Stage.21 北海道ツアー(前編)

 期末試験はあっという間に終了した。


 俺の成績は、可もなく不可もなく、という感じで、なんとか無難に終え、補習は免れた。

 メンバーに聞くと、幸い誰も補習は受けずに済んだという。


 元々、白戸先輩は頭がいいから、優秀な成績だったし、金山さんもウィスも英語はネイティヴレベルだし、他も無難な成績だから、特に問題はなかった。


 7月後半に試験が終わってから、すぐに夏休みに入ったが、俺やメンバーは各自、夏休みに演奏する課題曲を練習し、時には集まって音合わせをした。


 また、俺は『The Beatles』を演奏するためもあり、コーラスの練習に、こっそり一人カラオケに行って練習したりもした。


 そして、あっという間にその日が来た。



 8月8日、水曜日。


 俺たちは、麻弥に指定されたように、その日の午前6時に麻弥の家に集まった。もちろん、各自の楽器を持って。


 寝ぼけまなこのまま、あくびをしながら、着替えの入ったリュックとギターケースを背負って行ってみると。


 すでに俺以外のメンバーが全員来ていた。


「遅い!」


 と怒るリーダーの後ろに1台の車があった。


「いや、まだ時間じゃないだろ?」

 実際、まだ約束5分前だった。

「それでも、メンバーの中であんたがいつも一番遅いじゃない」

 麻弥が不満げにそう漏らした。

 ちなみに、俺と別れた時に、ショートカットだった麻弥の髪型は、いつの間にか髪が伸びて、それを整えたのか、ショートボブになっていた。そして、いつの間にか茶色に染めていた。

 それより俺が気になったのが車だったが。


「おい、まさかその車で行くつもりか?」

「もちろんよ」

「その前にお前、免許、持ってたっけ?」


 眠気を堪えながらそう言うと、麻弥は、ズボンのポケットから免許証を取り出して、俺に見せて得意げに言った。


「この間、やっと取ったのよ」


 見ると、免許交付日付は7月30日になっていた。

 確かに麻弥は年齢的には、今年で19歳だし、免許を取れる年齢だが、そもそも取ってから1週間しか経ってないじゃないか。不安だった。


「しかも、その車、どうしたんだよ?」


 見ると、その車は、いわゆるバンに近い6人乗りくらいの、ちょっと大型の乗用車だった。色は白で、どこにでもあるバンで、ちょっと型は古い。というか、見た目がもう古くて、使い古した感がある。


「お父さんのお古よ。もうすぐ乗り換えるからって、貸してくれたわ」


 ということで、俺たちは、早速そのバンに各自の楽器類、荷物を搬入していく。


 一応、そこそこ大型のバンだから、大型のバックドアを開けると、結構な荷物が入る。


 俺たちは、そこに各自の楽器、つまりギター、ベース、ドラムセット、エフェクター、可搬型アンプ、照明装置などを入れ、最後に各々の荷物を入れた。

 あと、何気にキャンプ用具が初めから入っていたのが気になった。


 早速、車に乗り込むことになったが、俺は麻弥の命令で助手席に座ることになり、シートベルトを締めた。


 残りの3人は、仲良く後部座席だ。


 しかし、なんで助手席だったのかというと。


「はい、あんたはこれ見て、ナビすること」


 と言って、麻弥から地図を渡されたのだ。


「つーか、今時ナビないのかよ」

 文句を言うと、

「あったわよ。お父さんがもう使わないからって外しちゃったけど」

 と麻弥から答えが返ってくる。


 しょうがないな、と思い、地図を広げて見て、絶句した。

 それは日本地図だった。

 いや、当たり前といえば、当たり前だが、あまりにも「日本地図」すぎたのが問題だった。


「お前、バカか。なんで、北海道に行くのに、こんなアバウトな日本地図なんだよ。大体、九州や四国なんて、行かないんだからいらないだろーが。せめて、東北・北海道版とか買えよ」

 ところが。

「男のくせに、いちいち細かいこと、うるさいわね。そのうち、ハゲるわよ」

 あろうことか、そんなことを言ってきたから、さすがに俺も黙ってはいられなかった。

「なっ。お前、言っていいことと悪いことがあるだろーが」

「うるさいわね。とにかく出発よ!」


 麻弥は、ぶつぶつ文句を言う、俺を鬱陶しそうに横目で見ながら、エンジンをかけた。


 で、走り始めたのは良かったが。


「とりあえず、大洗おおあらいまで行くんだろ?」

 さも当然のように口を開く俺。大洗とは茨城県の地名で、そこから北海道行きのフェリーが出ていることは知っていた。

 ところが、


「大洗? なんで?」

「だからフェリーで北海道行くだろ?」

「はあ? 誰がフェリー使うって言った?」

「え、まさか高速で?」

「高速? 誰が高速使うって言った?」


 ものすごく嫌な予感がした。


「お、お前。まさか青森まで下道で行くつもりか? 一体何時間かかると思ってる?」

 さすがに黙っていられなくなり、俺たちは他のメンバーの3人の目も気にせず、言い争いになっていた。

「さあ。10時間くらいじゃないの。大体、お金がないのよ」

「アホか! 10時間で着く距離じゃないぞ。途中、休憩を挟んで、食事もすることを考えたら、今日1日で着けるかどうかすらわからん」

「うっさいわね。あんたは、その地図使って、案内してればいいのよ。とりあえず、この……国道4号だっけ? これをずっと真っすぐ行けば、青森に着いて、トンネル越えて函館まで行けるでしょ?」

「やっぱアホだな、お前。青函トンネルは電車専用だ」

 よくいるんだよな。青森から北海道に渡ったことがない奴が、青函トンネルは電車だけでなく、車でも走れると思っている奴が。こいつもその一人か。


 ちなみに。ウチのメンバーで、実は誰も北海道に行ったことがある奴がいなかった。

 金持ちの家の娘の白戸先輩が、行ったことがないのはちょっと意外だったが。


 前部席で、俺たち二人がぎゃあぎゃあ言い合っていると、後ろから。

「お二人とも、最初からケンカしちゃダメですよ。せっかくの楽しいツアーが台無しです」

 白戸先輩が、その愛らしい小さな顔を出しきた。


「そうですよ。私、結構楽しみにしてて、昨日の夜はあまり眠れなかったんですから」

 金山さんが、子供のようにはしゃぎながら、意外なことを口にしていた。この

娘にもこんな一面があったのか。


「道は続いてますから、大丈夫ですよ、きっと」

 短い励ましの言葉をウィスが呟く。


 こうして、俺たちの苦難の旅が始まった。


 が、そもそも東京から青森まで何キロあるんだろう? と携帯の地図アプリで調べてみたら。


 750キロ。


 と、途方もない数字が書かれてあった。時間にして、約15時間。

 それもこれは、休憩を挟まずにぶっ続けで走った場合だ。


 いきなり不安だらけのスタートだった。というより、もうバンドや音楽なんて関係ない、ただの旅になっている気がする。


 国道4号は、東京都中央区から、北関東、東北を経て、最終的には青森市に至る、長い国道だが。


 俺たちは、東京都の西の方に住んでいるから、とりあえず国道16号に乗り、そこから国道4号に入り、後はひたすら真っすぐだ。

 この日は、一応平日だからそこそこの数の商用車やトラックが走っており、たまに渋滞に巻き込まれたりしながらも、比較的順調に進んだ。


 国道4号に入ると、後はナビ役の俺は暇になるので、道すがら彼女に聞いてみた。

 なお、昨晩あまり寝てないという金山さんは、ウィスと共に後ろで寝息を立てていた。

「なあ。具体的にどこで演奏するか、考えてるのか?」

「もちろん。まずは函館でしょ。それから札幌に行って、旭川、稚内わっかない、後は釧路くしろかな」

 まあ、突拍子もなく、大雑把な彼女にしては、まともな選択だった。

 だが、

「使用許可は?」

「あたしがそんなメンドいことやると思う?」

 聞くだけ無駄だった。


「宿は?」

「予約してないよ」

 当然のように胸を張って答えるが、自慢にもならん。


「どうすんだよ?」

「なんとかなるって。それにキャンプ用具積んでるし、いざとなったらキャンプか、車中泊すればいいし」

 何というか、実にロックというか、アバウトすぎる旅だった。


 やがて埼玉県、栃木県を経て、昼頃、「福島県」と書かれた標識の下を通る。


 麻弥はやがて、ロードサイドにある一軒のレストランの駐車場で車を停めた。

「うーん。疲れたあ。昼にしましょう」

 運転席で大きく伸びをしながら彼女は言った。


 俺たちは、ロードサイドにあるレストランで、少し遅い昼食を取った。

 その席上。


「麻弥。国道4号を真っすぐ行くより、携帯見るかぎりじゃ、会津若松あいづわかまつに入って、日本海側に抜けた方が近いぞ」

「あ、そうなの? 国道4号を真っすぐ行く方が、なんかロックな気がしたんだけど、まあいいや。それで行こう」

 というか、お前の「ロック」の基準が全然わからん。と俺は思うのだった。


 なお、「近い」と言っても、ここからだと10時間はかかるらしい。


「今、どの辺?」

 食事が来るのを待ちながら、彼女が尋ねる。

「福島県に入ったあたりだな。まだまだ遠いぞ」

「道は続いてるんだから、いつか着くわよ。ノープロブレム」

 アバウトすぎる回答だった。

「どうでもいいが、事故だけは起こすなよ」

「わかってるって」


 短い食事休憩後、再び麻弥の運転で、俺たちは北を目指した。すでに携帯アプリのナビからはルートが外れているので、そのナビを参考に修正しながら。

 が、東北地方に入り、道に車が少なくなると、麻弥ははしゃぎだした。


「おお! 車少ない! 飛ばし放題ね!」

 ガンガン、アクセルを踏み、かっ飛ばし始めた。

 おまけに、カーステレオからいきなり『Sum41』を流し始めた。


 食後で、ちょっとうとうとしていた、後ろの3人が飛び起きる。


 助手席にいる俺が、少し恐怖を感じるくらい飛ばす麻弥。

「お前、スピード出しすぎだ」

「大丈夫。死にゃしないわ」

「それより、警察に捕まるなよ」

「あたしがそんなヘマするわけないって」


 根拠のない自信、そして、大好きなパンクロックを聴いて、テンションが上がったのか、彼女は荒い運転で、東北の田舎道をかっ飛ばした。


 午後8時。現在地、秋田県秋田市。


 さすがに走りっ放しでヘロヘロになった麻弥がコンビニで休憩しようと言い、俺たちはロードサイドのコンビニで車を降りて、軽食と飲み物を買って、遅い夕食になった。


「まだ着かないのかなあ、青森」

 缶コーヒーを口にしながら、愚痴る麻弥。

「バカだな。だから言っただろ。遠いって」

「わかってるよ。でも、なんかこういうのって楽しいなあ」

 何故か長距離ドライブの楽しさに目覚めたように、麻弥は疲労感を漂わせながらも、表情は明るかった。


 そして……。

 「青森フェリーターミナル」と書かれた大きな標識をくぐる頃。

 日付を回り深夜0時30分になっていた。


 後ろの席の3人は、もう当然ながら疲れて眠っていた。


「やっと着いたよ!」

 麻弥の大声で、ようやく寝ぼけ眼を、ぼんやりと開ける3人。


 フェリーターミナルで早速乗船手続きに入る。


 ちなみに、青森~函館間のフェリーは、基本的に24時間運航されているので、まだ乗れる便があるはずだ。


 ところが、次の便は2時40分。まだ2時間もあった。


「疲れたから、お風呂入りたいなあ」

 などとのんきなことを言う麻弥だったが、そもそもこの近くに深夜まで営業している銭湯や温泉はなかったし、残りの3人は、今にも寝てしまいそうなくらい、疲れていた。


 なので、結局俺たちは、フェリーターミナルの待合室で仮眠を取った。まったく年ごろの娘が、風呂にも入らず、こんなところで眠るなんて、親御さんが知ったら、怒られそうだ。



 8月9日、木曜日。午前2時40分。俺たちは無事にフェリーに乗り込み、本州を離れた。

 外はもちろん真っ暗。

 乗船すると、俺たちは雑魚寝ができる、大部屋に行き、5人全員が、あっと言う間に睡魔に勝てず、寝入っていた。

 まあ、無理もないが。


 6時20分。北海道函館市のフェリーターミナルに着岸。

 ついに北海道初上陸ということと、仮眠を取ったからか、麻弥は朝から元気だった。幸い天気は快晴だった。


「よし、ついに来たよ、北海道!」

「とりあえずどうすんだよ? こんな朝っぱらからライヴやっても、人来ないぞ」

 と会話をしていると、

「それより、麻弥先輩。さすがにお風呂入りたいですね」

 後ろから白戸先輩が疲れた顔で、言ってきた。


「そうね。ライヴは夜だから、まだ全然大丈夫。まずはお風呂に入ってから、函館観光でもしましょう」

 リーダーの一言で、俺たちは、函館市内にある、有名な温泉地、湯の川温泉に行き、日帰り温泉施設で入浴し、ようやく一息つくことができたのだった。


 女の風呂ってのは、男よりはるかに長いと相場が決まっており、俺は暇だなあ、と思いながら待合室の大部屋で横になって、仮眠を取っていた。


 その後、元気を回復した麻弥を筆頭に、俺たちは函館の有名観光地を練り歩くことになった。


 ハリストス正教会、カトリック元町教会、旧函館区公会堂、八幡坂など。

 函館は、どこも絵になる風景ばかりだった。


 そして、昼頃になって行った、金森赤レンガ倉庫で、麻弥が突然、

「ここでやるわよ」

 と言い出した。

「えっ? ここでライヴをやるのか?」

「そう。あたし、ここが気に入ったから」

 いつものリーダーの気まぐれだった。


 ちなみに、リーダーは全くの無許可でやると言っていたが、ここは人が集まる観光地。色々と問題があるといけないと、良識的な白戸先輩が、こっそり責任者に許可を取りに行った。

 なお、俺は麻弥から「函館で安宿見つけてきて」と言われ、携帯で探して、予約していた。


 夕方の午後6時。

 夏の長い陽がようやく落ち始める頃、俺たちはバンドのセットを揃えて、金森赤レンガ倉庫前の海に面した遊歩道にいた。


 本当はもっと目立つところでやりたかったのだが、観光客が数多く訪れる、観光施設の責任者の許可が下りなかったためだった。


 平日とはいえ、夏休みだったし、ここは有名な観光地。意外なほど人が集まってきて、遠巻きに俺たちを眺めていた。

 麻弥は事前の打ち合わせで、


「今日は『Iron Maiden』で行くわ。ってことで、ウィスたん、よろしくね」

 と勝手に決めてしまっていた。


 ツアー初日の一番大事なMCを、上がり症のウィスが務めるため、彼女はいかにも緊張した面持ちで、マイクの前に立った。


「は、函館の皆さん。そして北海道の皆さん。こんにちは。私たちは、東京でライヴ活動をしている『NRA』というバンドです。今日は、初めて北海道に来たのですが、がんばって演奏します」

 緊張しがちな彼女にしては、がんばってきちんと話していたように見えて、安心した。

 観客から小さな拍手が起こる。


 曲がかかる。『Iron Maiden』の『The Wicker Man』だ。

 イントロからギターの鋭いリフが入り、続いて麻弥のドラムが軽快な音を立て、ヴォーカルの金山さんがシャウトする。『Bruce Dickinsonブルース・ディッキンソン』の、ちょっと特徴的なハイトーンヴォイスを真似る彼女の歌い方は素晴らしかった。

 

 中盤からはさらに曲調が激しくなり、いかにもロック、パンクな激しい曲であり、中盤に入る頃に流れる、ギターリフが最高にカッコいいのだが、これを俺は、大きなミスをすることなく、何とか乗り切った。

 

 観客への掴みとしては、成功だった。


 観客の多くが、夏休みを利用して函館に来た、若いカップルや家族連れが多かったが、こんな女子高生たち(俺は違うが)が、バリバリのロックを歌うとは想像していなかったんだろう。


 終わった後、意外なほどの喚声や拍手が飛んでいた。


 続いて、オリジナルの『The sky is the limit』だ。

 これも同じく、派手なドラム音、速弾きのギター、いきなりシャウトするようなパンクな曲調だし、サビは大いに盛り上がるから、徐々に人が集まってきた。

 中には、携帯で動画を撮る連中も。

 まあ、俺たちにとっては、撮影してくれた方が、名前が売れるし、嬉しいことだが。


 演奏が終わると、さらに大きくなった観衆により、大きな拍手に包まれた。

 だが、ここではアンコールまでには至らなかった。


 俺たちは、楽器を片付けた後、そのまま函館山に向かい、ロープウェイに乗り、函館山からの夜景を楽しんだ。


「いやあ、気持ちよかったねえ」

 と麻弥が、大きく伸びをして、眼下の明かりを見ながら呟いた。


「ええ。函館は素敵な街ですね」

 と白戸先輩も、髪をかき上げながら応じる。


「ホント、気持ちよかったです!」

 金山さんは、眠気も吹き飛んだようで、元気に声を上げる。


「私も、楽しかったです」

 初のMCを務めたウィスも満足そうだ。


「明日は札幌か。もっと人が多い街だから、盛り上がるといいな」

 俺も、この北海道で、演奏していくという期待感に胸を膨らませていた。


 その日は、函館市内にある、比較的安いビジネスホテルに宿泊した。さすがにみんな、長距離移動で疲れていたからだ。


 もちろん、俺だけ部屋がシングルの別の部屋だったが。


 函館に上陸、いや北海道に上陸して気づいたこと。空気感が違う。

 本州のような、ムっとした、湿度を含んだ蒸し暑さが、この時期でさえなかったのだ。

 麻弥が言うように、「涼しく」演奏はしやすい場所だった。もっとも逆に冬は寒くて大変だろうが。



 翌日、8月10日、金曜日。

 俺たちは、函館に別れを告げ、北海道最大の中心都市、札幌市を目指して北上した。


 ここからはナビなんていらないくらい、簡単なルートだったが。

 国道5号をひたすら進み、洞爺湖とうやこ付近で、国道230号に入り、中山峠を越えたら札幌だ。


 道すがら、ひたすら真っすぐで広い道に感動した麻弥は、持ってきた洋楽のCDをかけながら、

「道、ひろーい! 走りやすーい! 飛ばさなきゃ損ね!」

 とテンションを上げながら、ガンガン、アクセルを踏み続けていた。


 途中、休憩を挟みながら、5時間ほどで、昼頃に札幌市と標識がある場所を通り過ぎたが。

 周りは山だらけだった。

 本当にここが札幌? と思うような山道に入って行く麻弥。


 すると、彼女は、とあるキャンプ場で車を停めた。

「今日はここでキャンプするから、まずは設営するよ」

 アバウトな彼女の一言で、今日はここでキャンプとなった。


 ところが、麻弥が持ってきたテントは1組だけ。

 約5人は入れる、大きなファミリー用のテントとターフだった。


「俺はどうするの?」

 恐る恐る、麻弥に聞いてみると、

「え、あんたの分はないわ」

 と、とんでもない回答だった。

「はあ? じゃあ、どこで寝ろと?」

 彼女が指さした先にあったのは、走ってきた車だった。

「俺だけ車中泊ってことか?」

「そうよ」

 そう言いながら、しかも、

「それとも、なに? あんたも一緒に寝るつもりだったわけ? とんでもない変態ねえ」

 と言ってきたから、俺はキレ気味に。

「ああ、もうわかったよ。車で寝るよ」

 と答えるしかなかった。

 ていうか、こいつの俺に対する扱い、酷くないか。


「じゃあ、ここでちょっと、まったりしながら、今日のこと、考えようか」

 リーダーの一言で、俺たちは大きなテントの前のキャンプ用椅子に座って、輪を作った。


 なお、後で知ったことだが、この辺りは定山渓じょうざんけいといい、札幌市でもかなり郊外にある山の中だった。


 とありあえず、話し合いの結果、今日は麻弥がMCを務めることもあり、彼女がやりたがっていた『Sum41』の『No Reason』に決まった。


 場所は、札幌市中央部にある観光名所、大通公園だった。

 実は今回は、いきなりの路上ライヴをやって、追い出されるのもイヤだったので、交渉事に強い白戸先輩を交渉役に任じて、事前にちゃんと許可を取った。

 結果的にはこれが正解だったのだが。


 当初は、一番有名な「時計台」の前でやろうという話だったが、調べてみると時計台は、街中の狭い場所にあり、演奏スペース自体がほとんどなかったからだ。


 例によって夕方から夜にかけてやることになるため、俺たちは下見も兼ねて、車で札幌市中心街へと向かった。


 街中に入るに連れて、徐々に交通量は多くなり、周りには多くのビルが見え始める。


「うわあ、さすがに都会ね、札幌」

 初めて見る、北の大都会に興奮する麻弥。

「調べたら、人口は190万人以上もいるらしいからな。下手な演奏はできないぞ」

 俺がプレッシャーをかける。


「大丈夫、大丈夫。今日のあたしはノってるからね。何曲でも行けるよ!」

 頼もしいというか、男らしいというか。麻弥は全然心配していない顔だった。


 とりあえず時計台に行ってみた。

 が。


「え、これが時計台。なんか思ってたのとちがーう」

 麻弥が建物を見上げながら呟いた。

「そうですね。もっと大きいかと思ってました」

 金山さんもそう相槌を打った。


 そうなのだ。時計台は札幌の街中にあり、ビルに囲まれて建っているから、通称「日本三大がっかりスポット」とも言われる。

 ちなみに、残りの二つは、高知の「はりまや橋」。長崎の「オランダ坂」と言われているとか。


 続いて、大通公園。ここも有名な場所だが。

「ひろーい! ここで演奏するのかあ」

 と麻弥が早くも興奮気味だった。


 大通公園は、東の端にテレビ塔があり、そこから西に長く伸びる公園で、かなりの広さがあり、夏の今頃は、毎年ビアガーデンなどで人が集まるし、冬は雪まつりで有名だ。

 つまり、札幌でも有数の「人が集まる」スポット。これが狙いだった。

 俺たちは、その中の「大通公園野外ステージ」で演奏することになる。幸い天気は曇りだったが、雨が降る気配はなかった。


 北海道庁旧本庁舎、北海道大学などの観光地を巡っているうちに、時間になった。


 午後7時。俺たちは大通公園西6丁目にある「大通公園野外ステージ」に立っていた。


 ちょうど、夏のビヤガーデンが大通公園で開かれており、しかも週末の金曜日の夜だったから、すごい人出だった。

 酔客中心に、地元のサラリーマン、高校生、観光客などが入り混じって、客席を埋めていた。


 そんな中。


「札幌のみなさん、はじめまして! あたしたちは、東京を中心に活動しているアマチュアバンド、『NRA』です。今日は夏の暑さを吹き飛ばすくらいに、気合入れて演奏します!」

 今日のMC、麻弥は元気いっぱいでマイクに叫ぶように語り。


 そして、1曲目の『Sum41』の『No Reason』が始まった。

 この曲は、とにかくノリがいい。


 しょっぱなからシャウトする金山さんのヴォーカル、俺たちのバックコーラスが流れ、流れるようにギター、ドラム音が入り、コーラスを交えながら、どんどん盛り上がっていく曲調だ。


 中盤以降も、コーラスが入るから、なかなか大変な曲なのだが、有名な曲でもあり、何よりもノリのいい、疾走感のあるパンクだからか、客席は大いに盛り上がった。


 期待以上の出来だった。


 客席からは、函館の時とは比べ物にならないくらい、大きな歓声と拍手が巻き起こり、俺たちは成功を収めた。


 続いて、『The sky is the limit』だが、これは初めて聴く観客が大半のはずなのに、やはりパンクな曲調が受けたのか、先程以上に盛り上がり、気が付けば、最初より人が集まってきた。


 終わった後は、さらに。


「アンコールッ!」


 という大きな歓声が上がる。


 待ってました、とばかりに再びマイクの前に立った、麻弥は。

「ありがとう! それじゃ、とっておき、行くよ! 『Deep Purple』で『Smoke On The water』!」

 やはりというか、予想はしていたが、彼女は一番好きな曲を選んだ。

 幸い、俺たちはこの曲に慣れている部分があったから、すんなり入れた。


 イントロの有名なギターリフのアルペジオを俺が奏でると、客席は大いに弾けた。

 この超有名なリフは、4度の和音を使ったリフと言われ、C1度、D2度、E3度、F4度となっていて、これを一緒に弾くことで、和音のリフが成り立つ。

 そのために、2つの弦を指1本で抑えながら、俺は何度も練習した、このリフをかき鳴らす。


 最近の高校生や若者はあまり知らないかもしれないが、一定の年齢層以上の、つまり中年以上の人たちには、非常に馴染みがある。


 なので、どちらかというと、おじさんたちに受けた。


「お、『Smoke On The Water』じゃん」

「懐かしい!」


 と、音に釣られ、どんどん人が集まってきた。


 麻弥の目論見は大成功だった。


 アンコールが終わり、俺たちは万雷の拍手と歓声に見送られながら、ステージを降りた。


「やったね、大成功よ!」

 麻弥が一番はしゃいでいた。

「よかったです。いい思い出になりますね」

 白戸先輩も、

「赤坂くんのギターリフが受けたね」

 金山さんも、

「Wonderful! 音楽は楽しいですね」

 英語交じりにウィスも。

 みんな汗をにじませながら笑顔だった。


 結果的には、この札幌公演が、俺たちの北海道ツアーで一番の盛り上がったステージになった。


 その日の夜。定山渓のキャンプ場で、一人寂しく車中泊をしていた俺が、寝床の用意(寝袋だが)をしていると。


 コンコン、と扉が軽く叩かれた。

 開けると、そこには、白戸先輩、金山さん、ウィスの3人が立っていた。


「どうしました?」

 先頭にいた白戸先輩に聞くと。

「はい、差し入れです」

 と彼女は100均で売っているような、紙の皿を差し出してきた。

 皿の上には、若干の肉や野菜、ご飯が乗っていた。


 そうか。キャンプをしている彼女たちは、普通に料理をしていたのだ。一方の俺は、キャンプに来たのにコンビニ弁当という、わびしい晩飯だった。


「ありがとうございます」


「ごめんね、赤坂くん。君一人だけ、なんかかわいそうな気がして」

 と金山さんが。

「Sorry. 私も肉、焼きました」

 とウィスが、それぞれ申し訳なさそうに続けた。


 彼女たちの心優しさが響く。

「ところで、麻弥は?」

 俺の当然の問いに、白戸先輩は、

「疲れて、もう寝ちゃいましたよ。麻弥先輩も悪気はないんです。許してあげて下さいね」

 やはり、いつものように、優しく微笑むのだった。

「わかってますよ」

 俺はそう言うしかなかったが、やはり一人だけ車中泊というのも、納得がいかないものだ。



 翌日の8月11日は、テントをそのままにして、札幌観光に出かけた。

「せっかく北海道に来たんだから、美味しい物、食べたい!」

 と麻弥が中心に叫び、他の連中もそれに応じたからだ。


 俺たちは、二条市場で寿司を食べ、すすきののラーメン横丁で本場の札幌ラーメンを食べ、サッポロビール園でビールを飲みたそうにしている19歳の麻弥を押し止め、さらに羊ヶ丘展望台で、クラーク像の真似をして指をさして写真を撮る麻弥に付き合わされ、一日中遊び倒していた。


 今までの疲れやストレスもあったんだろう。

 その日は、みんなぐっすりとテントで寝ていた。もちろん、車中泊の俺を除いて、だが。



 翌日、8月12日。日曜日だった。


 俺たちは、テントを撤収し、次の演奏場所に向かった。


 札幌から北に約130キロ。北海道北部の中心都市、そして北海道第二の人口を誇る街、旭川だ。


 札幌から旭川は、意外と近く、およそ3時間ほどで到着。


 早速、時間が余った俺たちは、動物が好きという白戸先輩のリクエストで、有名な旭山動物園あさひやまどうぶつえんに行き、時間を潰し、夕方になって、市内中心部に戻ってきた。


 この日は、特に予約など取っていなかったから、人が多いと思われる旭川駅前で路上ライヴを敢行した。


 が。


「旭川のみなさん、はじめまして。東京から来た『NRA』です。今日はここでライヴを行います」

 いつもの丁寧口調で、今日のMC担当の白戸先輩が声をかけるも。


 正直、人はまばらだった。


 一抹の不安を抱えながら、俺たちは演奏に入る。


 1曲目は『Helloween』の『Power』だ。


 いきなり最初から強烈なドラミングが響く曲で、それに合わせてギターリフが響く。

 『Andi Deris』の、シャウトするような声を、金山さんが張り上げ、曲自体は非常に疾走感のある曲なのだが。

 この日は、全体的に、あまり盛り上がらなかった。


 どうも客が冷めているし、そもそも人が少ない。


 結局、2曲目の『The Sky is the limit』もあっさり終わり、何だか消化不良の形になり、白戸先輩は少し落ち込んだように、表情を暗くしていた。


 後で知ったことだが、旭川は、最近人口減少が激しく、駅前にも、中心部にある平和通買物公園にも人が少ないんだとか。

 逆にロードサイドの店の方が人がいるらしい。


 北海道に限らず、日本のどこでもそうだが、中心となる大きな街にばかり人が集まるから、地方は衰退する一方なのだ。


 函館は、まだ観光地が多いから、それで持っている面があるが、旭川には、旭山動物園以外、これと言った、目玉の観光地がなかったりする(近くの美瑛びえい富良野ふらのを含めなければ)のも原因だった。


「白戸先輩。落ち込まないで下さい。こんな日もありますよ」

 前に先輩に、話を聞いてもらったお礼に、俺が演奏後に声をかけると。

「赤坂くん。ありがとうございます。大丈夫ですよ」

 彼女は、ちょっと無理をしたように微笑んだ。


 一方で、麻弥は、心なしか、難しい顔をしながら、駅前を睨んでいたのだった。

 

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