


 あとは、細かい材質や音も多少違ったりもする。


 ただ、結局は好みの問題だし、ギターというのは、こだわればこだわるほど、キリがないので、俺としては、そこまでこだわっているわけではなかった。


 とにかく、これでようやく、俺はギター2本持ちになったのだった。



 翌日、練習のために、スタジオでメンバーや、ついでに麻弥にも新しいギターを見せたところ、予想以上に喜んでくれたのが、幸いだった。


 そして、日比谷野外音楽堂のライヴに向けて、俺たちは曲を練習し始めた。

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