Stage.17 Wistaria

「では、2人とも。改めましてよろしくお願いします」


 会長専用のオフィスチェアに座り、中学生にしか見えない幼児体型少女、白戸凛がセミロングの髪を触りながら挨拶する。3年生になった彼女は、ほぼ自動的に、この「ハードロック同好会」の会長に就任した。ちなみに、このオフィスチェアは、俺の幼なじみで、彼女の麻弥が卒業記念にと買ってきたものだった。



 新たな学期、そして新たに2年生となった俺だったが。


 ドラムでリーダーの麻弥は卒業して、大学生になったし、天才的ベーシストの黒田沙織は、ピアノの勉強のためオーストリアに留学してしまった。


 一気に寂しくなった3人だけの「ハードロック同好会」の小さな部室が、一層寂しく映る。


 ちなみに、同好会と同時に、ライヴハウスでの活動も休止中だった。とにかくベースがいないことには始まらないのだった。


 その辺りは、リーダーの麻弥からも発破をかけられていた。

 要は「早く見つけろ」と。



「なんだか去年の4月に戻ったみたいで、ちょっと寂しいですね」

 白戸先輩が、ため息交じりにつぶやく。


「私はいなかったから、知らなかったですけどね。ウチってこんなに人気ないんですね」

 俺と同じ2年で、ヴォーカリストの金山加奈だった。


「まあ、まずはベースを募集しないとですね」

 そう俺、赤坂優也が提案する。


 ちょうど、去年の今頃、先輩たちに教えられたことだが、同好会は規則で最低4人はいないと解散になる。


「そうですねえ。それが一番大変ですが。先日も生徒会長に……」

 白戸先輩が、目を細めて、その時のことを回想気味に語ってくれるのだった。



 4月初旬。入学式や始業式が終わり、ようやく新学期が始まり、早速「ハードロック同好会」会長として、新たなスタートを切ろうとした矢先。


 白戸先輩は、生徒会室に呼び出されたそうだ。

 そこで、現在の生徒会長に出会ったのだが。


 水野牡丹みずのぼたんと名乗る、その新たな生徒会長は、厳しいが話がわかる前・生徒会長の緑山かえでとは比べられないくらい、厳しくて、取っ付きにくい人物だったそうだ。


「白戸さん。あなたたち、ハードロック同好会は現在、メンバーが3人しかいません。4人目を早々に見つけて下さい。期限は4月末日までです。例外は一切認めません。見つけられなかった場合は、4月一杯で解散です」


 前・会長の緑山先輩と同じく、フレームつきの眼鏡をかけた少女だったそうだが、まったく取り付く島もないほど、一方的に言われたそうだ。


「で、でも。あと1か月もないんですけど……」

 恐る恐る口を開く白戸先輩に、


「それがどうしました? 規則は規則です」

 と、全く動じることなく、一方的に宣言され、話を切り上げられたそうだ。



「困りましたねえ」

 ため息交じりに口を開く白戸先輩。


 すると、


「あの、私。ちょっと心当たりがある子がいるんですけど」


 金山さんが意外にもそう口にした。


「え、マジで!」

「本当ですか? ならば是非誘ってください」


 俺と白戸先輩が、ほぼ同時に気色けしきばむが。一方の金山さんの表情は暗かった。


「いえ、ただ……。その子、ちょっと問題ありそうで」

 問題って、どんな問題があるのだろうかと気にしていると。


「一応、ベースやってることはやってるらしいんですが、性格が……」

 金山さんはどうも煮え切らない。


「多少の性格はこの際、目をつぶりましょう。せっかく先輩たちが立ち上げて、盛り上げてきた同好会。私の代で解散させるのも忍びないので」


 会長の一言に、少し考えこんでいた金山さんは、やがて、


「わかりました。だったら、赤坂くん。ちょっと一緒に来てくれる?」

 俺の方を振り向きながら答えるのだった。


「俺? なんで俺が? 別に一緒に行く必要なくない?」

「とりあえず、君にも見て欲しいのよ、その子のこと。ついてきてくれるだけでいいから。っていうか、その子、日本語通じないかもだし」

「えっ?」


「その子、イギリス人だから」


 マジか! 今のが一番驚いた。そもそもウチの学校に留学生なんていたんだ。



 次の日の放課後。俺と金山さんは早速、その「問題の子」がいるという1年生の教室に向かった。


「で、どんな子なの?」

 道すがら訪ねてみると。


「名前はWistaria Orchidウィスタリア・オーキッド。何度か音楽室でベースを弾いているのを見たことがあるの。ただ、なんというか、その子、いつも一人なのよ。ボッチなのかしら?」


 性格に難があるというのは、その辺りなのか。



 で、その例の女の子がいる1年生の音楽科の教室に着いたわけだが。


 俺たちが、教室前に着き、金山さんがその子を呼ぼうと思ったら、すでに教室にいないことがわかった。


 彼女が1年生の生徒に聞くと。

「ウィスタリアさんなら、たぶんもう音楽室に行きましたよ。あの子、ホームルームが終わると、いつも誰ともしゃべらないで、すぐに教室を出るので」

 と教えてくれた。


 早速、音楽室に向かう俺たち。



 その途中、廊下から階段に向かう途中で、目当ての背中を見つけた金山さんが声をかけた。


「Hey, Wis」


 立ち止まって、振り返った少女は、なかなかの美少女だった。


 ウェーブのかかった、ブロンドヘアーをなびかせ、170センチ近くはある長身にスラっとしたモデル体型、そして吸い込まれるような蒼い瞳。目鼻立ちもはっきりしているし、服装にも清潔感があり、どこかのお嬢様っぽい。そして、欧米人だからか、胸が大きい。


 彼女は、かつての黒田先輩と同じようにベースのケースを背中に背負っていた。


「Hi, Kana.」

「How's it going?」

「Not bad. What's up?」


 その口から出た言葉も、完全に流暢な英語だった。

 俺には多分、挨拶の言葉だろう、くらいしかわからなかった。

 というか、流暢すぎるし、早いからだ。


 以下は、二人の間で交わされた英会話だが、( )の中は後で俺が金山さんに聞いた和訳だ。


「The performance you gave when you got serious about it was the most wonderful.」(あなたが本気を出した時の演奏は素晴らしいわ)


「So, Let's play with us.」(だから一緒に演奏しようよ)


 そう語りかける金山さんに対し、ウィスタリアと名乗る彼女は、表情を曇らせ、


「No way.」(無理よ)


 はっきり、そして短い単語で断っていた。


「Why? Why do you say things like that?」(どうして? どうしてそんなことを言うの?)


「Cause I'm ashamed.」(だって、恥ずかしいから)


「No. Really not!」(そんなことないよ!)


「Leave me alone,Kana.」(放っておいてよ、加奈)


 そう冷たく言い放ち、背を向け、スタスタと歩いていく彼女に対し、


「We're not getting anywhere.」(話にならないわね)


 と金山さんはつぶやいていた。



 彼女が去る背を見送った後、俺は気なることを聞いてみた。


「金山さん。あの子の演奏、聴いたことあるの?」

 英語は苦手だが、何となくそんなことを言ってたような気がしたのだ。


「うん。何度か音楽室でね。あの子、放課後にたまに音楽室を借りて、ベース弾いてるみたいでね。声をかけたこともあるのよ。演奏技術自体はそれなりにあると思う」


「ふーん」

「ただね。やっぱあんな感じで、全然心を開かないの。ホンっと、欧米人っぽくないよね!」


 ちょっと怒ったように、口を尖らせながら文句を言ってきた。

 まあ、金山さんの方が純日本人の割には、はっきりしてるから欧米人っぽいし、実際にアメリカで勉強していたことがあるからなんだろうけど。



 で、とりあえず俺たちはそのままハードロック同好会の部室に向かって、会長に報告したわけだが。


「それは困りましたねえ」

 相変わらず、呑気というか、天然気質な白戸先輩が、あんまり困ってないような表情で答えただけだった。


「とりあえず、もう強引に連れてきちゃえば?」

 俺が何気なくそう口を開くと、

「そんな、それじゃ麻弥先輩みたいじゃない」


 金山さんは不満げに呟くが、意外にも白戸先輩は。


「あ、それいいかもですね。そういえば、去年の今頃、赤坂くんも麻弥先輩に強引に連れてこられてましたよねえ」


 くすくすと笑いを堪えながら、楽しそうに言いだした。


 そうだった。ちょうど去年の今頃、入学して右も左もわからなかった俺は、幼なじみの麻弥にいきなり拉致られて、このハードロック同好会に入会させられたのだ。


 思えば、その時からこの苦難は続いているわけだ。


「先輩。笑いごとじゃないですよ。っていうか、俺はやんないですからね。男の俺が女の子を強引に連れ去ったら、後でどんな噂になるか」


「わかってますよ。加奈ちゃん、お願いしますね?」

 可愛らしく、上目遣いで金山さんを誘惑するようにささやく白戸先輩だった。

「ああ、もう。わかりましたよ。やりますよ」


 半ばキレ気味に、金山さんはうなずいた。



 さらに翌日の放課後。


 またも俺と金山さんは、1年のウィスタリアの教室に向かうが、やはり彼女は既にいなかった。


 ダッシュで音楽室に向かう俺たち。

 今日は廊下では出会わず、彼女は音楽室にいた。

 いたのだが。


 他の生徒が和気あいあいと、様々な楽器を演奏している中、彼女だけは教室の隅の方で一人寂しく、ベースを弾いていた。


 ちなみに、我が校は音大付属高校だからというわけか、放課後の音楽室は普段は合唱部が使用しているが、合唱部が使っていなければ、解放され、勝手に楽器を弾いていいことになっている。


 だが、基本的には、ピアノやバイオリン、コントラバス、チェロなどのオーケストラに使う楽器、即ち授業でも習う楽器が中心だ。彼女のようにベースを弾く人は珍しい。


 というより、バンドに使うようなエレキギター、ベース、ドラムなどの使用は禁止されているはずだ。


 そんな中、金山さんは、周囲の目を気にせずに、つかつかとウィスタリアの元に駆け寄る。俺は、音楽室の扉の傍でその様子を伺う。


「Hey, Wis. Let's play with us. Follow me!」(演奏するわよ。ついて来なさい!)


 超絶ストレートな言葉と共に、いきなり彼女の腕を掴んだから、さすがに彼女はビックリして目を丸くしていた。


「Wait a minute.Where are you going?」(ちょっと待って。どこに行くの?)


 そのまま周囲の奇異の目にさらされながら、音楽室の扉の前まで拉致られてきたウィスタリアと俺は目が合った。


「ちょっと、そこの人。助けて下さい!」


 あれ、流暢な日本語だ。

 どうやら普通に日本語を話せるらしい。だが、こうも金髪の美少女が流暢な日本語を話しているのを聞いていると、奇妙な気分だな。


 などと思っていると。


「いいからついてくるの。もう、もどかしいったら、ありゃしない」


 金山さんまで、つられて日本語になっていた。

「……」


 結局、俺は申し訳ないと思いながらも、言い出しっぺだから、助けるわけにもいかず、そんな二人を見守りつつ、共にハードロック同好会の部室へと向かった。


 観念したのか、彼女はベースのケースを音楽室に置き忘れたまま、黙ってついて来るのだった。



 ハードロック同好会の部室の中、会長専用椅子に腰かける白戸先輩と、緊張した面持ちでたたずむウィスタリアが向かい合っていた。


「はじめまして、ウィスタリアさん。ハードロック同好会会長の白戸です。強引な誘いをしたことは謝ります。ただ、私たち、本当に困ってるんです。ベースを弾ける人がいないのと、メンバー不足でこの同好会も解散しそうなんです」


 しかし、当の彼女は、借りてきた猫のように、緊張して、所在なさげな雰囲気をまとっていた。


「で、でも。私、そんなに上手くないですし……。それに……」

「それに、何ですか?」

「私、人前に出ると、その、緊張しちゃって……」


 本当に欧米人っぽくない子だった。

 で、俺が気になっていたことを聞いてみた。


「ウィスタリアさん。日本語はどこで覚えたの? 随分上手いけど」

「小学校です。私、小学生の時はずっと日本にいたので。中学校はイギリスでしたけど」


 なるほど。小学生という、ある意味、最も頭が柔らかい時に、日本にいたから、こんなに日本語が流暢なのか。


 まあ、ともかく英語しか話せなかったら、いちいち金山さんを通訳に使わないといけないから、それはそれで助かったが。


「で、でも。その、小学生の頃、『ガイジン』ってことでいじめられて……」


 そう表情を暗くする彼女。

 そういうことだったのか。日本人ってのは、外国人に慣れてないから、未だに閉鎖的な部分がある。


 外国人が来ると、初めは物珍しいから好奇心を示すが、すぐに自分たちとは違うと言っては、いじめる側に回る。


 しかも、横並びが大好きな民族だから、みんな揃って、いじめる側に回る。


 そういう悪しき日本的な同調圧力って奴が、俺は大嫌いだから、彼女に少し同情したくなった。


「大変だったんだね。でも、大丈夫。ウチにはそんな奴いないから」

 俺が口を開くと。

「赤坂くんも、たまにはいいこと言うね。その通り! そんな奴、いたら麻弥先輩がぶっ飛ばしてくれるわ」


 金山さんが気勢を上げる。どうでもいいが、「たまには」は余計だ。


「マヤ?」

「ええ。今は大学に通ってますが、私たちの先輩で、3月までここの会長だった人のことです。私たち、バンド活動もしてるので、いずれ会わせますよ」


 ウィスタリアは、しばらく考え込んでいたが。

 やがて、


「……わかりました。とりあえず名前だけ登録しておいて下さい」


 それだけ言うのがやっとのように口を開いた。


 こうして、天才ベーシスト、黒田沙織の代わりに、新1年生でイギリス人のウィスタリア・オーキッドが加入した。


 ちなみに、彼女の父は外交官だそうで、なかなかリッチな家に住んでるらしい。


 愛称は金山さんが言ってたように「Wis(ウィス)」。さすがに、いちいちウィスタリアさん、などと呼ぶのが面倒なので、俺も白戸先輩も、「ウィス」と呼ぶようになった。



 で、俺が早速、麻弥に「新メンバー加入」のことを携帯のメッセンジャーで伝えると。


「マジで! イギリス人って、すごいじゃない! ロックの本場よ! 次の土曜日に連れてきて!」

 と興奮気味に返信があった。



 次の土曜日。俺、白戸先輩、金山さん、ウィスの4人が地元の、よく使う大きな駅、立川駅の北口の広場に集められた。


 行くと、すでに俺以外の全員が集まっていた。


「いやあ、よく来てくれたね! ウィスたん! よろしくね!」


 そこには、もう勝手にあだ名をつけて、はしゃいでいる麻弥の姿があった。


「あ、あの……。『たん』って何ですか?」

「ほら、日本語じゃ愛称に『〇〇ちゃん』ってつけるでしょ。それみたいなもんよ。なんかウィスは『たん』って感じなの!」


 どんな感じなんだよ、まったく。



 早速、俺たち5人は、近くのファーストフード店に駆け込み、席を寄せて座り、ウィスのことで語り合うことに。


 黄色のパーカーに赤いミニスカートを履き、ポニーテールに髪を結んだ、私服の麻弥が早速切り出した。


「聞いたよ、ウィスたん。上がり症なんだって?」

「は、はい」

「大丈夫! そんなの経験積めば、何とかなる! じゃんじゃん演奏して、人の目なんか気にしなきゃいいの!」


 相変わらず、元気だけはいい姉さんだった。


「で、でも……。私。その黒田さんって人より、演奏下手ですよ」

 一方のウィスは、いつも自信なさげに見える。本当にこの子、イギリス人か。


「ノープロブレム! 演奏なんて、やればやるほど、上手くなるんだから。大体、ここにいる優也なんて、去年の今頃は、ギターもロクに触ったことがない、超のつくド素人だったからね」


 そう言って、俺を指さして、得意げになっているが、それを引き合いに出すのは正直やめて欲しいのだが。


「わ、わかりました。とりあえずがんばってみます」

 どうもいちいちオドオドしている子だった。


 ただ、こんな抜群の容姿を持っているのに、実にもったいない。しかも欧米人ってのは日本人より大人びている。身長も高く、胸も大きい彼女はとても15歳の少女には見えなかった。


 しかし、本当に胸デカいな。E、いやFカップはありそうだ。

 と思って、彼女の胸を凝視していたら。


「優也~。どこ見てるのかなあ」

 思いっきり麻弥に睨まれた。


 女の勘ってのは恐ろしい。ましてや一応、彼女だしな。



 ともかく、こうして自信なさげなイギリス人少女、ウィスタリア・オーキッドが新たなベーシストとして加入し、ハードロック同好会とバンド「NRA」は新たなスタートを切ったわけだが。


 相変わらず前途は多難だらけだった。

 ちなみに、後で聞いた話だと、ウィスは正真正銘、イギリスのロンドン郊外、Blomleyブロムリー生まれのイギリス人。父親が外交官、母親がバイオリニストで、ベースは兄から習ったという。

 血液型はA型。日本には父の関係で小学生の6年間住んでおり、中学生の3年間、イギリスに戻り、また来日したという。当分、日本にはいるそうだ。

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