Stage.15 18 Til I Die

 そして、ついにその日が来た。


 3月1日、土曜日。

 我が私立東帝とうてい音楽大学付属高校の卒業式当日。


 今日は、学校の行事としては卒業式だけだから、通常の生徒のスケジュール的には午前中だけで終わる。


 思いきった、卒業ゲリラライヴを野外で実行に移すから、天気が心配だったが、幸いにも空は晴れていた。


 少し早めに登校し、俺は麻弥に指定されたように、グラウンドの隅にある体育用具室の前に行く。


 そこには、すでにメンバーと、桜野さんの姿があった。

 とりあえず、ここで各々の楽器を一旦桜野さんに預ける。


 そして、卒業式が始まり、教師・生徒・父兄の目が体育館に向いている間に、一気にステージの設営にかかるという。


 内心、バレはしないかとハラハラしながらも、

「うちに任せとき」

 屈託のない、可愛らしい笑顔を浮かべる桜野さんに任せるしかなかった。


 ちなみに、卒業式終了後にすぐに始めるから、今回は全員学校の制服姿でステージに立つ。


 俺は指定の黒の上下の学ラン、女性メンバーは同じく指定のセーラー服、そしてうちの生徒ではない桜野さんは、赤と青と白のトリコロールカラーのチェック柄のスカートに白のワイシャツ、その上から茶色のカーディガンを羽織っている。


 彼女はここから程近い、私立東慶とうけい学園の三年生だという。幸い、そこの卒業式は3月3日だったから、今日ここに来ることができたという。



 卒業式が始まった。

 年に一度の、学校にとっては大事な行事だし、卒業生の父兄たちにとっても、身内の晴れ舞台だ。


 ましてや、一般的には音楽のエリートが通うとされる、歴史も伝統もある我が高校だから、体育館には生徒はもちろん、ほぼ全員の教師、そして大勢の父兄や一般客もいて、狭い体育館にひしめき合っていた。


 そんな伝統ある音楽校で、まさかの無告知ゲリラライヴをやるのだ。

 恐らくそんなことは、この高校始まって以来、初めてかもしれない。だが、麻弥の狙いはまさにそこにあった。


 普段、お堅い校風に抑圧されて、内心ストレスが溜まっている生徒たちにとっても、予想だにしないサプライズイベントになるだろう。


 卒業式は、生徒会委員の司会に始まり、厳かな雰囲気の中、順調に進んだ。

 卒業生の三年生が体育館に入場し、開式の言葉、校歌斉唱、卒業証書授与と順調に進むが、俺はやはり式よりも外の様子が気になって仕方がなかった。


 幸いというか、意外にも体育館のすぐ外にあるはずのグラウンドからは、物音一つ聞こえないが、それがかえって不気味だった。


 今、この瞬間にも、外では桜野さんや、白戸先輩の父の会社の社員がせっせとステージを設営しているのだ。


 それも教師に見つかったら一巻の終わりだ。さすがに、気が気でなかった。


 ちなみに、卒業生の麻弥も黒田先輩も、まるで何事もないように、つつがなく卒業証書授与のイベントをこなしていた。


 何も聞かされていない黒田先輩はともかく、全てを企画した麻弥はさすがに神経が図太いというか、ふてぶてしいというか。


 続いて校長からの長い式辞が行われ、来賓の祝辞や祝電披露、そして在校生代表からの答辞が行われる。


 ここまでで、すでに2時間は経っていた。

 内心、俺は早く卒業式が終わって欲しいと、もやもやした気持ちを抱えていた。


 卒業生からの答辞、卒業記念品の授与、在校生と卒業生による式歌斉唱が行われ、そしてついに。


「以上で、卒業式を終了します。卒業生退場」


 司会の生徒の挨拶で、本来なら卒業生退場となって、拍手に見送られて、感動的に終わる場面だ。


 だが。


 一人の女生徒が、その卒業生の列の中から突然はみ出し。一直線にステージに向かって駆けた。


 言うまでもなく麻弥だった。


 さすがに意表を突かれた教師たちは、唖然としていて、止める暇もない様子だ。


 彼女は周囲の注目を一身に浴びながら、壇上に駆け上がると、さっきまで校長などが使っていたマイクに向かって、思いきり叫んだ。


「みんな、注目っ!」


 その大きくて、よく通る声が体育館全体に響き渡る。体育館から退場しかけていた三年生の足が一斉に止まり、皆が一様に振り向いた。


「青柳! 何やってる! 降りろ!」


 大柄な体格の男性体育教師が、猛烈な勢いでステージに向かって走るが。


 その教師がステージに到着する前に、麻弥は、


「今からグラウンドで、あたしたち『ハードロック同好会』の卒業ライヴをやるわ! 聴きたい人は集まれ!」


 用件だけを一気にまくし立てると、体育教師が走ってくる方向とは、反対の階段を駆け下りると、今度はグラウンドに面した体育館の横扉を開けて、そのままグラウンドに飛び出していた。


 体育教師が慌てて追うが、もちろん麻弥は止まらない。

 それどころか足が速い。あれは恐らく黒田先輩に鍛えられたランニングの特訓のお陰だな、などと思っていると。


 体育館が異様にざわついていた。

 何が起こったのか、わからない教師や父兄たちに対して、生徒たちはある意味、若いだけに欲望に正直な反応を示した。


「行こうぜ!」

「みんな、行こうよ」

「先輩たちの最後のライヴだ。俺は行くぜ!」

「また、音楽コンテストみたいなことが起きるかもね。行こうよ!」


 口々に周りの生徒と話し始め、そして信じられないことが、目の前で起こった。

 何と大半の生徒が一斉にグラウンドに向かって、大移動を始めたのだ。


 その数は、ざっと見ても全生徒数の8割はいたと思う。

 まるで、「ゲルマン民族の大移動」のように一斉に動き出した生徒たちに、


「お前ら、待て! 卒業式はまだ終わってないぞ!」

「戻りなさい、あなたたち!」


 教師たちが必死に止めようとするが、それはまるで像の群れの前にいる子犬に等しい。この巨大な人の流れを食い止めることなどできなかった。


 大移動を始めた生徒は、麻弥が通った体育館とグラウンドを繋ぐ体育館横の扉から、いきなり上履きのまま外に出る者もいれば、一旦下駄箱に行って靴を履き替えてから外に出る者もいたが、向かう先は、皆一様にグラウンドだった。


 俺も生徒の波に従って、グラウンドに行ってみると。

 そこには、驚くべきものがそびえたっていた。


 無骨な鉄の骨組みに、三方を囲まれた野外ステージだった。


 急造でこしらえたからか、そんなに立派なものではなかったが、それでもきちんと照明も点いていたし、『Marshall』製の大きなアンプも、麻弥のドラムセットも、俺のギターも、金山さんのギターも、桜野さんのベースも、白戸先輩のキーボードもすでにステージ上に準備されてあった。


 ステージの傍らには、青いつなぎを着た筋骨隆々な男たちが、笑顔を浮かべていた。その隣には桜野さんの姿もある。


 彼らの胸をよく見ると、「白戸電設」の文字があったから、俺はすぐに思い当たった。

 白戸電設は、白戸先輩の実家が経営する白戸電機のグループ会社で、建設部門を得意としている。言わば、建設会社だ。


 彼らがこれをこの短時間に建ててくれたのだろうが、ほとんど音も立てずに、これを組み上げた技術はさすがだった。


 というより、白戸先輩が彼らを動かしたのだろうが、金持ちの権力とは恐ろしい。

 まさかここまでうまくいくとは思わなかったが、逆にこれで吹っ切れた俺は、ステージに向かって駆けた。


 メンバーはすぐに集まってきて、ステージ上に五人が揃った。

 そして、最初で最後の卒業ライヴが始まった。


 全員揃い、それぞれの楽器を構える。チューニングはすでに桜野さんの手によって完了していた。


 ステージ前には全校生徒の約8割、およそ200人の人数が集まっていた。


 さらに興味本位で移動してきた教師や父兄も含めると、およそ250人くらいにはなる。

 皮肉なことに、俺たちがライヴハウスで演奏した時より、はるかに多い数だ。


 麻弥がメンバーを見渡して、軽く頷いたのを合図に、俺たちは曲を演奏し始めた。



 一曲目は『Avril Lavigne』の『Complicated』だ。


 ゆったりとした滑り出しとテンポの曲だが、この曲は知名度が高い。


 その上、音大付属高校というのは大抵男子よりも女子の数が多い。うちも御多分に漏れずそうだったから、現代のガールズ・ロックの代表曲のような、この曲は掴みには最高だった。


 おまけに、ヴォーカルの金山さんの声は天才的なほどに上手い上に、英語の発音もいいから尚更効果的だった。


 普段は、俺たちのバンドで男のバンドや曲ばかりやっているのに、本来の女性らしい声も見事に歌いこなせる歌唱力を持っている。まさに、七色の声の持ち主だと感心した。


 キャッチーで、尚且つリズミカルなメロディーは観客の心を捕えるのに役立った。


 一曲目が終わると、ステージ前からは早くも大きな歓声と拍手が沸き起こった。


 続いて、俺たちは二曲目に入る。本来ならここでMCが入るのだが、今回は五曲演奏する予定だから、あえてMCを一つ後ろにズラしていた。


 二曲目は『Orianthi』の『According To You』だ。


 この曲は何と言っても勢いがあるが、それだけに前奏からギターの俺は大変だ。


 ただでさえ難しい曲なのに、天才的ギタリストの『Orianthi』の弾いた曲だから、エレキギターの見せ場が非常に多いのが特徴だ。


 特に中盤から終盤のギターリフが最高に難しい。

 だが、俺は今まで見につけた技術を試すように必死で弾いていた。もちろん、オーバードライブのエフェクターが役立ったことは言うまでもない。こいつのお陰で、ギターに確かな「歪み」が生まれるのだから。


 内心、もう「間違っても気にしない」くらいの気持ちで、俺は思いきって弾いていた。

 音楽とは「音を楽しむ」ものだから、正確に演奏することよりも、楽しむ気持ちが大切だと気づいたからだ。


 実際、客は多少のミスには気づかないし、勢いで乗り切って、ミスを誤魔化すことも、時には必要なのだ。


 何よりも、こんなにカッコいい曲を演奏できることが光栄だったし、ヴォーカル兼リズムギターの金山さんが、『Orianthi』ばりに綺麗な声でシャウトし、愛用の『PRS Custom24』でリズムを刻んでいる。

 これほど楽しくて、嬉しいことはない。


 二曲目が終わると、知名度も高いし、何よりもギター技術が光る名曲だからか、客席からは先程よりも大きな歓声と拍手が降ってきた。


 一息ついた金山さんが、マイクに語りかける。


「みなさん、また会えましたね。『ハードロック同好会』です!」


 彼女がそう言っただけで、すでに客席が盛り上がっているのがわかる。


「私たちがこのメンバーで演奏するのは今日が最後です。だから、これは今日卒業する三年生の先輩たちに贈る、私たちからのプレゼントです」


 その発言は、生徒たちを、特に卒業する三年生たちの心を掴むには十分だった。再び客席からは歓声が上がる。


 そして彼女は、客席に向かって、続けて叫ぶのだった。


「沙織先輩! 見てますか?」


 会場がざわつく中、丁度群衆の真ん中辺りにから小さな手がおずおずと挙げられた。


 黒田先輩だった。彼女は周囲からの注目を浴びながら、恥ずかしそうに手を挙げていた。


「私たちは沙織先輩のお陰で成長できました。今日は是非成長した私たちをしっかり見ていて下さい」


 はきはきとしていて、遠慮せずにしゃべる彼女だが、さすがに黒田先輩は、照れ臭そうに少し下を向いていた。そんな先輩の姿は相当珍しい。


「じゃあ、メンバーを紹介します」


 俺はエレキギターを構える。最初に呼ばれるのはわかっている。

「ギター、優也!」

 さっき演奏したばかりの『Orianthi』の『According To You』のリフを刻んでみると、意外にも客席から、


「おおっ!」

 という歓声が、決して大きくはないが上がったことが、何よりも嬉しかった。


「ベース、春香!」

 赤い『Gibson Thunderbird』のベースに、手慣れた手つきで、ピックでストリングスをかける彼女。


 少しざわつく会場に、

「彼女は他校の生徒ですけど、今日は本来のベースの沙織先輩を驚かせるつもりだったので、助っ人に呼びました」

 と説明を入れる。


「キーボード、凛!」

 白戸先輩も同様に手慣れた手つきで、鍵盤を叩いて応える。


「凛ちゃん!」

「白戸先輩、がんばって下さい!」

 彼女は小さくて、小動物のような愛らしさがあるから、相変わらず男子からの歓声が多い。


「そして、我らがリーダー。ドラムス、麻弥!」

 ドラムセットを派手に叩いていく彼女だが、ここで意外なことが起こった。


「いいぞ、リーダー!」

「麻弥先輩。さっきの演説、カッコよかったです!」

「麻弥先輩、ステキです!」


 生徒たちから口々に声が上がった。

 さっきの大胆な演説はもちろん、音楽コンテストでも一番目立っていたから、彼女にはファンが多いらしい。


 うちの高校は、男子よりも女子の数が多いから、必然的に女子から慕われるケースが多いのは、彼氏としては幸いだが。


 麻弥はそんな応援の声に、少し照れながらも、右手でスティックを軽く上げて応えた。それは俺がクリスマスにプレゼントした、あのスティックだった。


「最後は私。ヴォーカルの加奈です。あ、それと私、ギターを始めました。なので、今はヴォーカル兼リズムギターです。ギターはまだまだ下手ですけど、がんばりますね」


 こうして聞いていると、金山さんもすっかりMCが板についてきたように見える。

 最初のライヴ、つまり去年の夏祭りでは、人の数の少なさに唖然として、声を失っていたのに、今は実に楽しそうにMCをこなすまでになった。


 しかも。

「加奈ちゃん、がんばれ!」

「加奈! 応援してるよ!」

 客席からは、男からも女からも声援が飛んでくる


 何だかんだで、彼女も結構な人気者らしい。

「ありがとうございます。じゃあ、次の曲行きますよ。みなさんご存じの『Rush Up』です!」


 元気よく叫んだ金山さんの声に、客席からは大きな歓声が上がった。

 前奏から始まる大がかりなリフだけで、客席は盛り上がり始めた。


 このオリジナル曲は、去年の十月の学校祭の音楽コンテストで、俺が放送部の知人、紺野と連携し、演奏を全校に届け、結果として体育館をカオスの空間と化した思い出深い曲だから、観客の多くがその時のことを思い出したようだった。


 あの時の再現が起こった。

 上下に飛ぶ者、手足でリズムを刻む者、踊り出す者、ウェーブをする者、メンバーの名前を叫ぶ者など。


 実に様々だったが、生徒たちはあの時の再来に、予想以上に盛り上がり始め、ステージの前の空間がまるで別世界のように、一つの大きな唸りの渦ように見えるのだった。


 俺は音楽の底知れない力と、奥深さを感じながら、段々と終局に近づいていく演奏を寂しく思った。


 『Rush Up』が終わると、会場はかなり暖まって、興奮の度合いが高まっているのが肌でわかった。


 演奏の終わりを告げる、バスドラムの大きな音が響くと、会場全体から、獣の咆哮のような巨大な歓声の嵐が巻き起こっていた。

 それが晴天の空にこだましている。


 いよいよ四曲目。麻弥の大好きな『Deep Purple』の『Smoke On The Water』だ。

 この時、事前の段取りにはない、意外なことが起こった。


 麻弥がドラムセットから離れ、予備のために、金山さんの横に置いていたマイクに近づき、


「みんな、盛り上がってる?」


 と叫んだのだ。

 我慢できなくなったのだろう。彼女らしいと言えば、らしいが。


「おおっ!」


 それに大きな声で呼応する生徒たち。

 すでに全身に汗をかいていた彼女は、額に伝わる汗を左手で拭いながら、


「じゃあ次行くよ。この曲を知らない人なんていないとあたしは信じてるけど。もし、知らない人がいたら、後ですぐにCDをレンタルするか、ダウンロードすることね。知らない人は、きっと人生損してると思うからね」


 そう言って、声高らかに、しかしとても活き活きとした表情で叫んだ。


「『Deep Purple』で『Smoke On The Water』!」


 再び大きな轟きが天を覆う。有名すぎるこの曲に客席は沸騰した。


 前奏の、あまりにも有名なギターリフを刻む俺は、本当にちょっとしたギターヒーローになったような気分だった。200人以上の目が、俺のギター演奏の手に注がれる。


 恐らくこれはライヴハウスでは味わえないかもしれない。


 皆が俺の演奏に注目し、俺は出だしの「Gm」、「Cm」、「Bb」のコードストロークに集中した。


 そう、『Smoke On The Water』と言えば、誰もがまずこのリフを思いつく。


 世界中のギターキッズを虜にしてきた、「超」がつくほど有名なリフだ。


 このリフだけで、すでに生徒たちのヴォルテージは大きく跳ね上がっていた。

 続いて、ハイハットやスネアドラムの音が入り、さらにヴォーカルが入り、曲が盛り上がり始める。


 何度聴いても、人の心に残る名曲というのはいつの時代にもあるが、この曲がまさにそれだ。


 『Deep Purple』全盛の第二期にして、最もハードロックさを体現した、当時としては時代を先取りした、歴史的な名曲だ。


 麻弥がやりたがっていた理由もわかる気がした。

 特にサビの部分にかかると、印象的なリフと、リズミカルなドラムに触発されて、群衆全体が大きく揺れ動いているのがわかった。


 金山さんがその七色の声で、イアン・ギランばりの金切り声でシャウトしているのも、その興奮を助長していた。


 ライヴハウスでのデビューは、どこか不完全燃焼に終わった感のある俺たちだったが、何故か不思議とここの生徒からの受けはいい。


 俺たちの戦場は、もしかしたらライヴハウスではないのかもしれない。

 まあ、今はそんなことを考えている余裕はないが。


 演奏が終わると、ステージの前の空間から歓声が、無数の音の塊となって飛んできた。

 俺たちは一礼して、ステージから一度降りるが。


「アンコールッ!」


 さっきより、さらに大きな声の塊がビンビンと俺たちの耳を刺激する。


 どうやらいつの間にか、会場に人が増えていたようだ。

 音楽コンテストの時と同じように、近隣からも人が集まってきたのだろう。


「アンコールッ!」


 再度響く声の嵐。

 それでも、もったいぶって俺たちは、その声をしばらく聴いていたが。


 やがて、麻弥を先頭にゆっくりと再度ステージに上がると。


「うおおおっ!」


 拍手と歓声の入り混じった、無数の声と拍手のつぶてが飛んできた。耳がビリビリするくらいの振動を感じる。


 麻弥は、お約束のようにマイクの前に立ち、


「ありがとう! じゃあ、とっておきの一曲、行くよ! 『Bryan Adams』の『18 Til I Die』!」


 リーダーのその一言で、客席のヴォルテージは一気に高まった。


 これも有名な曲だし、何よりも曲名のインパクトが大きい。


 かの『Bryan Adams』は、この曲を37歳の壮年の時に歌ったが、俺たちは「死ぬまで18歳」という題名のこの曲を、ほぼ18歳で演奏するのだ。


 特に麻弥や桜野さんは、リアル18歳だ。

 ゆったりとした前奏をエレキギターで弾きながら、曲調は徐々に盛り上がる。


 そして、


「18 Til I Die」


 のサビのところで、ヴォーカルの金山さんが、『Smoke On The Water』とは打って変わって透明感のある声で、大きくシャウトすると、客席は一気に大きく揺れ動いた。


 そのまま二番へ続き、間奏に入ると、突然リーダーが思いも寄らない行動に出た。


 何と、ドラムの演奏を放棄して、いきなり走り出て、予備マイクの前に立ったのだ。

 俺は一瞬、何が起こったのかわからなかったが、自分のパートを演奏しつつ、横目で彼女の姿を捕えていた。


「みんな、一緒に歌おうよ!」


 突拍子もなく叫ぶと、かえって観客は沸き返ってしまった。


 そして間奏が終わると。

 ドラムの音がないまま、ギター、ベース、キーボードの演奏だけを頼りに、麻弥はヴォーカルの金山さんと共に歌い始めた。


 曲は終盤に差しかかる。


 しかも、驚くべきことに、事前に練習していたのか、英語の歌詞を麻弥は本当に歌い始めたのだ。


 もちろん、純粋に日本で育った彼女の発音は、帰国子女の金山さんにはかなわないが、それでも一生懸命さが伝わったのか、観客たちもそれに合わせて歌い始めたのだ。


 会場のヴォルテージはついに最高潮に達し、「18 Til I Die」の大合唱が巻き起こっていた。



 Don’t worry about the future(未来を心配するな)


 Forget about the past(過去のことなんて忘れてしまえ)


 We’re gonna have a ball year(さあ、お祭り騒ぎをしようぜ)


 Gonna have a blast, we’ll make it last(このパーティーはずっと終わらせるもんか)

 


 18 til I die, 18 til I die(死ぬまで18歳、死ぬまで18歳)


 It sure feels good to be alive(生きてるって最高ってことだろ)


 Someday I’ll be 18 goin’ on 55(いつか55歳になったって18歳さ)


 18 til I die, 18 til I die(死ぬまで18歳、死ぬまで18歳)


 I’m gonna be 18 til I die(俺は死ぬまで18歳でいたい)


 18 til I die(死ぬまで18歳)


 『Bryan Adams』 『18 Til I Die』より引用。


 長い合唱が終わり、ついにこの卒業ゲリラライヴも終局を迎える。


 だが。

 再度一礼する俺たちに対し、天を衝くばかりの大歓声が轟音となり、俺たちの頭上に降り注ぎ、次いで万雷の拍手が会場中に響いた。


 そして、誰もが予想しない事態がさらに起こった。


「麻弥、ありがとう!」

「青柳さん、楽しかったです!」


 会場のあちこちから、麻弥を称える声が上がり始めた。


 その中には、俺にとっても聞き覚えのある声が入っていた。見ると、会場の中央に、目に薄らと涙を浮かべた黒田先輩と、笑顔の緑山先輩の顔を確認できた。

 さらに、


「麻弥先輩!」

「麻弥!」

「青柳先輩!」


 と次々に声が重なり、あっという間に会場が大きな麻弥コールに包まれていた。


「麻弥! 麻弥!」


 と叫ぶ声が一つの合唱のように重なっていた。

 これこそが彼女の持つ人徳なのかもしれない。


 適当でいい加減で、でもどこか憎めなくて、自然と人を惹きつけてしまう。


 そんな麻弥コールを前にして、当の本人は両目に涙を浮かべ、顔をくしゃくしゃにしながら、再度ステージ上に立つと、


「み、みんな……。ありがとう! あたしも最高に楽しかったよ!」


 泣きながらも笑顔で、しかも涙声で叫んだから、会場からは再度大きな拍手が贈られるのだった。


 多くの拍手の嵐の中、俺たちの卒業ゲリラライヴは幕を閉じた。

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