Stage.12 Wonderful Christmas Time
特訓の日々はそれからも、ほぼ毎日続けられたが、唯一日曜日だけは休みだった。
そのため、次の日曜日に早速、俺は麻弥姉にあげるプレゼントを探しに街へ出かけた。
プレゼント自体は、自分の中である程度決めてはいた。
ドラマーの彼女には、ドラムに関するものがいいだろうと。そこに彼女の趣味を考えると、とりあえず頭に浮かんだものが『Deep Purple』だった。
そして、彼女が今使っている機材に行き着いた。
俺は、学校から程近い御茶ノ水の楽器店に向かった。そこは、俺たちが5月にバンドを結成する時に入った、懐かしいあの楽器店だった。俺が今使っている『Fender USA American Standard Telecaster』もここで買ったものだ。
割と有名な楽器店らしく、品揃えもいい。
俺はまず、ドラムスティックを探してみた。
麻弥姉が今、使っているスティックは、元・ドラマーであった彼女の父親から譲り受けた『KYORITSU DS-400/5A』というスティックだが、俺は店員に聞き、『Deep Purple』のドラマー、イアン・ペイスが使っていたという『Pro-mark』製の『Pro-mark TX409W』というスティックを購入した。最もイアン・ペイスが『Pro-mark』を使っていたのは知っていたが、型番までは同じかどうかわからない。
これが六本セットで7000円程度。
だが、未だにバイトを続けている俺には、まだ少しだが余裕があったので、ついでにシンバルも見てみた。
これも店員に聞き、同じく『Deep Purple』のイアン・ペイスが使っていた『
ちなみに、このシンバルが22000円もして結構高い。
合わせて30000円近くの出費となり、少々苦しくはなったが、自分の彼女のためだ。
俺は潔く購入した。
以上を楽器店の店員に、プレゼント用にラッピングしてもらい、後は持ち帰って、クリスマスライヴの後にでも渡そうと思ったのだ。
まあ、冷静に考えてみれば、とてもクリスマスに女の子に渡すようなプレゼントの類ではないのだが。普通は、女の子が喜ぶような、可愛い服やアクセサリーがいいのだろうが、麻弥姉は変わっていて、そういうことに全く興味を示さないし、これが妥当なところだと思った。
ついでに、自分用にエフェクター『BOSS OverDrive OD-3』を8900円で購入した。
これは、エフェクターでもオーバードライブの定番で、俺たちのようなハードロック系やヘヴィメタ系を主に演奏するバンドでは、特に役に立つから、以前から購入を考えていたからだ。
そして、あっという間にその日はやって来た。
12月25日、水曜日。
平日のため、俺たちは放課後にそれぞれ一旦自宅に戻り、着替えた上で、演奏開始時刻の午後6時の40分前、午後5時20分に新宿のライヴハウス『Star Dust』の前に集合した。
ちなみに、俺は麻弥姉へのプレゼントを一旦、新宿駅南口のコインロッカーに預けてから集合場所へ向かった。
ライヴハウス前には午後5時20分ぴったりに着いたが、メンバーはすでに全員集まっていた。
「遅い!」
遅れたわけでもないのに、麻弥姉は腕を組んだまま、俺に鋭い視線を向ける。
その彼女は、白いTシャツの上に黒のダウンジャケット、同じく黒のレザーパンツという、全体的に黒っぽい格好。
ちなみに俺も似たように、黒の革ジャンに黒のレザーパンツという格好だった。
黒田先輩は、青いGジャンに、黒いチノパン。
白戸先輩は、白いワイシャツに青と白のストライプ模様のネクタイ、ブルージーンズという格好。
金山さんは、黄色いパーカーに、黄土色のチノパン。
以上のように、今回のライヴは特にステージ衣装などは決めずに、リーダーによって各自の判断に任されたのだが、女性陣が誰もスカートを履いていないというのが、彼女たちらしい。
「ごめん、ごめん」
誤りつつも、麻弥姉に従い、地下一階に向かう。
ライヴハウスには、既にかなりの人数が集まっていた。
もちろん、彼らの目当ては今日のライヴのメインを務める『The Xero』であるわけだが。
俺たちが、各自でチケットを売った人たちも、それなりには来ていた。
麻弥姉の両親や、緑山生徒会長などの友人。
黒田先輩の母で、ピアニストの
白戸先輩や金山さんの友人たちなのだ。
そして、俺には。
「あ、いたいた。赤坂くーん」
明るい声に呼ばれて、振り返ると見知った女子三人の姿があった。
一人は今、俺を呼んだ少女で、茶髪のロングヘアー、白いダウンジャケットに、冬なのに黒いミニスカートという、ギャル風の格好。
彼女の名前は
もう一人は、黒縁の眼鏡をかけた三つ編みの子で、何とも地味な灰色のパーカーに、ブルージーンズという格好の少女で、名を
そして、もう一人はショートカットに、若干ぽっちゃりとした体型。白いワンピースに、上から茶色いジャケットを羽織っている。
彼女は
実は、彼女たちは俺がバイトをしているファミレスの同僚で、俺が何気なく「ライヴ見に来る?」と聞いたら、本当にチケットを買ってくれたのだ。まさか、本当に来てくれるとは正直、思っていなかったのだが。
ちなみに、彼女たちは俺と同じく高校一年生だが、学校は違い、三人とも
私見だが、派手な外見の若竹さん以外は、地味だしそんなに目立つ方ではない。
「みんな。本当に来てくれたのか。ありがとう」
俺が若竹さんに言うと、
「当たり前っしょ。楽しみにしてるよ」
彼女は屈託なく、笑顔で返してきた。
「私も楽しみにしてます」
少しおとなしい少女、松葉さんが遠慮がちに口にする。
「がんばってね、応援してるよ」
ややぽっちゃり系少女の常磐さんも呟く。
「じゃ、私らは先に行ってるね」
軽い感じで、そう言い残し、若竹さんは二人を連れて、防音ドアの向こうに消えた。
後に残ったのは、冷たい視線に晒された俺だった。
「へえ。随分とモテるのねえ、優也」
振り向くと、麻弥姉が腕組みをしたまま、物凄い形相で目を吊り上げて、こちらを睨みつけていた。怖いくらいだ。
「全く、なんで女ばかり呼ぶんだよ」
その隣で、黒田先輩も呆れたように嘆息していた。
「麻弥先輩という彼女がいるのに、赤坂くんは罪な人ですねー」
白戸先輩は、笑顔ではあるが目が笑っていなかった。
「赤坂くんも、隅に置けないね」
さらに金山さんまで、心なしか機嫌が悪そうに見える。
「ち、違うんだ。彼女たちはバイトの同僚で。実は男も誘ったんだけど、誰も来てくれなくてさあ」
と、咄嗟に言い訳をしていた俺だったが、実は初めから男なんて呼んではいなかった。
初ライヴだから、せっかくだし男よりも女を呼びたいという、俺の見栄だった。
結果的に、メンバーの女子たちを不機嫌にさせてしまったのだから、俺は軽率なんだろうけど。
「ふーん」
麻弥姉は尚も納得がいかない、という表情をしていたが、時間も時間なので俺たちは控え室に向かった。
そこには、今日の対バンの相手、『The Xero』のメンバーが勢揃いしていた。
「麻弥、沙織」
俺たちを見つけた桜野さんが椅子から立ち上がり、近づいてきた。
「今日はよろしゅうな。前座として盛り上げてくれると、うちらも助かるさかい」
桜野さんは、何気なくそう口に出したのだろうが、麻弥姉は「前座」という言葉に、必要以上に反応して、
「わかってるよ。メインが霞むくらい盛り上げてみせるから」
そう豪語していた。
俺たちは早めに、それぞれの楽器のチューニングを始める。
そして、いよいよ公演開始の5分前。ステージ袖に入った俺たちは、ライヴハウスでの初ライブを前にそれぞれ緊張した面持ちでいた。
そんな中、リーダーの麻弥姉が、
「みんな。バカ優也のせいで、演奏前から気分が悪くなっちゃったけど、今日はあたしたち『NRA』の記念すべき初ライヴ。気合いを入れていこう。今までの特訓の成果を見せる時よ」
と、元気よく音頭を取った。俺をはじめ、メンバーが一様に頷く。
そして、ついに午後6時。
俺たち『NRA』の初ライヴが始まった。だが。
ステージでそれぞれ所定の位置について、改めて客席を見ると。
予想以上に人が少ないことに気づいた。
チケットのノルマは30枚。メンバー中心に色々と知人を当たり、売ったからその枚数分、つまり30人はいるようだったが、後はメインのついでに見ているような人が、10数人いる程度だった。
合わせても50人にも満たなかった。
俺たちはそのことにショックを受けたが、考えてみれば仕方がないとも言える。
いくらチケットを配っても必ず来てくれるとは限らない。
そして、何よりも今日はクリスマスだ。つまり、恋人がいる連中は、こんなライヴハウスに来るよりも、恋人らしいデートスポットに行くだろう。
実際、ここに今いるのは、恋人がいない連中か、あるいはいても暇な連中なのかもしれない。
だが、そうした現実はともかく、俺たちは演奏するしかない。前座の俺たちの持ち時間は、わずか20分しかないのだ。
早速、一曲目の『Bon Jovi』の『Runaway』を始めた。
まずはシンセザイザー、つまりキーボードの前奏から入り、続いてドラム、ギター、ベース、そしてヴォーカルが入る。
俺たちは練習の成果を見せるように、まずは自分たちの演奏を確実にこなすことを心がけた。
初めてということは、逆に恐い物はないという開き直りもある。
特訓の成果が生きたのか、終盤に至るまで、大きなミスもなく確実に演奏し、それぞれが自分の役割を果たしていた。
一曲目が無事に終わり、ライヴハウスに歓声と拍手が響くが、どうにもいまいち盛り上がりには欠けていた。
やはり耳の肥えた客には、学校祭の時のようにはいかないらしい。
「初めまして、『ニュー・ラウンド・アバウト』、略して『NRA』です。私たちはまだ結成したばかりで、今日が初ライヴになります。じゃあ、メンバーを紹介します」
MCを務めるヴォーカルの金山さんがマイクを通して、話しかける。
メンバー紹介は、つつがなく行われたが、やはり学校祭の音楽コンテストの時のように盛り上がらなかった。
だが、事実は事実として受け止めなければ先には進めない。
「次は、私たちのオリジナル曲です。聴いて下さい。『Rush Up』!」
金山さんの合図により、二曲目のオリジナル曲、『Rush Up』の演奏が始まる。
前奏から始まるギターリフ、それに合わせるように入る、シャウトするようなヴォーカルの金山さんの声。
そして、サビからはギターとドラムが共に競うように、前者はエフェクターを通した歪み音、後者は爆音を轟かせる。
これらの演奏と、キャッチーなメロディーが相まって、ようやく客席も盛り上がりを見せ始め、足でリズムを取る者や、上下に身体を動かす者などが現れ始めた。
それでも、まだ音楽コンテストの時の盛り上がりには負けていた。
だが、続く三曲目。
『Janis Joplin』の『Summertime』が始まった。
静かなブルースロック調のドラムとギターの音が鳴り響き、続いて金山さんのハスキーなヴォーカルが入ると、場内の様子が一変した。
元々が、オペラのアリアのために作られた曲だから、いわゆるハードロックやヘヴィメタとは一線を画する曲だから、観客が派手に踊り出すようなことはないのだが。
金山さんの見事なヴォーカルが、とにかくいつも以上に冴え渡っていた。
恐らく、これも黒田先輩の特訓のお陰だろうが、ただでさえ英語の歌を上手に歌える帰国子女の彼女が、さらに鍛えられた腹式呼吸で、『ロックの女王』の歌を、金切り声でシャウトするのだ。
観客へのインパクトは絶大だった。
客席はこれまでとは逆に静まり返り、彼女の声を熱心に聴き入る人で一杯になった。
この曲は、いわゆるハードロックとは違い、テンポがゆったりしているから、ギターの俺としても初めての経験だったが、特訓の成果なのか、テンポに合わせて、確実に演奏ができた。
演奏が終わると、会場からは今まで以上に大きな拍手と歓声が響いた。
さらに、前座にも関わらず、
「アンコール!」
という声が、場内に響いた。
一応、アンコール曲を用意はしていたが、そもそもライヴハウスの前座でアンコールが起こること自体、珍しいらしい。
だが、俺たちには、残念ながらそれに応えるだけの持ち時間がもう残されていなかった。
麻弥姉が、軽く舌打ちし、無念そうに顔を歪めていたが、俺たちは仕方がなくそのままアンコールの声に見送られながら、ステージを後にした。
結果的に、俺たちのライヴハウスでのデビューは、傍から見れば成功したとは言えるのだが、リーダーは釈然としない表情を浮かべていた。
控え室に戻ると、
「ああ! もうちょっと時間があったら、『Smoke On The Water』ができたのに!」
開口一番、麻弥姉が悔しそうにそう叫んだ。
「でも、よかったぞ。初めてにしては上出来だ。特に加奈はさすがだな」
黒田先輩にそう褒められ、
「ありがとうございます。先輩の特訓のお陰で、声が出ました」
金山さんが嬉しそうに破顔する。
「でも、いまいち盛り上がらなかった気がするんですけど……」
白戸先輩が表情を曇らせていると、
「仕方がありませんよ。初めてですし、学校祭の時みたいに行きません」
俺が合いの手を入れていると。
「聴かせてもらったで。初めてやのに、アンコールとは、なかなかやるやないか」
控え室で出番を待っていた桜野さんが声をかけてきた。
どうやらこの控え室には、ステージを映すモニターがあるようで、そこで見ていたらしい。
「ありがと、はるるん。でも、何か不完全燃焼なんだよね」
麻弥姉が、残念そうに肩を落としている。
「まあ、最初やし仕方ないやろ。次で挽回すればええだけや」
桜野さんは、いつもと変わらない明るい声と笑顔でそう返してきた。
結局、俺たち『NRA』のデビューライヴは、麻弥姉が言う通り、どこか不完全燃焼に終わったのかもしれない。
だが、俺はこの時、あることに気づいた。
このバンドの生命線はヴォーカルの金山さんの存在にあると。
即ち、彼女は他のバンドにはない、このバンドの「強み」なのだと。
アメリカに5年も留学していた、帰国子女の彼女の、正確な英語の発音、そして見事な歌唱力。
洋楽を中心に演奏する我がバンドにとって、正確で綺麗な英語を歌える彼女の存在が、いかに重要かを気づかされたと言える。
逆に言えば、彼女なくしてこのバンドは成り立たない。『Summertime』で、観客の心を一気に捕えたことが、その何よりの証拠だった。
そして、この時に俺が感じたことが、後にバンド内にトラブルを招く伏線になるとは、もちろん俺は思っていなかったが。
その後、次の前座の組の演奏を見て、メインの『The Xero』の演奏を、同じく控え室のモニターで見て、俺たちは改めて現実を思い知らされた。
当初、50人程度しかいなかったライヴハウスの客は、メインの『The Xero』の演奏が始まる頃には、約四倍の200人程度まで激増していた。
しかも、俺たちの演奏の時よりもはるかに盛り上がっている。
「せっかく特訓までしたのに、やっぱり全然かなわないんだなあ」
モニターを見ながら、どこか寂しそうに呟く麻弥姉に、黒田先輩は、
「そんなに悲観することはない、麻弥。初めからいきなり盛り上がるなんてのがあり得ないだけだ。私たちは精一杯やったんだから、もっと胸を張れ」
そうフォローの言葉を入れていた。
「そうですよ、麻弥先輩。『千里の道も一歩から』ですよ。いずれ追いつけばいいんです」
白戸先輩が珍しく、ことわざを引用して、のんびりした口調で声をかける。
「英語でも『Rome was not built in a day(ローマは一日にしてならず)』って言いますからね」
金山さんも、白戸先輩に便乗するように、得意の英語でことわざを引用した。
そして、俺はというと。
「全く、盛り上がったり、落ち込んだり、面倒な奴だな、お前は。ライヴが終わったらちょっと付き合え」
いいタイミングだと思い、そう口にしたのだが。
「何よ、改まって」
かえって麻弥姉は訝しげにこちらに視線を送っていた。
黒田先輩はもちろん、白戸先輩も金山さんも、俺の真意には気づいたようだった。
その日の全てのライヴが終わった午後8時。
俺は見に来てくれた知人に挨拶することもなく、半ば強引に麻弥姉の腕を取って、ライヴハウスを後にした。
「挨拶は私たちでしておく」
と黒田先輩が。
「ごゆっくりー」
白戸先輩は、からかうように笑顔で。
「それでは、また」
金山さんも短く、そう言って見送ってくれた。
「ちょっと、優也。どこに連れて行くつもり。あたし、今そんな気分じゃないんだけど」
俺に腕を引かれた麻弥姉が不満げに訴えているが、
「いいから、たまには俺の言うことを聞け」
有無を言わせない口調で言い放つと、
「……強引ね。まあ、いいけど」
さすがに彼女は黙ってついて来た。
やがて、新宿駅の南口に到着する。
だが、時刻は午後8時過ぎ。しかもクリスマスの夜だ。
駅の周辺は大変な人でごった返していた。
(こんな大勢の人前で、キスなんて恥ずかしいこと、できるかよ)
黒田先輩に言われた一言を思い出し、頭の中でそう呟いた俺は、麻弥姉に、
「ちょっと、そこで待っててくれ」
それだけを言い残し、足早にコインロッカーを目指した。
彼女へのクリスマスプレゼントを預けたコインロッカーから、リボンのついた包装紙に包まれた箱を取り出し、再度足早に彼女の元へ向かう。
駅の南口の前で、人込みに埋もれながら、心細げにしている彼女の前に戻ってくると。
「もう、何してたの? こんなところに置き去りにして」
彼女はその可愛らしい頬を膨らませて、俺に抗議の声を上げた。
「ごめん、ごめん」
短く謝った後、
「はい。メリークリスマス」
思いきって、包装された大きな箱を彼女の目の前に差し出す。
彼女はさすがに目を丸くした。
「えっ。これをあたしに?」
「お前以外にいるか?」
「う、うん。ありがと。開けていい?」
いきなりのプレゼントに、さすがに動揺した麻弥姉が、珍しくおずおずと上目遣いで聞いてきたので、俺が頷くと、彼女は包装紙を取り始めた。
そして、中から現れた大きなシンバルと、ドラムスティックのセットを目にすると。
「えっ。これって、イアン・ペイス先生の……」
「そう。お前が好きな『Deep Purple』のイアン・ペイスが使っていた『PAiSTe』のシンバルと、『Pro-mark』のドラムスティックだよ」
俺が、そう説明した次の瞬間、彼女は意外な行動に出た。
「ありがとう、優也!」
満面に笑みを浮かべると、両手にシンバルとドラムスティックを持ったまま、俺の身体に抱き着いてきたのだ。
衆人環視の中で、抱き着かれたのも恥ずかしかったが、シンバルとスティックが背中に当たってかなり痛かった。一方で、自分の胸には彼女の胸が当たっており、柔らかいから、何とも両極端で不思議な気分だった。
まあ、後先を考えずに勢いで行動するのが、彼女らしいと言えば、らしいのだが。
「麻弥姉。痛いって」
俺が抗議して、ようやく自分が楽器を持ったまま抱き着いたことに気づき、彼女は、
「あ、ごめん」
すぐに離れた。
「それにしても、まさか優也がこんなプレゼントをしてくれるとはね。お姉さん、ちょっと感動しちゃったよ」
さすがにプレゼント効果が効いたのか、いつになく上機嫌になる彼女。現金な女だと思うが、仕方がない。
「まあ、たまには彼氏らしいことをしなくちゃと思ってさ」
とは言ったものの、実は黒田先輩に言われたからやっと動いた、とはとても言えない。
「これ、結構高かったんじゃない? あたし、優也に何もあげてないから、何か悪いなあ」
そう言われ、俺はふと黒田先輩に言われた一言を思い出した。今なら、もしかしたらできるかも、と。
「じゃあ、代わりにちょっとキスとか、エッチなことをさせてくれれば……」
だが、全てを言い終わる前に、彼女によって右足の脛を横から思いきり蹴られて、俺はバランスを崩していた。
「調子に乗るな」
一応、顔は笑っていたが、目が全然笑っていなかった。
やはりキスだけでなく、「エッチなこと」と付け加えたのがまずかったかもしれない。が、俺も人並みに思春期の男だから仕方がない。
まあ、彼女はこんな感じの人だからこそ、今までエッチはおろか、キスすらできていないのだが。
しかし、それでもさすがにプレゼントが効いたのか、彼女は再び表情を緩め、
「はあ。しょうがないな。せっかくのクリスマスだし、終電までデートしようか?」
そう提案してくれた。
俺はもちろん頷き、その日はその後、本当に終電まで彼女につき合わされ、都内の恋人たちが集うであろうデートスポットといえる、お台場の某観覧車やら、銀座のイルミネーションやらを見に行くのだった。
だが、付き合っているくせに、何故かガードが堅い彼女とは、結局この日も手を繋いだだけで、キスすらさせてはくれないのだった。
そして、そんな俺たち二人の間に、暗雲が漂うのはもうすぐのことだった。
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