Stage.19 The sky is the limit

 結局、ウィスの荒療治の件もあり、1か月経っても、俺たちのバンドの新曲は出来ていなかった。

 6月も中旬に差し掛かろうとする頃。



 いつものように部室に行くと、白戸先輩がノートパソコンを開き、その周りに金山さんとウィスが集まって、画面をのぞき込んでいた。


 何なのか気になったので、聞いてみると。

「ホームページができましたよ」

 白戸先輩が、いかにも嬉しそうな声を上げて、微笑んだ。


 いつの間にそんなものを作っていたのか、不思議だったが、聞くと、麻弥に頼まれて密かに作っていたらしい。


 なお、白戸先輩は、電機会社の社長令嬢なのが関係しているか、わからないが、多少のパソコンの知識があり、ホームページを作成することができたという。


「へえ。ちょっと見せて下さい」

 一旦、ウィスにどいてもらって、のぞき込んで見ると。



 でかでかと「NRAニュー・ラウンド・アバウト」と書かれたホームページには、たくさんのバナー広告が載せられており、さらに「東帝音楽大学付属高等学校 ハードロック同好会」と記されたリンク先も貼ってあった。


 サイトの中は、動画投稿サイトにもリンクしていて、俺たちの演奏が動画でも見れるようになっている。


 予想していたより、ずっとしっかりとしたサイトだった。

 だが、俺は別の問題を心配していた。


「白戸先輩。それより新曲はどうなりました?」

 しかし、白戸先輩は、ちょっと照れ笑いを浮かべながら、

「もう少しで完成しますよ。ちょっと煮詰まってたので、息抜きにホームページを作っていたんです」

 と口にした。



 それからさらに1週間ほど経って。


 ようやく待望の知らせが、ハードロック同好会とNRAメンバー共通のグループメッセージとしてメンバーに送られてきた。


「みなさん、お待たせしました。新曲ができました」


 非常に短い文面だった。送信元は白戸先輩。


 リーダーの麻弥がいないと話にならないので、放課後の喫茶店に付き合ってもらい、デモで作ったCDをメンバーで聴いてみた。



 今度の新曲は、「Rush Up」よりさらに早いテンポ、シンコペーションが効いた、ロックというよりも、パンクに近い、かなり疾走感のある曲だった。

 出だしから強烈なドラム音と、ギターの速弾きが入るし、ヴォーカルはいきなりシャウトするような、勢いがある。


 作詞もすでに金山さん、ウィスの二人の協力で出来上がっており、もちろん全編英語。

 曲名は。


The sky is the limitザ・スカイ・イズ・ザ・リミット』。


 直訳すれば「空に限りがある」になるが。

 英語では、この場合、逆に「限りがない=無限大」くらいの意味になるそうだ。


 確かにタイトルとしては、様になっているかもしれない。


 曲自体もかなりパンクな出来だが、悪くなかった。


「いい曲じゃない! 早速次のライヴでやろう!」


 と麻弥が気勢を上げた。



 で、俺たちはかなり久しぶりに、ライヴハウス『Star Dust』に連絡し、スケジュールを埋めてもらったのだが、やっぱりまだ前座のままだった。


 選曲は、麻弥の提案で「できれば今までやったことがない曲」ということで、以下のように決まった。



1曲目 『Killer Queenキラー・クイーン』      『Queen』

2曲目 『Kickstart My My Heartキックスタート・マイ・ハート』 『Motley Crueモトリー・クルー

3曲目 『The sky is the limit』    オリジナル



 前座ゆえの時間のなさから、アンコールは選んでない。

 曲目の説明をしよう。


 『Queen』はイギリス、ロンドン出身のロックバンド。もちろん、初めてライヴで演奏するイギリス出身のウィスに配慮したものだ。


 『Killer Queen』の歌詞は、上流階級のコールガール、つまり娼婦について歌ったもの。『Queen』と言えば、初期メンバーのヴォーカル、『Freddie Mercuryフレディー・マーキュリー』が有名だが、そのFreddieが珍しく歌詞から先に作った曲だ。


 その鼻に抜けるような特徴的な歌い方やコーラスが入る曲調は、俺たちが今までやったことのないジャンルだったから、ある意味、これは新しい挑戦だった。


 発売は1974年。『Queen』にとって、初の大ヒットとなった曲で、今でもそのフレーズ、メロディーはよく知られている。


 『Motley Crue』は1980年代前半から後半に活躍したアメリカ出身のロックバンド。北米を中心に、スタジアムロック・ムーブメントを引き起こし、全米だけで2500万枚以上、世界では1億枚以上を売り上げた、モンスター・ロックバンドだ。


 『Kickstart My Heart』はそんな彼らの代表曲の一つで、『Live Wireライヴ・ワイヤー』などと共に有名だ。


 前半からカッコいいリフが入り、疾走感のあるロックナンバーだ。発売は1989年。

 ちなみに、『Motley Crue』自体は、楽曲でも有名だが、素行の悪さでも有名で、ドラッグやアルコールによるトラブル、事件や事故が後を絶たない、超問題児バンドだ。ある意味、最高にロックな奴らなのだが。


 久々のライヴハウスでの演奏は6月25日に決まり、俺たちは早速練習に入った。

 そして、俺たちは再び彼らに再会することになる。



 6月25日夕方。ライヴハウスにメンバーで足を運んで、楽屋に行ってみると。


 やはり彼らがいた。

 ヴォーカルでリーダーの橙野亮太、ベースの桜野春香、ドラムの山吹雅規、ギターの浅葱和久。『The Xero』だった。


 去年の12月に初顔合わせを行ってから、こいつらがメインのライヴに招待されるも、ことごとく前座の引き立て役になっていた俺たちにとって、因縁深い奴らだった。


 中でも、イケメンで、見るからに軽薄な浅葱が、


「お、黒田の代わりに、可愛い子が入ってるな。しかも外人さんじゃないか!」


 と、ウィスに近づくのがなんか無性に腹が立つ。


 大体、ウィス自体、「ガイジン」って言われるのを嫌ってるはずだが。

 そんなウィスは、金山さんに隠れるように顔を背けていた。


 内心、ザマあみろ、という気分だった。


 一方、ギャルっぽい外見とは裏腹に、明るくて社交的で、取っつきやすい桜野さんは、久しぶりに会った、友人の麻弥に声をかけていた。


「いっや、久々やな。あんたら、ずっと来てへんかったようやけど、何しとったん?」


 ウチらのリーダーは、

「ごめんね、はるるん。さおりんがいなくなってから、ベース探しててね。ま、色々あって、見つけて、やっと物になるようになったの。紹介するわ。ウィスたんよ」


 金山さんの斜め後ろくらいにいた、ウィスを突然、紹介した。


「は、はじめまして。ウィスタリアです」


 彼女はいきなり話を振られて、驚いたような表情で恐る恐る答えた。いつものように、引っ込み思案な感じで妙にいじらしく見える。


 ヴォーカルの橙野は軽く挨拶、無口な山吹は無言、そして浅葱はいきなり、ウィスに手を伸ばし、握手しようとして差し出した手を。握られていなかった。


「ありゃ、嫌われちゃったか」

 軽い口調で呟いているが。


「ウィスはこう見えて人見知りなの。あんまり構わないでくれる?」


 こういう時は堂々とメンバーを気遣う麻弥がちょっと頼もしく見える。


「随分可愛い子を連れてきたんやな。ま、楽しみにしてるで」

 桜野さんは、相変わらず明るい口調でそう言って、連中は去って行った。



「なんか無性に悔しいわね」

 リーダーが呟く。

「まあ、俺たちはまた前座の引き立て役だからな。しょうがないさ」

「いつまでも前座でいると思わないことね。いつか絶対あいつらに追いついて、あいつらをあたしたちの前座に据えてやる」

 麻弥の瞳に闘志の炎が宿っていた。



 で、早速演奏になったわけだが。

 前座ってことはいきなり出番だ。


 しかも持ち時間も少ない。客の入りもメインの奴らよりも期待ができない。今回も知り合いに声をかけたが、果たして何人来てくれたか不安だらけだった。


 最もそのために、わざわざホームページを立ち上げて、告知したりはしたが。

 舞台袖に入った俺たちは、麻弥に目を向ける。


「とりあえず、リーダー。なんか言ってくれ」

 俺が促すと。


「そうね……。さおりんがいなくなって、一時はどうなるかと思ったけど、ウィスたんが入ってくれて良かったわ。今日はあいつらを出し抜くくらい盛り上げてやるわよ!」


 気合の入った一言を発し、俺たちに発破をかけるのだった。


 今日の麻弥は、ショートカットに、『Deep Purple』のロゴが入ったTシャツに黒いレザーパンツ、ブーツ姿。


 白戸先輩は、星印が入った白いシャツに可愛らしいショートスカート。


 金山さんは、血のような真っ赤なTシャツに、白いホットパンツ。


 ウィスは、ちょっとお嬢様っぽい、純白のワンピース姿。


 そして俺は、『Nirvana』の『Kurt Cobain』が着ていたという「grunge is deadグランジ・イズ・デッド」と書かれたTシャツをネット通販で手に入れて、着用し、下はジーンズという恰好だった。



 舞台袖から舞台に上がると、思っていた以上に人がいた。

 知り合いの顔もちらほら見える。


 前回演奏した時は、確か50人くらいだった気がするが、今回はそれより多いようだ。


 早速演奏に入る。


 1曲目の『Killer Queen』が始まる。ゆったりとしたテンポで、曲に入る。


 Freddie Mercuryの独特の唄い方を、金山さんはビブラートを聴かせながら見事に歌い上げていた。


 初めてにしては、上々の出来だ。

 演奏にも慣れてきた俺は、横目で隣にいるウィスを見るが、彼女は彼女で必死に演奏していた。どうやら心配していた事態にはなっていないようで一安心だ。


 麻弥は麻弥で、あれだけ熱くなってた割には冷静にドラムを叩いていたし、白戸先輩はある意味、いつも通りの安定した奏法を保っていた。


 演奏が終わると、思ったより大きな拍手と歓声が上がっていた。


「皆さん、お久しぶりです! NRAです。いや、実は色々あってメンバー代わりまして」


 メンバーの中でも、よくMCを務める金山さんが元気よく、愛用のガイコツマイクを通して客席に語りかける。


「黒田沙織に代わり、新しいメンバーが入りました。紹介します。ロックの本場、イギリス出身のウィスタリア・オーキッド!」


「おおっ!」


 客席は、その一言と紹介された金髪、碧眼の美少女に釘付けになるが。


 紹介された当の本人はというと。


「あ、ウ、ウィスタリアです。ウィスと呼んで下さい」


 緊張していたのか、早口でそれだけ言うと、さっさとマイクの前からどいていた。

 ある意味、予想通りの反応で、いじらしい。


「じゃあ、2曲目、行きますよ! 『Motley Crue』でKickstart My Heart!」


 再び大きな歓声が上がり、俺は前奏のギターリフをエフェクターで歪ませながら一気に弾く。


 続いて、リズムギターの金山さんが同じくリフを奏で、麻弥の力強いドラムが入る。


 前奏後のシャウトするような、特徴的なロックな歌を、女とは思えないような力強い声量で金山さんが張り上げ、俺たちはバックコーラスも担当する。


 結果的には、この曲の選択は正解だった。

 ロック好きにはたまらない要素が詰まっている曲でもあるからだ。


 客席を見ると、予想以上に盛り上がっている様子だ。

 間奏後も、ギターリフが入るが、油断せず、最後まで弾ききったら、意外なほどの喚声が飛んできて、少しだが安心した。



 3曲目。ついに新たな曲だ。


「ありがとうございました。次は、久々の私たちの新曲です」


「聞いて下さい。『The sky is the limit』」


 いきなり激しいギターリフと速いテンポ、シンコペーションが続くから、大変な曲なんだが、それ以上にやり甲斐を感じる曲だった。


 ほぼパンクに近いノリのいい曲だからか、観客はさらに盛り上がりを見せ始め、踊る者たちも現れ始めた。


 特にサビの「The sky is the limit」と続くあたりが最高に盛り上がる部分だった。

 チラりと横目でメンバーの様子を伺う。

 みんな一様に満足気な表情をしていた。


 とりあえず、ウィスが大きな失敗をしていないことが幸いだった。


「ありがとうございました!」


 曲の終了を告げるバスドラムの大きな音とシンバルを叩く音が鳴り響き、大きな歓声と共に俺たちは舞台を後にした。


「アンコールッ!」


 予想以上に盛り上がったから、前座にも関わらずアンコールが響いていたが、持ち時間がない俺たちは、前回と同じようにすごすごと立ち去るしかなかった。


 で、結局、人数的には前回より多い7~80人はいたと思われる。


「みんな、お疲れ様。特にウィスたん。よかったよ」

 舞台袖から廊下に出ると、リーダーが微笑んだ。

「あ、ありがとうございます」


 ウィスも緊張の糸がほぐれたのか、嬉しそうだった。

 とりあえず、演奏は無事に終わった。



 終わった後、俺たちは控え室になっている楽屋に戻って、それぞれ飲み物を飲んだり、くつろいでいたのだが。


 麻弥だけは、メインの『The Xero』の演奏を楽屋のモニター越しに悔しそうな表情を浮かべながら、睨むように見ていた。


 ところが、この後、思いもよらないことが起こる。


 ライヴが一通り終わった後、俺たちのバンドは、ここのブッキング・マネージャーである茶野健太、通称「チャノケン」さんに呼び出された。


 楽屋奥にある、支配人室みたいな部屋に通された俺たちは。


「おお、お疲れさん」

 気さくなチャノケンさんに声をかけられた。

「よかったよ、演奏」

「ありがとうございます」

「にしても、久しぶりだね」

「いや、ちょっと色々ありまして……」


 麻弥がリーダーらしく、先頭に立ち、頭をかきながら応じている。

「ところで、君たちさあ。そろそろCD出さない?」

「えっ?」


 リーダーだけではなく、俺たち全員が面食らっていた。

「いや、だって『Rush Up』だけじゃ寂しいと思ってら、やっと新曲出してくれたからさ。2曲なら君たちの洋楽カバーと混ぜて、マキシシングルくらい出せるでしょ」


 そうだった。

 色々あって、すっかり忘れていたのもあるけど、せっかくライヴハウスでやってるなら、せめてインディースCDくらい出しておくんだった。

 ていうか、多分、麻弥自身が忘れている気がするが。


「あ、そうですね」


 思い出したように麻弥は、照れたような、気恥ずかしそうな微妙な苦笑いをしていた。

 あれは、絶対「忘れてた」って顔だな。


「あと、最近じゃインターネットでダウンロード配信とかもできるしさ。とりあえず、ようやく様になってきたから、そろそろ本格的にやってみたら」

 何気にこの人の一言は厳しいが、的を得ている。


 「ようやく様になってきた」とは、言い換えれば、今まで全然ダメだったってことじゃないか。



 で、桜野さんたちへの挨拶も適当に済ませ、俺たちは、いそいそとリーダーの麻弥に連れられ、深夜にも関わらず24時間営業の、近くのファミレスに入っていた。


「ごめん、みんな! CDのこと、すっかり忘れてた!」


 注文を頼む前に、いきなり麻弥が謝ったが。


「どうせそんなことだろうと思ってたさ」

 俺はぶっきらぼうに呟いた。

 あの反応を見れば、予想もつく。


「何よ、あんたも気づかなかったでしょうが」

「何だと」

 言い争いになりそうになる俺たちを、周りの3人がまあまあとなだめる。


 注文を頼んだ後、早速話し合いがもたれた。


「とりあえず、マキシシングルの内容はどうする?」

 アイスコーヒーをすすりながら、器用にも麻弥が質問する。

「そうですねえ」

「任せますよ」

「わ、私も」

 それぞれ白戸先輩、金山さん、ウィスの弁だ。


「じゃあ、らちが明かないから、とりあえず『Rush Up』と『The sky is the limit』は入れよう」


 俺が提案すると。


「あんた、バカなの? そんなの当たり前じゃない。他の曲、どうするかって聞いてんの」


 麻弥に睨まれた。


「他の曲? そんなの多数決で決めればいいんじゃん?」


 ところが、彼女は眉をひそめた。


「多数決? はあ、一番つまらない決め方ね」

「なんでだよ?」


 なんかもう俺と麻弥だけの会話になっていた。他の3人は俺たちの言い争いみたいなやり取りを聞いているだけだった。


「あたしたちは、ロックバンドよ。もっとロックな決め方がいい。多数決なんて、そんなありふれた民主主義、あたしは絶対嫌!」


 相変わらずワガママな女だった。そう思ったからか、その思いが俺の口から出ていた。


「じゃあ聞くが、お前はどうしたいんだ? 大体ロックな決め方って何だよ。お前はいつも適当なんだよ」

「それを考えに来たんじゃない 少しは頭使ったら?」

「なんだと、この野郎!」

「なによ!」


 もうケンカになっていた。

 傍から見れば実に下らないケンカに見えるかもしれないが。


 俺たちは立ち上がるような勢いで睨み合っていた。

 見るとさすがに周囲が少しざわついている。


 再度、「まあまあ二人とも落ち着いて下さい」、と白戸先輩や金山さんになだめられる。


「……別れても二人とも仲いいんですね」


 ボソっとウィスが呟いた一言がきっかけだった。


「はあ? 仲がいい? どこが。こんな奴、もう知らないわ」

 完全に、血が上ったように、プンスカ怒って、麻弥は視線を逸らした。

 とりあえず、どうでもいいが、これじゃいつまで経っても決まらない。

 どうすればいいか考えていると。


「あのー。もうクジ引きでいいんじゃないですか?」

 恐る恐る白戸先輩が口に出していた。

 ハッとする俺と麻弥。


「ああ、そうね。それでいいや、もう」

 ロックな決め方とは程遠い結果だと思うのだが、なんか投げやりな麻弥だった。



 結局、俺たちはその場で、紙にそれぞれ自分の好きなバンドの一番好きな音楽を1曲だけ記入し、それを白戸先輩が即席で紙で作ったクジ引きボックスに入れた。


 5人いるから5曲。

 うち、マキシシングルに入れるのは、オリジナルの2曲を抜いて2曲。


 つまり、2人が当たり、3人が外れる。

 ちなみに俺はもちろん、一番好きな『Nirvana』の名曲『Smells Like Teen Spirit』を記入しておいた。


 結果発表。


 当たったのは俺が書いた、上記の曲と、そして『Deep Purple』の『Smoke On The Water』だった。


 聞かなくても誰が書いたか一目瞭然だったが。


 そんな結果を見ていた、白戸先輩が、妙にニコニコしながら俺たち二人を交互に眺め、


「やっぱりお二人とも、実は仲、いいんじゃないですか?」


 と楽しそうに聞いてきたが。


「よくないです」

 俺がきっぱり否定し、麻弥も、

「当たり前じゃない。別れたばっかだよ」

 まるで、「ふんっ」とでも言いそうな勢いで、ソッポを向いていた。


 それが彼女の本心か、それとも照れ隠しなのか、それはわからなかったけど。



 とりあえず、曲目は決まった。後はCDの表紙、つまりジャケットだ。


 これがまた悩みの種だった。

 大体、ジャケットってのは一番目立つ「核」になる部分だし、手に取った人にインパクトを与える必要があるのだが。


 そもそも俺たちには、音楽的センスは多少あっても、美的センスがある奴なんて一人もいない。

 ジャケットをイラストで飾ろうにも上手くいかない。

 写真も何を選んだらいいかわからない。

「ジャケットの表紙はどうするんだよ?」

 俺が思い切って口を開く。


「どうしましょう。私たち、誰もイラストなんて描けないですし」

「写真も、いきなりは思い浮かばないですね」

 白戸先輩と金山さんも浮かない表情を浮かべる。


「私も、何も思いつきません」

 ウィスも、いつもながら控えめに発言する。


 すると、リーダーの麻弥が、

「あんたたち、難しく考えすぎよ」

 そう言うと、鞄からルーズリーフを取り出し、さらさらとペンを走らせ、書いたものを俺たちに見せた。

 そこに書かれたいた文字は。


 Rock'n'Roll


 だった。


「はあ? お前、何考えてんだ?」

 俺の訝しげな表情に麻弥は、キレ気味に答えた。

「バカね。ロックンロールよ。この一言だけで十分じゃん」


「いや、それにしても、それだけ?」

「それだけって、他に何があんのよ?」

「いや、それはそうだけど、寂しくないか?」

「寂しいわけないじゃない。これ以上ないインパクトよ」

 

 俺と麻弥が会話を続けていると。


「いいんじゃないですか? シンプルでわかりやすいですし」

 白戸先輩だった。


「まあ、下手に奇をてらうよりは、いいかもですね」

 金山さんも頷く。


「キをてらう? って何ですか?」

 ウィスは、まだまだ日本語の語彙に疎い部分があるらしく、難しい漢字や言い回しが苦手だ。

 まあ、彼女は小学生の頃しか日本にいなかったから、無理もない。


「ストレートじゃないってこと」

「Oh、わかりました。私もsimpleでいいと思います」

 片言の日本語っぽく彼女も反応する。


 ということで、麻弥の提案で、ジャケットには、背景イラストも風景写真もなく、デカデカと、


Rock'n'Roll


 と黒い文字で書かれることになったのだが。

 フォントも何も考えてなかったから、超適当な明朝体のただの文字だった。


 まあ、何と言うか、男らしいというか、むしろおとこ臭い気がするけど。

 ある意味、最高にロックなのかもしれないけど。

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